第42話 絶対的にやさしい、友達の男の子
山登りイベントの翌日から、私は学校を休み始めた。
足の怪我は思っていたよりも軽く、数日で歩けるようになった。しかし、学校に戻ることはできなかった。いや、戻ることを許されなかった。
あの山での出来事以降、ヒロインたちの私に対する攻撃は露骨になっていた。
退院した翌日、登校しようとした私を待ち受けていたのは、詩織の冷徹な宣告だった。
「佐伯さん、あなたもう学校に来ない方がいいんじゃない?」
校門前で、詩織が上品な微笑みを浮かべながら言った。その後ろには小鞠と舞美がいる。三人に囲まれて、私は身動きが取れなかった。
「創太君を巻き込んで、随分と楽しかったでしょうね」舞美が冷たい声で言った。
「創太に怪我させてよく平気でいられるね」小鞠が拳を握りしめている。
私は何も言い返せなかった。確かに創太は私のせいで危険な目に遭った。それは紛れもない事実だった。
その日以来、私は学校に行けなくなった。
担任の金山先生には「体調不良で休む」と連絡を入れた。先生は「お大事に」と言ってくれたが、その声はどこか機械的だった。この世界では、モブキャラクターの不登校など、大した問題ではないのだろう。
二週間、三週間。時間だけが過ぎていく。
私は部屋に引きこもり、ほとんど外に出なくなった。買い物も最低限、人目につかない深夜のコンビニだけ。昼間は部屋のカーテンを閉め切って、薄暗い中で過ごしていた。
机の上に並べた現実世界の思い出の品々を見つめながら、私は自分の無力さを痛感していた。
創太を救うために動いていたはずが、結局私は何もできずにいる。それどころか、創太をより危険な目に遭わせてしまった。
部屋の中は、だんだんと荒れ果てていった。
食事もろくに取らなくなった。空腹は感じるのだが、食べ物を口にする気力がない。コンビニで買ってきた食料も、手をつけずに放置することが多くなった。
鏡を見ると、頬がこけて目の下にクマができた佐伯みのりが映っている。美しい少女の面影はあるが、明らかに病的に痩せていた。
しかし、本当に私の心を苦しめていたのは、ヒロインたちのいじめではない。創太への想いだった。
あの山で、創太は私を助けに来てくれた。ゲームのシナリオにはない、完全に彼自身の意志によって。
その時の創太の表情を思い出すたび、私の胸は締め付けられる。心配そうに私を見つめる瞳、「大丈夫か?」と声をかけてくれた優しい声。
だからこそ、私は彼から離れなければならない。私の存在が、翔をより危険に晒してしまう。ヒロインたちの不満度を上げ、最悪の結末に導いてしまうかもしれない。
「もうこれ以上、迷惑はかけられない」
私は自分に言い聞かせ続けた。しかし、その一方で、創太への想いは日に日に強くなっていく。
彼は今、どうしているのだろう? ヒロインたちとの関係は順調に進んでいるのだろうか? 私がいなくなったことで、ゲームは正常なルートを辿っているのだろうか?
夜中にベッドで一人、そんなことばかり考えていた。
この思いが友人を思うものなのか、それとももっと違う何かの思いなのか、私は不都合な答えにたどり着きそうな気がして考えることをやめた。
外では相変わらず美しいゲーム世界の夜が続いている。星空も、街の明かりも、まるで絵画のように完璧だ。しかし、その美しさがかえって私の孤独を際立たせる。
時々、校舎から校門までの区間で出会った元プレイヤーたちのことを思い出す。彼らは今も、毎日あの地獄を繰り返しているのだろうか。
私もいずれ、彼らと同じ運命を辿ることになるのかもしれない。
体の制御がうまくできないのは、意識が乗っ取られてきているからだろうか、それとも単に栄養不足のせいだろうか。
考えてみれば数日水しか飲んでいなかったことに気づく。家にはもう食料と呼べるものは残っていない。
仕方なく、食料を買いに夜のコンビニに向かうことにする。
私は部屋の電気を消し、フードを深くかぶってマスクをつけた。人に見られたくなかった。特に、同級生に見つかるわけにはいかない。
アパートの廊下に出ると、久しぶりに外の空気を吸った。夜風は冷たく、頬に当たる感触が痛いほどだった。
階段を下りて、建物の外に出る。いつもの深夜のコンビニまでの道のりを歩き始めた時だった。
「佐伯さん」
背後から聞き覚えのある声がした。
私は驚いて振り返った。そこには、創太が立っていた。
「神代君……?どうしてこんな時間に……」
私は戸惑った。なぜ彼がここに? こんな深夜に?
創太の表情を見ると、明らかに心配そうな色が浮かんでいた。私の顔を見つめる視線には、ショックの色もある。
そうだろう。私は見る影もなく痩せこけている。目の下のクマも隠しきれていないだろう。
「君が心配で……学校にずっと来てないから」
創太の言葉に、私の胸が締め付けられた。彼は私を心配してくれている。でも、それがかえって辛い。
「私のことなんて、もう放っておいてください」
私は弱々しい声で答えた。本当は嬉しかった。翔が私を心配してくれているという事実が。しかし、同時に申し訳なさでいっぱいだった。
「そんなこと言わないでくれ。君が休んでる理由、わかってるんだ」
創太の言葉に、私は愕然とした。彼は知っているのか? ヒロインたちが私に何をしたかを?
「神代君には関係ありません。私が勝手に……」
私は慌てて否定しようとした。創太を巻き込むわけにはいかない。
「関係ある」
創太の声は強かった。
「ぼくが君に関わったから、あの三人があんなことを……」
やはり、彼は知っていた。そして、自分を責めている。
私は首を振った。
「違います。私がいけないんです。私が……この世界の理に背いたから……」
思わず口から出た言葉に、私自身が驚いた。でも、それが真実だった。私はこの世界では存在してはいけない異物なのだ。
「この世界の理?」
創太が息を呑む。
「佐伯さん、君はやっぱり……」
その時、急に目の前が暗くなった。栄養失調と睡眠不足、そして精神的な疲労が一気に押し寄せてきた。
体がふらつく。このままでは倒れてしまう。
「大丈夫?」
創太が慌てて私を支えてくれた。久しぶりに感じる人の温もりに、私は涙が出そうになった。
「すみません……最近、あまり食べられなくて……」
実際、ここ数日はまともに食事を取っていなかった。栄養ドリンクやゼリー飲料でなんとか生命を維持している状態だった。
「家まで送るよ」
創太の申し出に、私は抵抗しようとした。これ以上彼に迷惑をかけるわけにはいかない。
しかし、体力がなく、逆らうことができなかった。
創太はコンビニで栄養のありそうな食事を買い込むと、私を支えるようにアパートまで戻ってきた。
その間、私たちはほとんど無言だった。しかし、創太の優しさが身に染みて、私はますます申し訳ない気持ちになった。
アパートに着くと、私は小さく「ありがとうございました」と言って階段を上り始めた。
これでお別れだ。もう二度と、創太には会わないようにしよう。
「待って」
創太が引き止めた。
「もう少し話をしないか?できれば君の部屋で」
「それは……」
私は迷った。部屋に上げるのは危険すぎる。もし誰かに見られたら、さらに大きな問題になってしまう。
「お願いだ。どうしても聞きたいことがあるんだよ」
創太の真剣な表情を見て、私は長い間迷った。
この機会を逃したら、もう二度と翔と話すことはできないかもしれない。この世界の真実を伝える最後のチャンスかもしれない。
私は覚悟を決めて、小さく頷いた。
部屋に上がれば、きっと全てを話すことになる。私の正体も、この世界の真実も。
そして、それは創太と私の運命を大きく変えることになるだろう。
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あとがき
みのりサイドからこの世界の真実に迫っていきます。
『絶コメ』今後の展開にご期待ください。
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小説完結済み、約15万字、50章。
毎日午前7時頃、1日1回更新!
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