第20話 絶対に遭難するお約束の山登り2

 やぶをかき分けるように崖を滑り降り、縁まで行くと、みのりが下の岩棚で動けずにいるのが見えた。岩棚は幅2メートル程度で、その先はさらに深い谷になっている。一歩間違えれば大変なことになる場所だった。


「佐伯さん、だいじょうぶか?」


「神代君?!何でここにいるの?痛っ……」

 みのりの声は震えていた。右足を押さえていて、明らかに怪我をしている。メガネも落ちてしまったらしく、心細そうな表情をしていた。


「大丈夫、今助ける」

 ぼくは慎重に崖を降りていった。幸い、岩場で足場はしっかりしている。登山靴のおかげで滑りにくくなっているのも助かった。

 岩棚に降り立つと、みのりの怪我の状態を確認した。

 

「痛みはどうだ?」


「足首を捻ったみたい……立てません」

 足首が腫れている。幸い骨折ではなさそうだが、歩くのは困難な状態だった。

 下ってきた斜面は急で、怪我をしていなくても這い上がるのは困難だと思われた。


「崖と熊、イベントの振りをきちんとこなしてくるあたり、さすがゲームだな」


「すいません、私なんかのために……」

 みのりはすまなそうにうつむく。


「なあに、大丈夫さ。落ちたのはみんな見ていたはずだから、場所はわかる。熊が何とかなれば救助が来るよ」

 すぐに助けが来るだろうと楽観視していたが、何時間たっても人が訪れる気配はなかった。携帯で連絡を取ろうとしたが、二人の持つスマホはどちらも圏外だった。

 時間が経つにつれ、日が暮れ始めた。山の中は急激に冷え込んで、吐く息が白くなってきていた。


「おかしいな、さすがに遅すぎる」

 腕時計を見て、ぼくは何度目かわからないほど繰り返した言葉をこぼす。


 隣を見るとみのりは震えていた。足の怪我もあって、体力を消耗している様子だった。薄手の服装だったのも災いして、体温が下がってきているようだ。

 まさか、遭難してデッドエンドなんてことはないだろうな。メインヒロインでもないモブ女子を助けるこの行動を、ゲームシステムがどう判断するかは未知数でしかない。このまま夜になってしまえば、野生動物に襲われる可能性もある。そうなればひとたまりもない。


「この場所で夜を迎えるのは危険だ。安全な場所を探して移動しよう」

 ぼくの提案にみのりも小さくうなずく。

 こういった事態の場合、ゲームやアニメなら適当な洞窟や岩陰が必ずあるはずだ。ぼくは周囲を見回す。


「あそこに小さな洞窟があるわ」

 みのりが指さした方向に、確かに岩の隙間があった。高さは2メートル程度、奥行きも3メートルほどの小さな空間だが、二人が横になれるくらいの広さはありそうだった。


「よし、今夜はあそこで野宿をしよう。立てるかい?」


「うん、大丈夫……」

 ぼくはみのりを支えて、崖下のより安全そうな場所まで移動した。大きな岩が天然の屋根のようになっており、そこなら多少雨が降っても大丈夫そうだった。

 ひとまず落ち着いたことで、おなかがすいてきた。弁当でもあればよかったのだが、今回の登山では頂上の山小屋で、学校側が昼食を用意しているということで持ってきてはいなかった。


「くそ、星野さんにお菓子を分けてもらっておけばよかった」


「あ、あの、私サンドイッチ持ってます……」


「え?」


「一緒に食べませんか?」

 みのりはリュックの中からコンビニの袋に入ったサンドイッチを取り出した。いや、こういう場面ではかわいいかごに入った手作りサンドイッチを期待したんだが、まあ、モブであるみのりにそれを期待するのも酷な話だ。この際何でも、食べるものがあるのは助かる。


「ありがとう」

 みのりからサンドイッチを半分受け取り、口に運ぶ。崖を滑った時に押しつぶされてしまってはいたが、空腹が満たされることで、気分も落ち着いてきた。

 それにしても、なぜみのりはサンドイッチを持っていたのだろう。山小屋で昼食が用意されているのに、わざわざ用意する必要はないはずだ。


「寒くなってきたね」

 サンドイッチを食べ終えたみのりは口元に当てた手のひらに息を吹きかけ震えていた。季節はもうすぐ冬も近いが、夜の山の中というのは意外に気温が下がるものだ。


「今夜は野宿になりそうだな。ちょっと待ってて」

 ぼくは洞窟の外で落ち葉を集めて、簡易的な寝床を作った。乾いた落ち葉を厚く敷き詰めることで、断熱効果を期待した。みのりは怪我のせいで動けないため、ぼくが一人で準備することになった。


「神代君、ありがとう……迷惑かけてごめんなさい」

 作業を終えてぼくも枯葉のベッドの上に腰を下ろした。


「気にするなよ。サンドイッチのお礼だよ」

 みのりの表情が少し和らいだ。しかし、恐怖と寒さで体が震えているのがわかった。山の夜は想像以上に冷え込む。


「寒いだろ」

 ぼくは自分の上着を脱いで、みのりにかけてあげた。


「でも、神代君が……」


「男の方が寒さに強いから大丈夫」

 実際はかなり寒かったが、怪我をしている彼女の方が心配だった。体温が下がりすぎると危険な状態になる可能性もある。

 洞窟の中で、二人は身を寄せ合って暖を取った。みのりは怖がって、ぼくの袖を握ったまま離さなかった。


「すみません、怖くて……」


「大丈夫だよ。明日になれば必ず救助が来る……」

 そう信じるしかなかった。

 しばらくの沈黙の後、みのりが小さくつぶやいた。


「あの……神代君、聞いてもらいたいことがあります」


「何だい?」


「どうして私がサンドイッチを持っていたか、疑問に思いませんでしたか?」

 確かに気になっていた。


「山小屋で昼食があるのに、なぜわざわざ?」

 みのりは深く息を吸った。


「本当なら、この遭難イベントで崖から落ちるのは霧島さん、星野さん、南さんの誰かだったんです」


「え?」


「遭難イベント……その時点でもっとも好感度の高い女生徒と遭難するというのが本来のイベントなんです。私の……私の好感度が詩織さんたちを上回ってしまっていたから、ゲームの流れがおかしくなってしまってるんです。ごめんなさい」


 ぼくは息を呑んだ。みのりは事前にこのイベントを知っていたということか。


「遭難イベントになる可能性を知っていたから、サンドイッチを用意していたんです」


「君は何者なんだ?ただのNPCノンプレイヤーキャラクターじゃないのか?」


「私は……」

 続きを話そうとするみのりの表情がゆがむ。何かがその言葉を阻んでいるようだった。

 その時、外から声が聞こえてきた。

 洞窟の外から、誰かの足音が聞こえてきた。しかも複数人のようだ。


「神代くーん」

「創太―」

「創太くーん」

 三人のヒロインたちの声だった。


「どうやってここが分かったんだ?」

 ぼくは驚いた。この山の中で、しかも夜に二人の居場所を特定するなんて、普通は不可能だ。


「神代君には発信器をつけているの」

 詩織は当然のように答えた。


「発信器?」


「今朝、水を渡した時に手首につけたのよ。GPS機能付きの小型発信器。万が一の時のための安全対策よ」

 ぼくは自分の手首を確認した。確かに、肌色のテープのようなものが巻かれている。言われなければ絆創膏だと思ってしまいそうな代物だった。


「そんなもの、いつの間に……」


「心配だったから、事前に準備していたの。神代君は危険に巻き込まれやすいタイプだから」

 詩織の説明は合理的だったが、ぞっとした。いつの間にか行動を監視されていたということだ。しかも、本人に気づかれないように発信器を仕込むなんて、普通の高校生にできることではない。


「先生たちは?」


「もうすぐ救助隊と一緒に来るわ」

 詩織は洞窟の中に入ってきた。みのりが縮こまるように身を小さくする。


「大丈夫よ、佐伯さん。もう安心して」


「佐伯さん、大丈夫?」

 詩織の声は優しかったが、その目は冷たかった。まるで獲物を品定めするような視線だった。


「は、はい……足を捻挫しただけです」

 みのりの声は震えていた。詩織の存在に圧倒されているようだった。


「そう……神代君に迷惑をかけてしまったのね」

 詩織の言葉には、微かなトゲがあった。

 その後、舞美と小鞠も現れた。二人とも詩織と同じように、ぼくとみのりの状況を見て複雑な表情を浮かべていた。


「創太、心配したよ」

 小鞠が安堵した表情を見せるが、同時にみのりを見る目は厳しかった。

「どうして一人で危険なことするの?」


「神代君、無事で良かった」

 舞美も同様だった。心配と安堵、そして何か別の感情が混在している表情だった。

「でも、こんな状況になるなんて……」


 五人で狭い洞窟に詰め込まれ、気まずい空気が流れた。洞窟の空間は急に窮屈に感じられた。みのりは怖がって、ぼくから離れようとしない。それを見た三人のヒロインたちの表情は、一層険しくなっていく。


「佐伯さん、もう大丈夫よ。みんながいるから安心して」

 詩織が言ったが、その声には有無を言わせぬ圧迫感があった。まるで「離れなさい」と命令しているかのようだった。


「で、でも……」

 みのりは困惑していた。詩織たちの圧迫感を感じ取っているが、恐怖のためにぼくから離れられないでいる。


「創太は疲れてるのよ。あまり甘えちゃダメよ」

 小鞠の言葉も、表面上は優しいが、その裏には明確な敵意があった。


「そうね、神代君も一日中大変だったのよ。少し休ませてあげましょう」

 舞美も同調する。

 洞窟の中は、表面上は平穏だったが、実際は一触即発の状態だった。三人のヒロインたちは、無理やりにみのりを僕から引き離し、保護という名目で監視下に置いた。

 

 まもなく、詩織の呼んだ救助隊が駆け付け、ぼくらは無事に山を下りることができた。

 足を痛めていたみのりは担架で運ばれ、病院で詳しい検査を受けることになった。

 怪我は軽い捻挫で、数日安静にしていれば治るとのことだった。


 しかし、山登りイベントが終わって一週間がたつというのに、ぼくはまだ一言もみのりと話すことができないでいた。

 常にヒロインズの誰かがぼくの行動を妨害していたというのもあるが、みのり自身もぼくとのかかわりを避けようとしているようにも思えた。









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あとがき

 新作、長編ストーリースタートしました!

 小説完結済み、約15万字、50章。


 当面は、午前7時、午後5時ころの1日2回更新予定です!

 



 過去の作品はこちら!


女子高生〈陰陽師広報〉安倍日月の神鬼狂乱~蝦夷の英雄アテルイと安倍晴明の子孫が挑むのは荒覇吐神?!猫島・多賀城・鹽竈神社、宮城各地で大暴れ、千三百年の時を超えた妖と神の物語

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三か月後の彼女~時間差メール恋愛中:バイトクビになったけど、3ヶ月後の彼女からメールが届きました~ -

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