第21話 絶対に何かある佐伯みのりの秘密
山登りイベントが終わって一週間が経つというのに、ぼくはまだ一言もみのりと話すことができないでいた。
座席は目の前なのに、授業が終わると声をかける暇もなく教室を出て行ってしまう。明らかに避けられている。休み時間になると、彼女はまるで逃げるように図書委員の仕事に向かい、昼休みも図書室に籠もったきりだ。
一度、廊下で偶然すれ違った時があった。その時、みのりと目が合ったのだが、彼女は慌てたように視線を逸らし、足早にその場を去って行った。その表情には、明らかに恐怖の色が浮かんでいた。
「おかしい……」
ぼくは教室の窓際に立ち、中庭を見下ろしながらつぶやく。あの洞窟で、みのりは重要なことを話そうとしていた。遭難イベントの真実、そして彼女自身の正体について。それなのに、なぜ今になって避けるようになったのだろうか。
その時、後ろからヨシオが声をかけてきた。
「よ、創太。何ぼーっとしてんだ?」
「ヨシオか……」
振り返ると、いつもの軽薄な笑みを浮かべたヨシオが立っていた。しかし、その目の奥には何か計算めいたものが見え隠れしている。
「佐伯さんについて何か知ってることないか?」
ぼくは思い切って聞いてみた。
「まだそんなモブのこと気にしてるのかよ」
ヨシオの表情が一瞬変わった。
「お前はヒロイン攻略にだけ集中してればいいんだ。お前の行動のせいで三人とも不満度が急上昇中だぜ、何か対応しないと卒業までたどり着けないかもしれないぜ」
ヨシオの言葉に、ぼくは身を震わせた。バッドエンドを想像すると、背筋が寒くなる。あの三人が本気で怒った時の恐ろしさは、すでに身をもって体験している。
「お前が無事クリアすることが俺の願いでもあるんだ。頼むぜ」
そう言われても、あの三人とのエンディングは嫌だ。それに洞窟でみのりが言いかけていた言葉が気になる。何としても一度、彼女ともう一度話がしたい。
「でも、彼女は普通の
ぼくの必死の訴えにも、ヨシオは届かない。
「だからどうしたってんだよ。この世界にはお前の知らないシステムがたくさんあるんだ。隠しイベントとか、条件分岐とか、色々な仕掛けがあるに決まってるだろ」
ヨシオの説明は一見もっともらしかったが、どこか煮え切らない。こいつはみのりについても、もっと何か知っているのではないだろうか。
「おい、隼人なんだろ?なんでぼくに協力してくれないんだ?」
ヨシオの胸倉をつかみ壁に押し付けるように問い詰める。
「お前が俺のことをどう思おうが勝手だが、佐伯みのりのことについて俺はもう何も協力できない」
ヨシオはきっぱりと言い切った。
その後も様々な言葉で尋ねてはみたが、結果は同じ、ヨシオから有力な情報を得ることはできなかった。
その後の授業中、ぼくはみのりの様子を観察していた。
確かに、彼女は他のモブ女子とは明らかに違っている。
この教室には30人ほどの生徒がいるが、男女の比率は恋愛ゲームらしく女子が圧倒的に多い。そして、男子生徒の大半は、まるで背景のような存在だった。
たとえば、ぼくの斜め前に座っている田中という男子生徒。彼は授業中も放課後も、まるで人形のように無表情で座っている。話しかけても「ああ」とか「うん」といった単調な返事しか返ってこない。まるでキャラクター設定が行われていないかのようだ。
他の男子生徒も似たようなものだった。主人公であるぼくとヨシオ以外は、ほとんどが単純な反応しか示さない。
しかし、女子生徒は全く違った。
モブキャラであっても、それぞれに個性があり、機械的ではあるが比較的リアルな反応を見せる。みのりのようなおとなしいタイプから、ギャルっぽい活発な子まで、バリエーションも豊富だった。そして、多くの女子生徒が、現実離れした体型をしている。特に胸のサイズは、明らかに男性向けゲームを意識した設定になっていた。
言ってみれば『キャラ立て』がしっかりしているのだ。
始めは現実世界の女の子がこのゲームにとらわれているのだと思った。しかし、よく観察してみれると彼女たちに現実感はない。ここがゲームの中であるということを考えても女の子たちの容姿はキャラクター化しすぎている。
しかし、ここまでキャラ立てされた女子生徒たちも、『会話』という点においては男子生徒とそう大差はない。ビジュアルだけはしっかり設計されているのに中身が伴っていない感じなのだ。ただ一人、佐伯みのりを除いて、だ。
やはりこの世界の女の子たちは何かを参考にして作られた、人工的なキャラなのだろうか?だとしたらあの放課後の阿鼻叫喚は何なんだ?
もう一度みのりに話をしなくては……
「神代君、大丈夫?」
突然声をかけられて、ぼくは現実に引き戻された。振り返ると、詩織が心配そうな表情で立っていた。
「あ、霧島さん。どうしたの?」
「ぼーっとしてるみたいだったから、心配になって」
詩織の笑顔は美しかったが、その目の奥には何か冷たいものが宿っている。
「最近、元気がないように見えるわ。何か悩みがあるなら、相談に乗るわよ」
「いや、大丈夫だよ。ちょっと疲れてるだけ」
「そう……でも、変なことを考えちゃダメよ」
詩織の言葉には、微妙な威圧感があった。まるで「余計なことはするな」と言っているかのような。
その時、前の席のみのりが立ち上がった。図書委員の仕事に向かうのだろう。ぼくも立ち上がろうとしたが、詩織の手がぼくの肩に置かれた。
「神代君、ちょっと話があるの。時間ある?」
断ることはできなかった。みのりの姿が教室から消えていくのを、ぼくは歯噛みしながら見送るしかなかった。
次の日、ぼくは別のアプローチを試すことにした。
昼休み、図書室に向かう。みのりは図書委員として、ここで昼食を取っているはずだ。
図書室に入ると、確かにみのりの姿があった。カウンターで一人、小さなお弁当を食べている。
「佐伯さん」
声をかけると、みのりは驚いたように振り返った。
「神代君……」
「あの時のこと、もう一度話せないかな」
みのりの表情が曇る。彼女は周りを見回し、他に人がいないことを確認してから小さくつぶやいた。
「ここではダメです。あの人たちに……」
「あの人たち?」
その時、図書室の扉が開いた。小鞠が入ってきたのだ。
「創太!こんなところにいたのね」
小鞠の声は明るかったが、みのりを見る目は明らかに敵意に満ちている。
「一緒にお昼食べない?食堂に行きましょう」
「いや、ちょっと本を……」
「ダメダメ、一人で食べちゃ」
小鞠は問答無用でぼくの腕を引っ張る。その力は驚くほど強く、抵抗できない。
振り返ると、みのりが申し訳なさそうな表情で見ていた。
食堂に向かう途中、小鞠が言った。
「創太、最近図書室によく行ってるでしょ?」
「え?」
「私、知ってるのよ。創太の行動は全部チェックしてるんだから」
小鞠の笑顔が、一瞬恐ろしく見えた。
「あの眼鏡の子と何話してるの?」
「別に、普通の話だよ」
「ふーん……でも、あの子といると創太が変になっちゃうから、あんまり近づかない方がいいと思うな」
小鞠の言葉は、表面上は心配しているように聞こえたが、その裏には明確な警告があった。
* * *
その日の夕方、ぼくは別の異変に気づいた。
スマートフォンでSNSを確認していると、舞美のアカウントに奇妙な投稿があった。
『学校でこんな子を見かけました。みんな、この子に気をつけてね☆』
投稿には、みのりの写真が添付されていた。顔にはスタンプが貼られているが、明らかにみのりだとわかる。
その投稿には、すでに多くのコメントがついていた。
『この子、何かしたの?』
『詳しく教えて!』
『怖い……』
舞美は直接的にみのりを攻撃してはいないが、このような投稿をすることで、周囲の注目を集め、みのりを孤立させようとしているのは明らかだった。
さらに、その後の投稿も続いていた。
『今日も図書室で変な子がいました。みんなも気をつけて』
『最近、学校で不審な行動をする子がいるみたい。先生に相談した方がいいかな?』
舞美の影響力は大きく、彼女のフォロワーたちもみのりに対して敵意を向け始めているようだった。
ぼくは愕然とした。これは組織的な攻撃だ。詩織のストーキング能力、小鞠の物理的な妨害、そして舞美のSNSでの情報戦。三人が連携して、みのりを孤立させようとしている。
翌日、学校でのみのりの様子は一層悪化していた。
廊下ですれ違う生徒たちが、みのりを見て小声でささやき合っている。舞美のSNS投稿の影響だろう。
みのりは肩をすくめ、できるだけ目立たないように歩いている。その姿を見ていると、胸が痛くなった。
「あの子、やっぱり変よね」
「舞美ちゃんが言ってた子でしょ?」
「関わらない方がいいよ」
そんな声が聞こえてくる。
授業中、ぼくはみのりの様子を見ていた。彼女は以前よりも一層小さくなって、机に向かっている。時々、周りの視線を気にして不安そうに振り返ることもあった。
休み時間になると、みのりは急いで教室を出て行った。ぼくも後を追おうとしたが、またもや詩織が立ちはだかった。
「神代君、ちょっといいかしら?」
さすがのぼくもイライラしてきて語気が強くなる。
「ちょっと今、急いでるんだ」
「でも、これは大切な話よ」
詩織の目は、拒否を許さない強さがあった。
「最近、あなたが佐伯さんと親しくしているようだけど、それは良くないことよ」
「なぜ?」
「彼女は……普通じゃないの。あなたに悪い影響を与えるかもしれない」
詩織の言葉は、まるで洗脳されているかのように確信に満ちていた。
「彼女と関わることで、あなたが傷つくのを見たくないの」
「それはぼくが決めることだろ」
「いいえ、違うわ」
詩織の表情が一変した。今まで見たことのない、冷たく恐ろしい表情だった。
「あなたに選択できる自由の範囲は制限されているの。わかっているでしょう?」
その言葉に、ぼくは背筋が凍った。まるで、この世界の真実を知っているかのような口調だったからだ。
* * *
その日の放課後、ぼくは一人で校舎を歩いていた。終業の合図とともに逃げるように教室を出たみのりを探していたのだが、どこにも見つからない。
図書室も、保健室も、どこにもいない。すでに校舎を出てしまった後なのだろうか。
諦めて校門に向かっていると、ヨシオが現れた。
「よ、創太。お疲れさん」
「ヨシオ……」
「なんか元気ないな。やっぱりまだあの眼鏡モブのこと気にしてるのか?」
ヨシオの表情は、いつもより真剣だった。「お前、本当にわからないのか?」
「何が?」
「この世界のルールを破ろうとすることの危険性だよ」
ヨシオの言葉に、ぼくは立ち止まった。
「お前がヒロイン以外の女に興味を持つこと、それ自体がシステムエラーを引き起こすんだ」
「システムエラー?」
「そうだ。このゲームは、お前が三人のヒロインの中から一人を選んでハッピーエンドを迎えることを前提に作られている。それ以外の選択肢は、プログラムされていないんだ」
ヨシオは続けた。
「佐伯みのりという存在は、イレギュラーだ。お前が彼女に関わることで、シナリオが改変されてしまう。このゲーム世界全体が不安定になる可能性がある」
「不安定って?」
「最悪の場合、世界崩壊だ。お前だけじゃない。ここにいる全ての人間が消えてしまうかもしれない」
ヨシオは真剣な表情でぼくを説得してくるが、そう簡単にあきらめるわけにはいかない。
もともとこのままストーリーが進んでも、ぼくの未来に待っているのはデッドエンドばかりだ。
ならばいっそのこと、世界が滅ぶかもしれないカオスなストーリーにチャレンジするのも方法だ。何かしらの突破口が見えてくるかもしれない。
それにはやはり、みのりとしっかり話をする必要がある。
「彼女には意識がある。ゲームのキャラとしての意識じゃない。ぼくらと同じ個人の本当の感情がある」
「だから何だ?」
ヨシオの声が冷たくなった。
「お前は一人の女のために、世界全体を犠牲にするつもりか?」
「佐伯さんだけのためじゃないさ。どうせこのままゲームを進めても、まともなエンディングにはたどり着けないって教えてくれたのは隼人、お前だろう?」
ヨシオは答えない。ヨシオの中にいるのは本当に隼人なのだろうか?
「あ~、お前は、なんでそうなんだよ!」
イライラした様子でヨシオは吐き捨てる。「わかったよ、おれは忠告したからな、どちらにしろこのままではお前はゲームオーバーだ。3人のヒロインの不満度が爆発寸前だぜ」
「ああ、それはわかってるよ」
ヨシオは頭をかきながらぼくに伝える。
「次の大きなイベントは夏休み直前のプールイベントだ。ここでうまくやらないとお前、夏休みを無事に乗り切ることはできないかもしれないぜ」
それだけ伝えるとヨシオは立ち去って行った。
「プールイベントか」
美少女ゲームでは外すことのできない水着回。彼女たちの誘惑にぼくは抗うことができるのだろうか?
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あとがき
新作、長編ストーリースタートしました!
小説完結済み、約15万字、50章。
当面は、午前7時、午後5時ころの1日2回更新予定です!
過去の作品はこちら!
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