第34話 絶対に伝えたい、私の真実

 初めて通る道というのに、学校までの道のりは迷うことなく進んだ。


 足は自然と正しい方向へ向かい、角を曲がるタイミングも、信号を渡るタイミングも、まるで何年も通い慣れた道のように体が覚えている。


 歩きながら、私は自分の体の変化に戸惑い続けていた。スカートが風に揺れる感覚、胸の重みで前傾しがちになるバランス、長い髪が肩に触れる感触。


 全てが新鮮で、そして違和感に満ちていた。


 道行く人々とすれ違う度に、彼らの視線が私に向けられるのを感じる。美しい女子高生への好奇の視線。それが自分に向けられているという現実に、どうしても慣れることはできない。


 やはり、これもゲームシステムの制御なのだろう。プレイヤーが迷わないように、キャラクターの体が自動的に目的地へ向かうように設計されている。


 学校の門をくぐると、桜並木が続く美しい風景が広がっていた。まさにギャルゲーのオープニングムービーそのままの光景。

 新入生たちは皆、希望に満ちた表情で校舎を見上げている。しかし、私にとってここは監獄のようなものだった。



 体育館での入学式は、校長の長い挨拶と来賓の祝辞で構成されていた。私は最後列に座り、周囲を観察する。新入生の中に翔の姿を探したが、神代創太の容姿がどのようなものかわからないため、特定することはできなかった。


 式が終わり、それぞれのクラスに分かれる時間になった。廊下に貼り出された1年A組の名簿を確認すると、予想通りの名前が並んでいた。


 霧島詩織・南小鞠・星野舞美 このゲームのヒロイン3人、そして神代創太。平凡な男子高校生という設定の主人公。


 座席表を見ると、創太の席は私の真後ろだった。


 これなら話しかけるチャンスはいくらでもある。この私の正体を伝え、一緒に脱出の方法を考えることができるかもしれない。


 1年A組の教室に入ると、既に多くの生徒が着席していた。私は指定された座席に向かう。

 歩く度にスカートが揺れ、その中は下着一枚しかはいていないという現実が私を不安にさせた。 私はキャラ的に比較的長い裾のスカートをはいているが、他の女子生徒はパンツが丸見えになるほど短いスカートを履いた子も多い。


 周りの視線が怖くてずっと下を向いていたけど、落ち着いて教室を見渡すと何かおかしなことに気が付いた。


 ヒロインがかわいいのは当たり前だが、私を含めたモブの女子生徒もかなりかわいい。元男の目線で見ると、その筋の好みに刺さるキャラとでもいうのだろうか、ギャル系・清楚系・妹系・お姉さん系・天然系など、まさに思い描く理想のキャラクターともいえる女の子が多い印象なのだ。


 彼女たちはみんなNPCなのかしら、それとも私と同じようにゲームに閉じ込められている現実の人間なのかしら?


 私は一人座席に座り、周囲の様子をうかがっていた。


 よくよく観察すると、彼女たちは私と違うことが分かった。会話内容は同じ内容をリピートしているし、動きも一定の規則性がみられる。それぞれのキャラは個性的に作られているが、動作までは個別の設定が決められているというわけではないようだ。



「ちょっと!創太!なんであの時無視したの!」


 周囲の様子をうかがうのに夢中になっている間に、私の後ろの座席にはこのゲームの主人公、神代創太が座っていた。


 茶色い髪、平凡な顔立ち、少し困ったような表情。しかし、その目には明らかに困惑の色が浮かんでいた。まるで自分の置かれた状況を理解できずにいるような表情。


 私の推理が正しければ。あれが翔だ。

 

 今その主人公は幼馴染キャラの小鞠に執拗に迫られているようだった。


「い、いや〜気づかなかったなぁ」


「絶対あの時目が合ったでしょう!普通助けに来るものでしょうが!」

 小鞠は創太の首にいきなりヘッドロックをかける。グキッという鳴ってはいけないような異音が聞こえたが大丈夫なのだろうか?


 創太の顔色がみるみる変色していく。これ、ゲームスタートする前にデッドエンドになっちゃうんじゃない?

 

 その時、別の少女が創太の前にやってきて声をあげた。


 「あー、あんた今朝のストーカー」


 金色のツインテール、アイドルキャラの星野舞美だ。

 新たなキャラの登場で小鞠のヘッドロックは解除されていた。このあたりの流れはゲームで見た通り、ヒロインとの出会いイベントは正確に再現されていた。改めて、ここが『トキメキめめんともり』の世界であることを実感させられる。


 それぞれのキャラの紹介を兼ねた出会いシーンが終わったころ、教室には担任の教師が入ってきた。


「え〜、俺は金山八郎。この1-Aの担任を務めることになった。よろしくな」


 この教師のことはよく知らない。ゲームではほとんどかかわることがなかった。たぶんそれほど重要ではないはず。それより問題はこの後の自己紹介パートだ。


 この自己紹介で創太の中にいる翔に、私が『五十嵐隼人』であることを伝えられるかもしれない。


 出席番号順に自己紹介が進んでいく。私の心臓は激しく鼓動していた。手のひらには汗がにじんでいる。


 よし、翔にわかるように幼い頃の思い出や、共通の趣味であるゲームの話をしよう。そうだ、一緒にやっていたゲーム配信の話題を出せば、絶対に気づいてくれるはずだ。


「佐伯さん」


 担任に名前を呼ばれ、私の番がやってきた。


 立ち上がる。椅子の足が床を擦る音が妙に大きく聞こえた。


 口を開く。言いたいことは山ほどある。でもひとまずは、私がこの世界はゲームであることを知っていると伝えるんだ。


「……あ、……」


 おかしい、声が出ない。


 喉に何かが詰まったような感覚。まるで見えない手が喉を締め付けているように、空気が全く音にならない。必死に言葉を押し出そうとするが、体が言うことを聞かない。


 教室内の視線が私に集中している。沈黙が続く。額に冷や汗が浮かんできた。


「あの、…佐伯、みのり、です。趣味は……読書です……よろしくお願いします」


 やっとの思いで、消え入りそうな声でそれだけを発した。


 まさに佐伯みのりというキャラクターが言いそうな、ありきたりな自己紹介。私が本当に言いたかった言葉は、一言も口から出ることはなかった。


 ここまでシステムの制限が厳しくては、なすすべがない。翔に自分の正体を伝えることなど到底無理だ。


 座席に座り直しながら、私は絶望的な気分になった。これでは永遠に翔に気づいてもらえない。


 どうしようかと悩んでいると、創太の自己紹介が始まった。


「神代創太です。中学は桜ヶ丘中学出身です。趣味は……ど、読書です。よろしくお願いします」


 あれ?


 私は記憶を辿った。確かここでのゲームの選択肢は、スポーツ、映画鑑賞、アイドルの追っかけの三択だったはず。プレイヤーはその中から一つを選ぶ、その選択肢によって主人公と最初のヒロインとのイベント発生が決定するはず。


 しかし創太は「読書」と答えた。これは選択肢にない答えだ。


 ちらりと振り向くと、創太が苦しそうに席に着くところだった。額には汗が浮かび、呼吸も荒い。まるで激しい運動をした後のような状態だった。


 もしかしたら、精神力でシステムの選択肢を無視して、独自の答えを出したのかもしれない。だとしたら、私も頑張り次第ではシステムの制限を超えて行動できる可能性がある。

 希望の光が見えた気がした。完全に自由になることは無理でも、小さな抵抗なら可能かもしれない。


 しかし、その後の展開はゲームのシナリオ通りに進んでいく。


 ヒロインたちの自己紹介も終わり、残すは教室の端に座る一人の男子学生。


「俺は早瀬川ヨシオと言います。趣味は人間観察でっす。よろしく」


 確か、ゲーム内でヒロインとの好感度の情報やイベントのヒントをくれるお助けキャラだったはず。私が接触してもゲーム進行のヒントをもらうことはできるのだろうか?


 そんなことを考えてヨシオを見ていると、不意に彼と視線が合った。ただ一瞬目が合った。それだけだったはずなのに、私は全身が凍るような恐怖を感じた。


 いつもニヤニヤした表情のヨシオが私を見たその一瞬だけ真顔になったのだ。あれがどのような意味を持つのかわからない。あの表情は私が自由に動いているのが信じられないとでもいうような、そんな表情な気がした。



 その後のことはよく覚えていない。ヨシオの見透かすような視線が今も脳裏にこびりついている。


 教室ではゲームのストーリー通りに詩織と創太が学級委員に選ばれていた。

 あれ以来怖くて後ろを振り返ることはできない。ヨシオは何なのだろう?ただのお助けキャラじゃないのだろうか?


 不安に駆られた私は、ホームルームが終わると急いで教室を後にした。


 あのままあの席に残っていると、創太とヨシオの出会いイベントが始まってしまう。私がその場にいては危険な気がしたのだ。

 

 


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あとがき


みのりサイドからこの世界の真実に迫っていきます。

『絶コメ』今後の展開にご期待ください。


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 小説完結済み、約15万字、50章。

 

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