第14話 絶対に避けたいヒロインたちとのテスト勉強

 舞美を庇って殴られた事件から一週間が経った。


 顔の腫れはだいぶ引いたものの、まだ少し青あざが残っている。鏡を見るたびに、あの時の出来事を思い出してしまう。ゲームの世界でこんなリアルな痛みを感じるとは思わなかった。

 

 そして、今ぼくが直面している問題は、もっと深刻だった。


「月末からは中間テストだぞー」

 担任の金山先生が黒板に大きく「中間テスト」と書いた瞬間、教室がどよめいた。

 ぼくは頭を抱える。なんてことだ、完全に忘れていた。

 

 この世界に来てから、ヒロインたちとのイベント消化に気を取られて、勉強のことなんて全く頭になかった。神代創太の記憶を借りているとはいえ、テストとなると話は別だ。実際に問題を解くのはぼく自身なのだ。


「赤点取ったら追試だからな。追試で不合格なら留年だ」

 先生の言葉が重くのしかかる。


 どこまでリアルに再現されているかはわからないけど、留年なんてことになったらゲームのシナリオが完全に破綻してしまう。そもそも、この世界から脱出する前に人生が詰んでしまうじゃないか。

 

 授業が終わると、案の定ヒロインたちが近づいてきた。


「神代君、一緒に勉強しない?」

 舞美が提案してくる。あの事件以来、彼女の好感度は完全にMAXになっているらしく、何かにつけて話しかけてくるようになった。


「そうね、みんなで勉強会をしましょう」

 詩織も同調する。彼女も最近、ぼくに対する態度が明らかに変わっている。以前よりもずっと親しみやすくなった。


「創太、私も一緒に勉強するよ」

 小鞠まで参戦してくる。バスケ部の朝練で忙しいはずなのに、なぜかテスト勉強には積極的だ。

 

 三人が一斉にぼくを見つめている。その視線に圧倒されそうになる。


「あー、えーっと……」

 ぼくは言葉を濁す。

 

 ヨシオが耳元でささやいてくる。

「どうする? このまま三人と勉強会なんてしたら、修羅場必至だぞ。特に舞美と小鞠は、お前を巡って火花散らしそうだ」


 確かに、三人同時に相手をするのは危険すぎる。特にテスト期間中という長期間のイベントになれば、何が起こるかわからない。

 気を使いすぎてとても勉強どころじゃなさそうだ。

 

「あ~、ぼくって一人の方がはかどるタイプなんだよね、ちょっと考えさせて」

 ぼくはとりあえずその場を濁して、次の授業に向かった。


 * * *

 

 昼休み、ぼくは一人で校舎の廊下を歩いていた。どうやってヒロインたちの勉強会を避けるか、必死に考えている。


 そんな時、廊下の角で誰かとぶつかってしまった。


「あっ、ごめん」


「いえいえ、こちらこそ」

 謝り終えて顔をあげると、そこにいたのは見覚えのある女子生徒だった。確か同じクラスの……


「佐伯さん?」

 前の席のおとなしそうな少女は一瞬恐怖にひきつったような表情を浮かべる。しかしすぐに平静を取り戻し笑顔で答えた。


「はい、佐伯みのりです。神代君でしたよね」


 

 佐伯みのり。ぼくと同じクラスだが、特に目立つタイプではない。いわゆるモブキャラの一人だ。肩まで届くきれいな黒髪を肩まで流し、ちょっと野暮ったい黒ぶちのメガネをかけている。一見地味に見えるが、よくよく見ればすごくかわいい。いわゆる「眼鏡をはずしたら超美人でした」を実現させたような隠れ美少女だ。


 そういえば隼人はこんな娘が好みだって言っていたっけ。

 現実世界の相棒のことを思い出す。

 

「あの、何か私の顔についていますか?」

 いけないいけない。思わず顔を凝視したまま固まってしまっていた。


「ああ、ゴメンゴメン何でもないんだ」

 ぼくは手をひらひらと振ってごまかす。


「そ、そうですか、じゃあ私はこれで……」

 ぼくから逃げるようにその場を離れる佐伯さんを見て、ぼくは時ひらめいた。

 

「そうだ、佐伯さん」


「はい?」


「もしよかったら、一緒にテスト勉強しない?」

 みのりの目が丸くなる。いや、驚くというよりも、明らかに動揺している様子だった。


「えっ、私とですか?」


「うん。ぼく、一人だとサボっちゃいそうだから、誰かと一緒の方がいいんだ」

 これは完璧な解決策だった。モブキャラのみのりとなら、複雑な恋愛イベントに発展する心配もない。ヒロインたちも、まさかぼくがモブキャラと勉強しているとは思わないだろう。


「私で、いいんですか?」

 みのりの声には、なぜか複雑な感情が込められていた。まあ、そうだろう教室ではヒロインズの三人がいつもぼくのそばにいる。そんな男から声を駆けられたら普通に警戒するよな。

 しかし、ぼくとしてもここで引くわけにはいかない。


「もちろん。佐伯さん、成績良いでしょ?」


「まあ、普通ですけど……」

 みのりは長い間考え込んでいたが、最終的に小さく頷いた。


「わかりました。よろしくお願いします」


 *

 

 放課後、ぼくはみのりの提案で一緒に図書館に向かった。放課後図書室は生徒の自習用に開放されているということだった。 

 図書館なら静かで勉強に集中できるし、何よりヒロインたちに見つかりにくい。詩織はともかくあとの二人は図書館にはあまり来ないタイプだと隼人も言っていた。

 

 図書館の一角に席を確保し、ぼくたちは教科書を広げた。


「さて、どの科目から始めまようか?ぼくは数学が一番苦手なんだよね、佐伯さんは何か苦手ある?」


「そうなんですね、私は……」

 みのりが答えかけて、言葉を飲み込んだ。 


「わ、私も数学は苦手です。一緒に頑張りましょう」

 

 勉強を始めてしばらくすると、ぼくはみのりの違和感に気づき始めた。


 彼女の反応は、他のクラスメイトたちとちょっと違っていた。まず、受け答えの自然さ。メインヒロインたちはともかくモブであるNPCはどこか機械的な反応を返すことが多かったが佐伯みのりに関してはかなり自然だ。


 ただのNPCではない、隠しキャラ的な存在なのだろうか?それとも、小鞠の質問で佐伯みのりの名前を出したから新たにキャラが構成されたのだろうか?

 どちらにしろヒロインとのハッピーエンド以外の可能性が見えたってことだ、デッドエンドを回避する希望につながるかもしれない。


 

「この問題、解けました?」


「うーん、ちょっと難しいな」


「私も悩んでます。でも、この手の問題って、パターンがあるんですよね」

 みのりはてきぱきと、問題の考え方を解説してくれた。数学苦手とか言ってたけど、この子相当頭いいみたいだ。

 

 普通の会話を続けているうちに、ぼくはさらに多くの違和感を感じるようになった。

 みのりの話し方、考え方、そして何より、この世界に対する微妙な距離感。他のNPCたちとは明らかに異質だった。


「佐伯さんって、この学校生活をどう思う?」


「この学校生活?」

 みのりは警戒するような表情を見せた。


「うーん、そうですね。まだ始まったばかりですけど、楽しいですよ。私はどちらかと言うとおとなしい方だからまだ友達とか少ないけど、いろいろなことにチャレンジしていきたいと思っています」

 キャラクターに会った模範的な回答を返す。しかし、みのりの表情が少しゆがむ。


「この世界は……ゲーム……」


「え?」

 ぼくが深く問い直そうとすると、世界そのものがゆがんだような気がした。


「……」

 めまいのように世界が暗転し、すぐに回復する。


「大丈夫?神代君?」

 崩れかけた体をみのりが支えてくれた。


「ああ、大丈夫、ちょっとめまいしたみたいだ」


「今日はもう帰った方がいいわ」

 心配そうにぼくの顔をのぞき込むみのり。


「そ、それより、さっきの『この世界がゲーム』ってどういうこと」

 体はまだふらふらしているが、今はそれどころではない。さっきの言葉の真意を問いただすが、みのりの言葉は不可解だった。


「え?何のことですか?」


「さっき何か言いかけただろ、ゲームが何とか」


「さあ、何のことでしょう?」


「ついさっき、ばくが倒れる前のことだよ。何か言いかけただろ?」


「え?何のことですか?」


「覚えていないのか?」

「さあ、何のことでしょう?」


「え?何のことですか?」

「さあ、何のことでしょう?」 

「え?何のことですか?」

「さあ、何のことでしょう?」 

「え?何のことですか?」

「さあ、何のことでしょう?」 

「え?何のことですか?」

「さあ、何のことでしょう?」 



…………

 ぼくは言葉を失ってその場に立ち上がる。急に立ち上がったためぶつかった椅子が倒れて、静かな図書室内に衝撃音が響いた。


 今まで話していた佐伯みのりとは明らかに違う。

 何を離しても同じ言葉が繰り返される。NPCの応答ループに入ってしまった。あの世界が暗転したようなタイミングからだ。それまでの会話とは全く異なる、機械的な受け答え。


 

 その時、図書館の入り口から声が聞こえてきた。

「神代君はいないかしら?」

 詩織の声だった。






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あとがき

 新作、長編ストーリースタートしました!

 小説完結済み、約15万字、50章。


 当面は、午前7時、午後5時ころの1日2回更新予定です!

 



 過去の作品はこちら!


女子高生〈陰陽師広報〉安倍日月の神鬼狂乱~蝦夷の英雄アテルイと安倍晴明の子孫が挑むのは荒覇吐神?!猫島・多賀城・鹽竈神社、宮城各地で大暴れ、千三百年の時を超えた妖と神の物語

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