みなさん

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 僕ねぇ、じつは大企業の三男坊なんですよ。ん? いやいや、跡目争いなんてそんな。いろいろ実家のお世話になっちゃあいますし、カネもコネも使い倒してきましたがね、僕ぁ跡継ぎになる気はないんでね。安く料理をするコツってのも覚えたし、あの家にいたら下男がやるようなことも覚えましたよ。なんです、下男ってことば自体が滅びかけ……うーん、まだ一般人とギャップがあるのかな。

 ん? そうそれ、それを語りに来たんです。親の会社でそこそこの地位でラクをして、一生を親にぶら下がって生きてりゃあいいじゃないか、ってね。普通は思うでしょう。僕もね、大学に入ってすぐのころ……祖父が亡くなるまではそう思ってましたよ。だがね、……祖父の葬儀があってから、僕はぜったい実家にいちゃいけないなと確信しまして。


 そう、避難。


 曾祖父が立ち上げた会社……創業者の一族、何度も名字が変わってますんでね、僕の名前だけじゃあわからないでしょうが、けっこうな規模なんです。界隈じゃあなかなか有名で、昔から業界で一定の地位を築いてきてるんですよ。ハハハ……僕も父とは違う姓だし、まだ代替わりしてませんから、調べたって無駄ですよ。

 内容こそ述べられないんだが、まあ単純にモノを売る商売です。儲かってますよ、あのド田舎なのに上場企業ですからね。じゃあ闇があるのかといえば、そうだな、表向きはそうも見えないんです。ちゃんと取引先も実在するし、縁故がどう結ばれたのかも記録に残っていますから。では、って話なんだが……。

 これは後から調べた話です。僕はそれまで、高校も大学もてきとうに選んで、それでも家庭教師も付けてもらえる、内申も悪くは付けられない、いろいろ有利だったので。べつに、何事も真面目にやらなくてもどうにでもなると思ってましたよ。そんなことしてませんけど、カノジョを半年に一回乗り換えようが、相手は何も言えなかったでしょうね。兄はやってましたねぇ……いやはや、人は怖いなあ。いろんな意味で、ね。


 僕は祖父が大好きだったので、亡くなったときは驚きました。多趣味でいろいろなところに連れて行ってもらいましたし、お小遣いをくれるだけじゃない、あちらのものじゃない趣味にだって付き合ってくれてね。いい人だったと思います、本当に。遺品の数もすごくって、きょうだいたちと祖父で趣味がかぶっているところもあったので、欲しいものは持っていくといい、と祖母に言われました。正直、型落ちだの関係なく、祖父のものは彼自身のものとして、あっちでも楽しんでほしい……なんて思ってたのでね。僕はあまり、乗り気じゃありませんでした。

 上の兄がいい感じのサングラス、姉が彫刻道具、次兄がキャンプ道具、僕が雑誌のたぐい、……妹は何も持っていきませんでしたね。あの子は、祖父とは相性が悪かったからかな。おとなしくアルバムをめくっていました。

 多趣味でしたから、アルバムの数も多くって。釣りとキャンプ、彫刻をやってるときと展示したときの写真もあったし、どこのオタクと友達だったんだか、持ってる雑誌の年表なんかもアルバムに挟んでましたっけね。あれは本当に細かくて、作った人に尊敬の念みたいなものを抱いちゃったなあ。


 家族写真も何枚もありましたよ。多いのなんのって、それだけでアルバムが三つも。子供のころから会社を継いですぐの若い写真、子供……父や叔父や叔母を授かったときの写真に、取引先の人と撮ったものもありましたね。弱小だが馬主もやってるそうで、牧場とか競馬場かな、そういうところの写真もあったかな。なんたら杯優勝とかって。え? なんか、あー、長い名前だった気がしますね。すみません、競馬はわからなくて。

 妹は、ほかのきょうだいとはあんまり仲が良くなくて、僕とも微妙な関係でした。まあ、僕だけギリギリで嫌われていなかったというか。理由が分かりませんから、どう対応したもんだかって思ってたんですがね……あのときが、いちばん話してくれたんじゃないかな。あのとき、なんだか……へんな位置に、祖父がひとりで立ってる写真があってね。こう、いかにも条約を締結したとか、取引先として仲良くなったアピールの写真のような。


 いない何かと笑顔で握手してるんですよ。


 なにそれ、って僕が言ったら「見えるの?」って言われまして、そういう手合いかぁって思いましたね。ほら、女の子って霊が見えるとか言い出すでしょう。都合よくこういう写真があったから、そういうことを言い出したのかってね。話半分に付き合ってやれば、すこしは話もしてくれるかなって思ったんですが……

 妹が出したスマホのカメラ越しに見た写真が、――どう言えばいいんだろう、首まで霧に浸かった祖父が、作り笑顔で霧と仲良くしているフリをさせられているような。それに、その霧がこっちを睨んでいるような気がして。

 うわって言っちゃったんで、きょうだいみんな集まってきたんですが、いやぁ、これがびっくりでね。みんな、普通の写真だって言うんですよ。それも、……名前は出せないんですが、あの会社の人たちだろって。この人とか今の社長と顔そっくりだろ、って長兄が言うもんですから、ゾッとしましたね。映ってないものが実社会にいるのかって。葬儀の場にもね、付き合いがあったから……いるじゃないですか。ちっともわからなかった。

 そのあと家から出て、場末の定食屋で妹と食事しながら話しました。あの霧が何なのか、あの子には分かってるみたいでした。あれが商材を取り寄せてる取引先みたいでして、祖父から父にも受け継がれていくようでした。なら、ですよ。僕らの代になったとき、僕らがあれと握手して、あれと電話して、あれから商材を取り寄せて、あれから受け取ったものを一般販売するのか、と。そういう話になるじゃありませんか。


 あれから、妹は家を出たまま連絡を絶ってしまって、どこに行ったんだか分かりません。父は探偵も使って探してるようですが、探し出してどうするんだか、僕にはさっぱり。僕は会社を継がずに、穏やかな形であの家から離れようと思っています。ウソだと思ってるでしょう、田舎の因習なんてホラーのネタとしていくらでも使われてますから。

 でもあれ、評判いいんですよね。最近はネット通販も始めて、売れ行きも良好で。あ、わかっちゃいましたか? 右手なんて見ちゃって。そう、それです。逃げるんじゃないかって……まあ、僕はね。言えることがひとつ、あるとしたら……うん。


 お買い上げ、ありがとうございます。


 全国にこんなにたくさんあるのに――ね? 絶望した方が楽ですよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みなさん 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ