第8話 絶対に離れられない幼馴染

 舞美が突然スマホを取り出して自撮りモードにする。


「ねえ、記念に写真撮らない?」


「え、でも——」

 詩織の視線が気になるが、ここで断ると後々面倒だ。

 さっさと済ませてこのイベントを終わらせよう。

 

「へへへ、二人の初クレープ記念だね」


 舞美が身を寄せてくる。近い近い。カメラに収まるためとはいえ、肩が触れ合うほどの距離だ。甘いシャンプーの匂いが鼻をつく。


 その瞬間、背筋に悪寒が走った。木の陰から感じる圧が一層強くなっている。詩織の視線だ。舞美との親密度が上がるたびに、その圧迫感が増していく。まるで殺気のようなものさえ感じる。

 舞美のスマホがシャッターを切った。


「へへヘ~」

 今とったばかりのツーショット写真を眺め舞美はにやけ顔だが、ぼくとしてはのんびり写真を確認している余裕はない。今すぐこの場を離れなければ、本能がそう告げている。

 

 慌てて残りのクレープを口に放り込み席を立つ。


「ご、ごめん、もう帰らないと」


「え?急にどうしたの?まだ私クレープ残ってるのにぃ」


「ま、またね」


 舞美の困惑した顔を見ながら、ぼくは逃げるように公園を後にした。




 公園の出口に向かって歩いていると、前方から見慣れた制服姿が現れた。詩織だ。


「あら、偶然ね神代君」


 振り返ると、さっきまで木の陰からこちらを観察していたはずなのに、いつの間に回り込んだのだろう。時空でも歪んだのかと疑いたくなる。

 

「き、霧島さんこそ、こんなところで何を?」


 「学校の帰りに公園を散歩するのが日課なの」


 (いや日課って、学校は今日が初日だろ)と心の中でツッコミを入れる。


「そうなんだ、じゃあまた」


 立ち去ろうとすると、詩織が呼び止める。


「待って、せっかくだし一緒に帰らない?」


「え?だって向こうから歩いてきたってことは霧島さんの家、逆方向だよね」


「え?大丈夫よ、桜木君の家はどこなの?」


「北町だけど」


 中央町に学校、北町に小鞠とぼくの家がある。詩織の家は確か南町のはずだ。


「ちょうど北町のおばあちゃんの家に入学の報告に行くところだったの。一緒に帰らない?」

 なんという都合の良い設定だろう。


「い、いいけど、家はもうすぐだよ」


「それはちょうど良い......じゃなかった、かまわないわ」


 詩織の言葉の端々に違和感を感じながら、二人で歩き始めた。


 たわいもない会話を交わしながら歩いていると、やがてぼくの住むマンションに到着した。


「すごいマンションね」


 オートロック付きの高級マンション。たしかに一人暮らしにしては贅沢過ぎる物件だ。現実世界のぼくの家は狭い木造アパート。配信で成り上がることで高級マンションに引っ越してやると夢見ていたが、まさかこんな形で夢がかなうとは思っていなかったよ。


 ぼくの家族は、父親が海外赴任、それに母親もついて行ったため、元の家に一人で暮らしている、という設定になっている。


「ちょっと大変そう」


 詩織の言葉に微妙な含みがある。一人暮らしの大変さを言っているのか、それとも別の意味で言っているのか。


「え?そんな大変じゃないさ」


「そう......」


「それじゃ、また学校で!」

 余計なイベントが始まる前に詩織とはエントランスで別れ、一人エレベーターで5階に上がる。部屋の前に着くと、ドアの前に誰かが立っているのが見えた。


 小鞠だ。


「あ、やっと帰ってきたな。アイドルとのデート楽しんできた?」


「そんなんじゃないって」

 

 ぼくが鍵を開けて部屋に入るとそれに続いて小鞠も自然に部屋の中に入ってくる。


「おいおい、なんで入ってくるんだよ」


「なんでって、いつもごはん作ってあげてるでしょ。おばさまからよろしく頼まれているんだから。今日は入学祝ってことで少し豪勢な料理するからね、下ごしらえに時間がかかるのよ。だから早めに来たってわけ」


 小鞠は同じ階の隣の部屋に住んでいる。小学校の時に小鞠が引っ越してきて以来の幼馴染、というこちらもそういう設定だ。


 ヒロインとの接触は最小限に抑えたかったが、これでは逃げ場がない。

 そういえば隼人も幼馴染との関係を抑えながらほかのキャラ攻略するのが大変とか言っていたな。


 朝はこの世界に目覚めたばかりで、ゆっくり部屋を観察することもできなかった。改めて見回すと、間取りは一般的な2LDK。今いるリビングのほかに、今朝起きたぼくの部屋と今は使っていない両親の部屋、風呂トイレが別にある。


 南向きに面したリビングからは、ベランダに出られる。それほど大きくないベランダからは緑の多い住宅街が見渡せる。


 リビングから外に出て、ベランダから外を眺めていると、後ろから小鞠が抱きついてきた。


「そーたっ、何見てるの」

 背中に当たる柔らかい感触を楽しむ余裕もなく、ぼくの息が止まる。

 小鞠は背後から抱き着いてきた腕をそのまま首に腕を回して一気に絞めてきたのだ。いわゆるスリーパーホールドというやつだ。


「うぐっ!」


「何一人で黄昏てるのよ~、創太には似合わないって、ははは」

 笑いながらどんどん腕の締め付けがきつくなっていく。

 これがほんとに苦しい。冗談ではない。本気で首を絞められているような圧迫感で息ができない。


「おい……、ま、マジ死ぬ……」


「大げさだな~」

 危なく昇天する寸前で、小鞠の戒めから解き放たれた。

 大げさでも何でもない。本気で危ない。意識が飛びかける寸前だった。


 そうだった、こいつと付き合うとSMプレイの果てに殺されてしまうんだった。ゲームでは「愛が深すぎる故の事故」という扱いだったが、実際に体験すると洒落にならない。


 関係を断ち切るにも幼馴染という設定上、距離をとるのは難しい。小鞠の好意には絶対気づかないふりを貫き通して、うまく嫌われるようにしなくちゃ。


 お前なんか必要ないと追い返すか、無理難題を吹っかけるか——


「食事くらい自分で作れるから一人にしてくれ」


「え~私がいたら困るの~」


「いまから勉強するんだよ」


「私も一緒にする?」


「家だと集中できないから、いまから図書館に行く予定なんだ」


 小鞠は活発な性格で図書館など静かな場所には現れないと、たしかゲームを始める前に隼人が言っていた。小鞠がかかわるのはスポーツ系のイベントが多いはずだ。

 今日はひとまず一人になって考えたいことが山ほどある。


「え~、じゃあ今日は帰るよ」


 ひとまず追い出すことに成功した。小鞠が部屋を出て行くのを確認して、ぼくは大きく息をつく。


 やっと一人になれた。しかし、安心したのも束の間だった。

 何か飲もうとキッチンに向かう途中、ふとベランダから外を見下ろすと、マンションの前に人影が見えた。さっき分かれたはずの制服姿の詩織がまだ立っている。


 まるでこちらの様子を見上げているかのように……


 慌ててベランダから離れる。まさか、ずっと監視されていたのか?

 背筋に寒いものが走る。このままでは本当にデッドエンドが待っているかもしれない。

 




 ----------------------------------------------------------------------


あとがき

 新作、長編ストーリースタートしました!

 小説完結済み、約15万字、50章。


 当面は、午前7時、午後5時ころの1日2回更新予定です!

 



 過去の作品はこちら!


女子高生〈陰陽師広報〉安倍日月の神鬼狂乱~蝦夷の英雄アテルイと安倍晴明の子孫が挑むのは荒覇吐神?!猫島・多賀城・鹽竈神社、宮城各地で大暴れ、千三百年の時を超えた妖と神の物語

https://kakuyomu.jp/works/16818622170119652893


三か月後の彼女~時間差メール恋愛中:バイトクビになったけど、3ヶ月後の彼女からメールが届きました~ -

https://kakuyomu.jp/works/16818622173813616817

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る