第13話 絶対に絡まれたくないDQN
チェキが現像されて出てくると、そこには舞美がぼくに寄り添って、とても親密そうに写っている写真があった。舞美の頬がぼくの肩に触れ、二人とも自然な笑顔を浮かべている。まるで恋人同士のような仕上がりだった。
「うん、いい写真が撮れたわね」
舞美が満足そうに写真を見つめる。その表情には心からの喜びが滲み出ていた。
「ちょっと、距離近すぎない?」
ぼくは慌てて指摘するが、舞美は気にした様子もなく写真を眺めている。
早くここから立ち去りたいのに、舞美が腕を組んだまま離してくれない。周囲からの視線がどんどん厳しくなり、ぼくに対する怒りで会場の温度が上がっていくようだ。前列にいた熱狂的なファンたちの表情は、明らかに敵意を含んでいた。
後ろつかえてるんだから仕事しろよスタッフ! ぼくの心の叫びを無視してスタッフは動こうとしない。
「ち、ちょっと! 後ろ待ってるんだけど!」
ほら、列の後ろから文句が出ちゃった!でも、その声は予想以上に高くて可愛らしい。まるで女の子のような声だった。
後ろで声をあげた人物に目を向けると、大きめのマスクと目深にかぶったキャップで顔を隠しているが、その小柄な体型と特徴的な声で、それは明らかに南小鞠だった。
「え? なんで小鞠が……」
小鞠の抗議に同調するように、別の場所からも声が上がる。
「そうよ! 早く神代君から離れなさい」
今度は大きなフードを被った人物が声を上げた。その声の主は霧島詩織だ。フードで顔を隠していても、その上品な話し方ですぐにわかる。
「霧島さん?!」
舞美も驚いているようだ。まさか二人がここにいるとは思わなかった。
「列から離れないでください」
スタッフが慌てて詩織を押し戻そうとするが、二人の抗議の声は他の待機中のファンたちにも広がり始めた。
「確かに時間かけすぎだろ」
「俺たちも待ってるんだぞ」
ざわめきが大きくなり、舞美はしぶしぶ腕を離した。
「また今度ゆっくり話しましょう」
舞美が小声でささやくと、次の客に場所を譲った。
チェキ会が終わると、舞美は着替えのために一度楽屋に戻った。ぼくは他のアイドルメンバーとチェキを撮っていたヨシオと合流し、会場の外の路地で待っていた。
夜の街は既に暗くなり始めており、ライブハウス周辺にはまだ興奮冷めやらぬファンたちがちらほらと残っていた。
そこに、連れだって小鞠と詩織が近づいてきた。二人とも変装用の帽子やマスクを外している。
「あ、あれ~、創太、奇遇ね」
不自然なほど視線をキョロキョロさせながら、小鞠が近づく。その演技の下手さが逆に可愛らしい。
「本当に偶然ですわね」
詩織も同じように棒読みで答える。
一緒にいるところを見ると、二人で連れだってライブにやってきたようだ。小鞠はファンだって言っていたけど、詩織はライブを見に来た……ってわけじゃないんだろうな。
「神代君、舞美ちゃんと仲良いのね」
詩織が少し複雑そうな表情で言う。その声には微かな嫉妬のような感情が混じっていた。
「いや、そんなことないよ。同じクラスだから」
「でも、今日のライブでも特別扱いされてたし」
詩織の言葉に、小鞠も同意するように頷く。
「そうそう、名前まで呼ばれてたもんね。私たちには内緒でライブなんて」
少し拗ねたような口調だった。
「二人とも、舞美のファンだったのか?」
「そういっていたでしょ!」と小鞠。
「え、ええ~、あ~、そ、そうなのよ!」
詩織が一テンポ遅れて答える。その慌てぶりが演技だということは一目瞭然。
こくこくと頷いているが、その表情はどこか気まずそうだった。
そのとき、舞美が私服に着替えて楽屋から出てきた。ピンクのワンピースに白いカーディガンという、まさにアイドルらしい可愛らしい格好だ。
「お疲れ様でした」
みんなで舞美を迎える。
「今日は本当に嬉しかった。霧島さんたちも来てくれていたんだね。ありがとう」
舞美は心から嬉しそうな表情を浮かべている。疲れているはずなのに、その笑顔には充実感が溢れていた。
「せっかくだから、みんなでお茶でもしない? 近くに可愛いカフェがあるの」
舞美が提案する。
「いいね、賛成! アフターライブっていうやつ?」
小鞠も同意する。
ヨシオは「俺も!」と手を挙げたが、女子三人の冷たい視線を浴びて黙り込み、その姿を見てみんなが噴き出した。
だが、その時だった。
「おい、あの野郎だ」
会場の外で、数人の男性がこちらを指差して話しているのが見えた。彼らは明らかにライブの観客だった男性たちで、舞美のファンらしい。先ほどチェキ会で見かけた顔もあった。しかし、彼らはおとなしいオタクタイプではない。肩で風を切るような、ちょっといきり立った雰囲気の男たちだった。
「あいつ、舞美ちゃんと付き合ってるのかよ」
「許せねえよな」
「ちょっと話を聞かせてもらおうか」
男性たちの声は次第に大きくなり、明らかな敵意を含んでいた。
男性たちがこちらに向かって歩いてくる。その表情は険しく、明らかに友好的な会話をしに来ているわけではない。
「神代君、危険よ」
詩織が心配そうに言う。その声には緊張が滲んでいた。
「創太、逃げよう」
小鞠も緊張した様子で袖を引っ張る。
しかし、舞美は動じることなく男性たちの前に立ちはだかった。小柄な体ながら、その姿勢には毅然とした強さがあった。
「何か問題でもあるんですか?」
舞美の凛とした態度に、男性たちは一瞬怯む。
「舞美ちゃん、こいつと付き合ってるのか?」
その中の一人、「舞美命」と書かれたハッピを着た体格のいい男が詰め寄る。その男の息からは酒の匂いがした。
「神代君は大切な友達です。それ以上でも以下でもありません」
舞美がはっきりと答える。その声に迷いはなかった。
「嘘だろ。さっきのチェキ見たぞ。あんなに親密そうに」
「友達だからこそ、自然に接することができるんですぅ」
舞美の説明にも、男性たちは納得しない。まあ、そうだろう。あの態度では言い訳にもならない。ただでさえ興奮状態の彼らには、もはや理性的な会話は通じないようだった。
「俺たちが舞美ちゃんを支えてきたのに」
「アイドルの癖に男と仲良くするな!」
「俺たちがどれだけ通ってると思ってやがるんだ」
「そうだそうだ、俺たちにも少しはサービスしてくれよ」
男たちの声はどんどん大きくなり、通りかかる人たちも振り返るほどになった。酒せいか、彼らの怒りはエスカレートしていく一方だった。
「ふざけんなよ!」
ハッピを着た男が一歩前に出て、舞美を睨みつける。
「俺たちファンを馬鹿にしてるのか?」
「違います、そんなつもりは……」
舞美が必死に弁解しようとするが、男たちの怒りは収まらない。
「嘘つくな! さっきのチェキ見ただろうが!」
「あんな風に抱きついて、俺たちには絶対やってくれないくせに!」
男たちの言い分もある意味もっともではある。
状況が悪化していく中、興奮した男の一人が舞美に向かって手を振り上げた。その拳は明らかに舞美を殴ろうとしていた。
「このアマ舐めた態度取りやがって!」
「やめろ!」
ぼくは咄嗟に舞美と男の間に割って入った。振り下ろされた男の拳が、舞美ではなくぼくの頬を直撃する。
その瞬間、時間がスローモーションのように感じられた。頬が焼けるように痛い。殴られた勢いでぼくの体は吹き飛ばされ。そのまま地面に倒れこんだ。
現実の世界を含めても殴られたことなんて一度もない。これがどのくらい忠実に再現されている痛みなのかはわからないが、少なくともぼくの人生では一番の痛みだ。
「きゃあ! だれか助けて!」
舞美が悲鳴を上げる。
「やべぇ、逃げるぞ」
男たちは慌ててその場から立ち去っていく。足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
「大丈夫? 神代」
舞美が慌てて駆け寄る。その顔は青ざめていた。
口の中が切れたらしい。血の味が口全体に広がる。ゲームなのに、ずいぶんリアルな痛みだ。
「神代君!」
「創太!」
小鞠と詩織も駆け寄ってくる。二人とも心配そうな表情を浮かべていた。
今までどこに隠れていたのか、ひょっこりとヨシオが現れる。
「よかったな、無事で」
なぜか笑っている。この状況で笑えるのは、さすがお助けキャラといったところか。
三人がかりで肩を貸して立ち上がらせてくれた。立ち上がると、膝も少し擦りむいているのに気づく。
ヨシオが耳元でささやいてくる。
「今ので舞美のフラグは完全に立ったぜ。他の二人も好感度アップだ。ひとまず三人とも不満度はリセットになった。特に舞美は好感度MAXになってるぜ」
確かに、三人とも心配そうにぼくを見つめている。特に舞美の表情には、申し訳なさと感謝の気持ちが混じっているようだった。
これはがっつり『舞美ルート』に突入してしまったみたいだ。
今回は殴られるだけで済んだが、このままでは本当に命が危ない。
ぼくは心配そうに見つめる舞美に悪いと思いつつも、嫌われる方法を考えていた。
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あとがき
新作、長編ストーリースタートしました!
小説完結済み、約15万字、50章。
当面は、午前7時、午後5時ころの1日2回更新予定です!
過去の作品はこちら!
女子高生〈陰陽師広報〉安倍日月の神鬼狂乱~蝦夷の英雄アテルイと安倍晴明の子孫が挑むのは荒覇吐神?!猫島・多賀城・鹽竈神社、宮城各地で大暴れ、千三百年の時を超えた妖と神の物語
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