第4話 機動戦士ムッツリスケベ(上)

 看板には、『兵器試験場』と書いてある。

 風が吹けば砂が舞う。

 煉瓦の壁に囲まれたグラウンド。


 そこに立つのは、腰にサーベルを差した一人の女。

 着ている軍服の意匠は、高位の士官が袖を通せるものだった。

 銀髪のロングウェーブに白い肌。

 鋭い眼付きに、眼から頬にかけての傷跡。


 彼女の目の前には、一体の巨体が在った。

 二足歩行ロボットだ。

 鈍い金色をしていて、大きさは二階建てのビルディング程。

 頭部はなく、コクピットのある樽のような胴体に覗き穴が付いている。

 技術的な問題でセンサー類がないからだ。


 近年、ある天才によって発明された植民地開拓用のロボットである。


 蒸気文明だというのに、こんなロボットが作れる程度にはファンタジーな世界だ。

 新島発見の際、住んでいるのが人間とは限らない。

 船をも破壊する凶暴な魔物の存在する魔境かも知れないし、古代文明の防衛システムかも知れない。

 なので探索には、『未知』から人間をある程度守れる『鎧』が必要なのである。


 今回はそのロボットの動作試験の日だった。

 女は両手を大きく振って、声を上げた。


「それでは、動作はじめっ!」


──プシュッ


 背面から蒸気を噴きながら、二足歩行の金属の巨体が舞った。

 拳を振れば、ブンと砲弾が風圧の壁を突き破る鈍い音。

 後ろ回し蹴りを放てば、ビュンと鉄骨が落ちるような鋭い音。


 指示を出した女は、鋭い眼付きでウンウンと頷くが、その背後ではそうでない。

 背後の技術下士官たちは具体的なデータを取っているのだが、彼等は今動いているロボットの仕組みに最も詳しい。

 それ故に、賞賛とも畏れとも取れる声を上げる。


「凄い、あんな人間のように動かせるなんて!」

「操縦している時の手の動きとかどうなっているんだ」

「キモッ!滑らか過ぎてヤバイ」


 女はそれらを一瞥して、直ぐに視線を元に戻す。

 巨体を眺めるその目には、どこか憧れのようなものが見え隠れしていた。

 しかしそれを引っ込めて軍人の顔になると、再び声を上げる。


「テスト、止め!」


 機体がピタリと止まり、跪く体勢に。

 胴体のコクピットハッチが開くと、一人の男が出てきた。

 少年のように若い。

 しかしその表情は下品極まりない。まるで中年オヤジである。

 服装は下級兵のものであるが、雑に付けられた特別階級を示すエンブレムが輝いている。

 それを着崩していた。


 跪いた脚を足場にして地面に降りると、女の前に進み出る。


「げっへっへ。隊長、どうでしたか。

スケベしたくなりましたか?」


 ネットリした気持ち悪い視線と、直球な態度。

 しかし女は変わらず、凛とした態度を保っていた。


「ん、ああ。もう少し成果が欲しいな」

「ひょんな~、せめてご褒美下さいよお~」

「……飯くらいはおごってやる」

「やったー!ご飯デートだー!

折角なのでこの場でおっぱじめましょう!」


 勢いのまま、男は女に抱き着こうとする。

 しかし女は手の平で男を制した。


「くそっ、今日こそいけると思ったんだけどな」

「お前如きに押し倒されるほどヤワな鍛え方はしておらん。ほらっ、行くぞ」

「へ~い」


 女は踵を返すと、男はすの後ろから付いて行く。

 途中で尻を触ろうとすると、直ぐに手を叩き落されたりもした。


 周囲の技術者たちはヒソヒソと雑談。


「アレが無ければな……」

「実力は確かなんだけどなぁ。まるで猿だ」

「でも、あの人に付いていけるのもアイツだけだし」


 そうして兵舎の中に消えていく二人を見送った。


 ◆


 二人が出会ったのは、ある日の地下下水道での事だった。


 女は代々軍人の家系である伝統貴族の生まれだった。

 幼い頃から厳しい訓練に明け暮れ、男でも付いていけない。

 人に指示する立場になってからは、自分が前に出て部下たちはサポートに回す。

 その結果出来上がったのが現在も続く『鉄の女』のイメージであるし、特に気にする事でも無かった。


 だが、今後主力になるであろうロボットが発表されると困った事実に直面する。

 ロボットの操作には独特のセンスが必要であり、彼女に適正が無かったのだ。

 つまり、才能の問題だ。


 これを使えるかどうかが、今後に関わる事は分かっていた。

 しかし適切な部下が居ない。

 彼女よりは操作センスのある部下を乗せるのも考えたが、サポート向きの性格の軍人しか採用していなかった。

 しかし今から採用しようとしても、希望に沿う軍人は他の者達に囲い込まれている。


 さて、どうしようか。

 そんな事を思いつつ、都市の下水のパトロールをしていた時の事だ。

 この下水道は、20世紀以上前の旧支配者の代から拡張を続け、迷宮化している。

 なので国でも把握していない場所が多く、悪党の巣窟になっていたり巨大な魔物が育っている時が多いので軍による定期的な見回りが必要なのである。

 これは下水道内の地図を作る作業も兼ねていた。


 今日も部下は測定者だったり、荷物持ちだったりと全員がサポートだ。

 下水道内に住み着く魔物や荒くれ程度なら腰の剣で斬ってしまえば良い。

 狭い水路での戦いは、単騎で戦った方が相性が良いのもある。

 故にこの方針でこの日も順調に進み、そして悪くない結果で終わる。


「それでは本日はこれにて終了。

お前は先に外へ。私は最後に出る」

「了解です、隊長」


 なんせ自分は剣と固定器具くらいしか嵩張るものは持っていない。

 機材を先に出して、自身は殿しんがりとして襲撃の警戒をする。これも何時も通りのやり方だ。


 しかし、超音波で周囲の様子を探る、探知用の機材が外に運ばれた辺りだった。


──ゴウン


 地響き。

 それによって彼女の鼓膜や、骨の髄が状況を把握する。

 そして叫んでいた。


「鉄砲水だ!急げ!」


 部下たちが焦って梯子を上る中、彼女が槍よろしく背中から抜いたのは固定具である。

 先端がフォーク状の鍬のようになっており、それを地面に刺す事で身体を『固定』させるのだ。


──ザパン


 奥から勢いよく飛び出る水圧の束。

 何時ものように煉瓦に刺して耐えようとした時、予想外の出来事が起こった。


──ガシャン


 煉瓦が『割れた』のだ。

 割れてしまっては身体の固定が出来ない。


 古い水路の煉瓦は、防水加工された日干し煉瓦に近い造りをしているので突き刺すことが出来る。

 粘土に棒を突き刺すようなものだ。

 しかし石畳の一般化により技術が進んだ最近の煉瓦は、岩に近い造りをしている。

 なので今のような事が起こったのだ。



 こんな基本的なミスをするなんて。

 女は己の油断を呪った。

 出入口がある水路なら、舗装されていて当然だろうと。

 煉瓦同士の隙間に差し込むべきだったのだ。


 その思考時間は一瞬。

 直後彼女は、水に押し流されてしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る