第33話 絶対に出会わなくちゃいけない、かつての親友
わかってはいたが、現実を目の当たりにすると、相当な衝撃だった。
鏡の中の美少女──今の俺は、確かに女性だった。肌は透き通るように白く、体つきは華奢で女性らしい曲線を描いている。顔立ちは端正で、まさに美少女と呼ぶにふさわしい容姿だった。
しかし、その美しさとは裏腹に、俺の心は混乱していた。
この後、どうすればいいのだろう?
ゲームの世界に取り込まれ、女性の体になってしまった。相棒である翔の安否もわからない。
だいたいこの『佐伯みのり』などというキャラクターは、俺が調べた限りトキメキめめんともりの中でその存在を確認したことはない。
ゲームには直接関係のないいわゆるモブキャラの一人ということだろうか。
おそらくここがゲームの中であることは間違いないのだろうけど、プレーヤーでもない、ただのモブキャラの俺はいったいどうすればいいのだろう。
この体で、佐伯みのりとして学校生活を送り無事卒業すればこの世界から解放されることはあるのだろうか?
鏡の中の美少女が、困惑した表情で自分を見つめ返していた。
*
とりあえず、学校に行けば何かわかるかもしれない。
ゲーム攻略の第一歩は、情報収集。ここで悩んでいても事態は変わらない。俺は気持ちを切り替えて身支度を整え始めた。
制服と男性であった時には必要のない下着をつまみ上げる、でもこれってどうやって着ればいいんだろう?
しかしその心配はすぐに解消した。
着替えようと考えると、自動操作のように体が勝手に準備を始めた。
「ははは、これは楽ちんでいいや」
ゲームならではのオート操作。まるで見えない手に導かれるように、ブラジャーのホックを留め、スカートのファスナーを上げ、男性のものとは左右が逆になったブラウスのボタンを留めていく。
化粧台の前に立って髪を梳かし終えると目の前には小さな化粧ポーチが用意されていた。ファンデーション、色付きリップクリーム……男性だった俺には未知の領域だ。
「化粧なんてできるわけが……」
そう思った瞬間、またしても体が勝手に動き出した。
手が迷いなく化粧下地を取り、顔全体にごく薄く伸ばしていく。ファンデーションも最小限、肌の色ムラを整える程度。眉毛を軽く整え、まつ毛にほんの少しマスカラを塗る。最後に色付きリップクリームで唇にうっすらと色を添える。
一連の動作は控えめで上品、まるで「化粧をしていない」かのような自然な仕上がりを目指しているようだった。
「これくらいが…佐伯みのりらしいのか」
鏡に映る自分を見ると、ほとんど素顔に近いナチュラルな美しさがそこにあった。
たっぷり二十分程の時間をかけて出来上がったのは、清楚で控えめな女子高生。
黒ぶちのメガネと薄化粧が相まって、読書好きのおとなしい少女らしい上品な佇まいを醸し出していた。
すっげー、俺の理想そのままじゃん!
そう言葉にしたつもりだった。しかし口から発せられたのは全く違う言葉だった。
「びっくり!私って理想通りの女の子だわ」
自分でしゃべった言葉に驚いて両手で口を押さえる。そのしぐさも、非常に女の子らしい。
さっきの着替えと同じだ。自分のしたい行動は取れるが、その動作がどれも女の子になってしまっている。
なんなんだよこれは!
「どういうことなの?」
言葉遣いが容姿に合ったものに変換されて口からこぼれる。
意識して無理やりしゃべれば本来思った通りの言葉を発することもできるが、一言しゃべるだけでも非常に疲れる。体の動きもそうだ。自然にしているとどうしてもおしとやかな動作になる。すでにこの姿では男らしい動きすら許されていないようだ。
頭の中に霞がかかったように、別の意識がしみ込んでくる感覚を覚えた。男としての自分が上書きされていく。それは言いしれない恐怖だ。
「わ、私は男よ!」
むなしい宣言が部屋に響く。時計はそろそろ学校に向かう時を示している。
これはあんまりのんびりしている時間はないのかもしれない。カバンを持ち上げ玄関を出る。
その動きは誰がどう見てもまぎれもない『女の子』だった。
* * *
部屋を出て自分の家を確認する。どうやら佐伯みのりの家は、町はずれのアパートの2階のようだ。頭の中には学校までの道順がゲームのマップ画面のように浮かぶ。
佐伯みのりとなった俺は周囲を見渡す。
春の心地よい風が頬を撫でていく。空は青く澄み渡り、桜の花びらが舞い散っている。まさにゲームのオープニングシーンそのままの美しい光景だ。
いわれなければここがゲームの中などということは思いもよらないだろう。それほどにこの世界はリアルだった。
俺の心は不安で一杯だった。この体で、佐伯みのりとして学校生活を送らなければならない。そして、もし翔もこの世界に来ているのなら力を合わせて脱出しなければならない。
「もし翔くんに出会えたとしても、私のことを気づいてもらえるかしら……」
女子高生の制服に身を包んだ自分の体を見つめ途方に暮れる。今この瞬間も意識はどんどん女性化が進んでいる。
歩きながら、俺は必死に男としての意識を保とうとした。しかし、歩く度に揺れる長い髪、スカートの感触、胸の重み──その全てが、今自分は女性であることを思い知らせる。
このままでは、本当に『佐伯みのり』になってしまう。
あの時、コントローラーを握っていたのは翔だ。俺がプレイヤーになっていないということは翔が主人公として『神代創太』の中に入っている可能性が一番高い。
「翔くんに早く会って話をしなくっちゃ」
そう心の中で呟きながら、俺は学校へと向かった。
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あとがき
ここから[みのりサイド]のお話が進みます。
『絶コメ』今後の展開にご期待ください。
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小説完結済み、約15万字、50章。
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