第43話 絶対に忘れたくない、本当の私
「どうぞ、散らかっていますが……」
私は恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じながら、創太を部屋に案内した。
部屋の中は、言葉の通り散らかっていた。
「お、おじゃまします……」
創太が戸惑いながら部屋に入ってくる。
「ひどいでしょ?だからあまり人は入れたくなかったんだけど」
私は恥ずかしそうに部屋を眺めた。この部屋は私の戦場だった。五十嵐隼人としてのアイデンティティを保つための最後の砦。
ベッド以外の空間には、あらゆるものが並べられている。男性向けの雑誌、ライトノベル、フィギュア、プラモデル。全て私が必死に集めた、本当の自分を思い出すための道具たちだった。
机の上には、途中まで作ったガンダムのプラモデルが放置されている。作っている最中に、突然「こんなの女の子らしくない」という感情が湧いてきて、手が止まってしまったのだ。
本棚には男性向けのマンガが大量に並んでいる。少年漫画が中心で、現実世界にいた頃に翔と一緒に読んでいたタイトルばかり。
「なんだか、ぼくの思っていた佐伯さんのイメージとは違う部屋だね」
創太の言葉に、私は動揺した。やはり違和感を感じさせてしまっている。
「すいません……適当に座ってください。お茶いれますね」
私は慌てて立ち上がろうとしたが、創太が制止した。
「ぼくのことは気にしなくていいから、佐伯さんまずは食事をしなよ。いろいろコンビニで買ってきたからさ」
創太がコンビニで買ってきたおにぎりなどを、小さなテーブルの上に広げてくれる。
「ぼくはもう食事を終わらせてるから気にしないで食べてよ」
そう言って、創太は一緒に買ってきたペットボトルのお茶のキャップを開けた。
私は創太の優しさに胸が締め付けられた。こんな私を気遣ってくれる彼の存在が、嬉しくて、そして申し訳なくて。
「すいません」
私は再び謝ると、創太の前にちょこんと座って、おにぎりを開けて食べ始めた。
久しぶりにまともな食事を取る。両手で持ったおにぎりを、小さな口で少しずつ口に運ぶ。創太の視線を感じて、さらに緊張してしまう。
「あ、あの、そんなに見つめられると、恥ずかしいです……」
私は顔を赤らめて横を向いた。
「ご、ゴメン。小動物みたいでかわいかったから、つい」
創太の言葉に、私の心臓が跳ね上がった。
「か、かわいくなんて、ない、です」
私はさらにうつむいた。男だった頃の自分では絶対に言われることのなかった言葉。それが嬉しくて、同時に複雑な気持ちになる。
「食べながらでいいから聞いてくれないか、もっと詳しく知りたいんだ。この世界のこと、そして君のことも」
創太の真剣な声に、私は手を止めた。ついに、この時が来た。真実を伝える時が。
しばらく沈黙が続いた後、私はゆっくりと口を開いた。
「神代君、私は……」
しかし、話そうとした瞬間、頭に激痛が走った。まるで見えない手が私の脳を締め付けているかのような苦痛。
「うっ……」
私は額を押さえて身をかがめた。
「大丈夫?」
創太の心配そうな声が聞こえる。
「は、はい……ちょっと頭が……」
息が荒くなる。これがシステムの制約なのだ。やはり伝えることはできない。
「神代君の前では、どうしても……言えないんです」
「言えない?」
「この世界の制御が、神代君の前では特に強くなるんです。真実を話そうとすると、こうやって……」
私は再び苦しそうな表情を見せた。創太は主人公だから、彼に真実を伝えることは物語の進行に大きな影響を与える。だからシステムが必死に阻止してくるのだ。
「佐伯さん、あまり無理はしないほうがいいよ」
創太の優しい言葉に、私は涙が出そうになった。彼も同じ苦痛を味わっているのだろう。だからこそ、私の状況を理解してくれている。
その時、私はふと思いついた。
「神代君、少し待っていてもらえますか?」
創太がうなずくのを確認すると、私は食べかけのおにぎりをテーブルに置いて、部屋の隅の勉強机に向かった。引き出しからかわいらしいキャラクターの描かれた便箋を取り出し、震える手でペンを握る。
「何をしてるんだい?」
「手紙です。直接話すのは制限されますが、文字にすることで少しは伝えられるかもしれません」
私は必死に真実を書こうとした。しかし、ペンが思うように動かない。頭の中では「私は五十嵐隼人です」と書きたいのに、手は勝手に「私は佐伯みのりです」と書いてしまう。
書いては消し、また書いては消し。まるで見えない力と戦っているような感覚だった。
15分ほど格闘した後、私は諦めて手紙を折りたたんで創太に差し出した。
「これを……家に帰ってから読んでください」
「ここで読んじゃダメなの?」
「神代君の前では、私が書いた内容も変わってしまう可能性があります。一人の時に読んでください」
創太が手紙を胸ポケットに仕舞うのを見て、私は少し安堵した。きっと支離滅裂な内容になってしまっているだろうが、それでも何かは伝わるかもしれない。
「それと……もう一つお見せしたいものがあります」
私は立ち上がり、クローゼットの奥から小さな箱を取り出した。
「これを見てください」
箱の中には、私の魂ともいえる大切なものが入っていた。古いゲームソフトや攻略本、そしてゲーム雑誌の切り抜きなど。
「これは……」
「私の……本当の私の大切なものです」
私の声が震えていた。これらは全て、五十嵐隼人だった頃の記憶を呼び起こすための宝物だった。
箱の中には、現実世界で翔と一緒にプレイした懐かしいゲームがたくさん入っている。中には翔が配信でプレイしていたレトロゲームも多い。
「君も、このゲームを知ってたの?」
創太の質問に、私は涙が浮かんできた。
「はい……とても、とても大切なゲームでした」
本当は「一緒にプレイしたゲームです」と言いたかった。でも、その言葉は出てこない。
「この世界で中古ゲームショップをめぐって、特に思い入れの強いタイトルを集めたんです……」
また頭に痛みが走る。核心に触れることは話せない。
創太が箱の底にある手書きのメモに気づいた。
『自分のことを絶対に忘れるな ゲームに負けるな』
それは私が自分自身に向けて書いた、最後の砦ともいえるメッセージだった。
「これは……」
「私が、私自身に向けて書いたメモです」
私は涙声で答えた。
「この部屋の散らかり具合も、全部意味があるんです。気を緩めると、知らないうちに……」
私は部屋の隅を指差した。そこには、私の意志とは関係なく現れたピンク色のぬいぐるみや、少女向けのアクセサリーが置かれていた。
「あのぬいぐるみたちは、私が寝ている間に増えているんです。朝起きると、知らない可愛いものが部屋に現れている」
「それって……」
「ゲームシステムが、私を『佐伯みのり』というキャラクターに変えようとしているんです。でも私は抵抗している。だから、わざと自分の好きなものを置いて、自分を保とうとしているんです」
私の告白に、創太が愕然とした表情を見せた。
「でも、だんだん辛くなってきています。このかわいいぬいぐるみを見ると、『これも悪くないかな』って思ってしまう自分がいるんです」
それが一番恐ろしいことだった。抵抗していたはずの女性的なものに、心が惹かれ始めている。
「それは……」
「システムが私の心も変えようとしているんです。完全に『佐伯みのり』になってしまう前に、神代君に真実を伝えたかった」
私は涙を流した。もう時間がない。いずれ私は五十嵐隼人であったことすら忘れてしまうだろう。
「私はもう長くないかもしれません。いずれ『佐伯みのり』として生きることに疑問を感じなくなってしまうかもしれない」
その時、創太が私の手を握った。
「そんなことは言わないでくれ。必ず方法を見つける」
温かい手の感触に、私の心は震えた。
「神代君……」
「君がどんな秘密を抱えていても、ぼくは君を見捨てない」
私は嗚咽を漏らした。翔の優しさが身に染みる。でも、同時に申し訳なさでいっぱいだった。
しばらくの間、二人は無言で座っていた。私は創太の手の温もりを感じながら、この瞬間が永遠に続けばいいのにと思った。
やがて、私が落ち着いてきた頃、創太が言った。
「今夜はもう遅いから帰るけど、また会えるよね?」
「わかりません……でも、神代君がこうして来てくれたことを、絶対に忘れません」
たとえ佐伯みのりになってしまっても、この記憶だけは消えないでほしい。
「手紙、必ず読むから」
「はい……でも、期待しすぎないでください。きっと、読んでもよくわからない内容になってしまっていると思います」
創太が帰った後、私は一人で部屋に残された。
彼が去っていく足音を聞きながら、私は自分が書いた手紙のことを考えていた。きっと支離滅裂な内容になってしまっているだろう。真実を書こうとする私の意志と、それを阻止しようとするシステムの力が混在して、わけのわからない文章になっているに違いない。
でも、それでも何かは伝わってくれるかもしれない。断片的でも、私の本当の気持ちが。
私は窓から夜空を見上げた。星空は相変わらず美しく、まるで絵画のようだった。しかし、それが偽物だと知っている今、その美しさは空虚に感じられる。
翔、私のことを覚えていてくれるだろうか。
佐伯みのりになってしまった後も、どこかで私のことを。
そんなことを考えながら、私は長い夜を過ごした。
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あとがき
みのりサイドからこの世界の真実に迫っていきます。
『絶コメ』今後の展開にご期待ください。
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小説完結済み、約15万字、50章。
毎日午前7時頃、1日1回更新!
よろしくお願いします(≧▽≦)
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