第5話 機動戦士ムッツリスケベ(下)
──ピチョン
天上から垂れた水滴が、女の額に落ちた。
起き上がると、土くれの天井が見える。
どうやら、かなり古い水路に居るようだと当たりをつけた。
道具を取り出そうとすると、服を着ていない事に気付く。
身体には小汚いシーツが掛けられていて、下着のみを身に着けていた。
どうやら自分は何者かに介抱されていたらしい。
思っていると、横から声がした。
「あ……起きた」
視線をやると、少年ともいえるような若い男が居た。
洗っていないのか髪はボサボサで、サイズが合っていない服はヨレヨレだ。
色々な物を入れる為の革のエプロンを付けていて、直ぐに
トッシャーとは下水道に住み着いて、そこに落ちているコインや銀食器、宝石などを回収する者達だ。
蒸気都市の下水道は迷宮化しているので意外と採れるらしく、専用のギルドもある。
ただ、病気と隣り合わせであり、長く生きられる職業ではない。
彼は緊張したように口を動かした。
たどたどしい言葉遣いである。
「あ……あの……服、濡れると危ないから、脱がせた……」
そして指差した先には、軍服の上下が焚火の上に干されていた。
武器等装備一式も無事だ。
女は、なんて善良なトッシャーなのだと思った。
彼等の生活からして、救助料だと言って身ぐるみを剥ぐのが常識だからだ。
そして濡れたままの服を着ていると低体温症や皮膚疾患などの危険があるので、脱がせるという対応は正しい。
だが、解せない事がひとつ。
「なんで下着は脱がせなかったんだ?」
此処までやるなら全部脱がせた方が危険はないのではないか。
因みに女には特に羞恥心は無かった。
それは軍人として生きていくにつれて麻痺していた感覚である。
男は、当事者だというのに目を逸らしていた。
「だって、その……胸とか触ったら大変……」
「はあ?」
大きく口を開けて呆れ顔。
こんな環境で、こんな仕事をしている男が、よりによって女の身体を恐れるだと?
そういえばと、女は更に聞く。
「『触ってない』とは、まさか脱がす時も触らないようにしたのか」
「う、うん……頑張りました……」
「そうか、配慮してくれたんだな。ありがとう」
「うへ、うへへ……ありがとうゴザイマス」
引き攣った顔は、笑顔を作る事に慣れていないと考えられた。
まるで穢れを知らない生娘のような反応をする。
少し気になったので、質問をしてみた。
「お前は何時から此処に居るんだ?」
すると彼は引き攣った笑みで、恥ずかしそうに後ろ頭を掻く。
肌は生娘の様に白かった。
「実は出た事、無い」
「なっ!?」
「『コイツ』を使って、取っていた。
水路の中、タカラモノたくさんある」
そうして男が指差した先には、下水道の醸し出す暗闇の川。
その端に浮かぶのは、鈍い金色の金属光沢。
焚火に当てられた装甲版が、
女は目を見開いた。
一般人ならよく分からないが、上級軍人である女ならそれがなにか分かる。
「こんなところに蒸気ロボット、だと!?」
「あっ!ああ!ソレ!ロボット!作った『先生』もそう呼んでた!
水路の中に潜って、泥を漁る」
軍内にあるロボットよりかなり小さいが、間違いない。
下水道で使うという目的の為だと分かるが、それが寧ろ開発者の技術の高さを感じられた。
技術力があるからこそ小型化が出来るのだから。
「しかも水陸両用型……潜水艦設計の関係者か?
コレを作った者も居るのか」
「あ、でも先生はもう生きてなくて……」
「……そうか」
男が言うには、このロボットは今は亡き『先生』が持っていた物で、下水道で手に入るパーツを加工し修理しながら使っていたらしい。
男は物心つく前から『先生』に育てられ、このロボットの修理や操縦を学び、トッシャーの仕事をしていたそうな。
男に頼んでロボットのコクピットに乗せてもらう。
「ちょっと不用心過ぎないか」と聞くと、自分以外に操縦できる人間を見た事が無いとの事。
そして構造を見れば、やはりと軍で使っていたロボットと一緒の規格だった。
『先生』という人物は、恐らくロボットの開発に関わっていたと考えられる。
そこから何があったか不明だが、下水道暮らしに追い詰められ、世捨て人のような生活を送っていたと。
なにか政争の臭いを感じたが、今は蓋をする。
それよりも女が思う事はひとつだった。
──チャンスなのでは?
「お前。私は綺麗だと思うか?」
「はひっ!?ええっと、まあ、これまでに見たことの無い美人だと思いますが」
そもそも男はあまり他人に会わない生活というのもあった。
更にトッシャー界隈など、女性に出会う可能性すら少ない。
仮に生活に困った女性が居たとして、ドブの中で一生を過ごすか、売春婦をやれと選択を強いるなら、後者を選ぶのではないだろうか。
なので、刷り込みのような現象が発生していたのだ。
故に女は考えた。
童貞男子に効くと思われる一言を。
「なあ、私って今、ロボットを操縦している人間を探していてな。
頑張ったら、デートして良いしおっぱいも揉ませてやるけど……外の世界に来るか?
お前が必要なんだ」
そして男はコロッと付いて来た。
まるで犬猫の如く。
◆
そして現在。
軍の食堂の机で隣り合いながら、カレーを食べる。
男の食べ方は汚いし、話し方も酷い物だが、これでも頑張って教育した方である。
下水道から男を連れ帰り、犬猫の如く『飼う』事にしたのだが、待っていたのは膨大な面倒事だった。
何処の馬の骨も知らない部外者にロボットを見せるとか、貴族の令嬢がどこの馬の骨とも知らない人間と暮らすとか。
そしてなにより、人間社会に溶け込むよう教育をするとか。
ついでになんか、彼を連れ出すべきではないとトッシャーのギルドが言っていたが、調べて見ると男の拾ったものは大分買い叩かれていたので適当に叩いておいた。
面倒事を増やすなと言いたい。
「うへへ、隊長。頑張ったのでスプーンで間接キスしてくれませんかぁ」
「ん、そうだなあ」
ねっとりとした口使い。
しかし教育の副作用か、下ネタを全開にして喋るようになってしまった。
女性との距離感が掴めない、物凄い初心な男だったのだ。
だから「近付いても許される女」を用意する事で、逆に物凄い距離を詰めて来るタイプの男になったのである。
まあ、いいだろう。
女は思う。
この世界に引き込んだのは自分であるし、男は自分に依存してくれているので今のところ離れる様子は無い。
なにより、地獄に落ちるなら道連れだ。
──むにゅ
男の手首を握り、自分の胸を握らせたのだ。
ブラ越しなのでそこまで嬉しがるような物では無い筈だが、この世間知らずには大分効果的だったようである。
「~~~~!!??」
男は仰天して口を押える。
普段はセクハラ行為を続けているが、結局根っこは変わっておらず、初心なままだ。
「ふふ、どうだ。少しはやる気が出たか?」
「はっ、はいっ!頑張るであります!」
「それは良かった。これからも私の為に頑張ってくれたまえよ」
手を離してやると、ぽつりと呟く。
「まったく、こんな女の何処が良いんだか」
柔らかく微笑み、心を落ち着かせる為にカレーを慌てて食べ始める男を眺めた。
それは男を見る目というより、ペットを眺める時のそれに似ていた。
【短編集】行き当たりばったり蒸気世界恋愛物語集 カオス饅頭 @1sa
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