きみはぼくの星

眠之木へび

第1話

 指先を噛みつかれた。あっという間に、数万度の熱が僕を消し炭にした。


「ありえない」


 僕は零した。触れたのはスマホの画面。充電ケーブルが差しっぱなしなので熱いには熱いが、殺人級ではない。僕を焼き殺したのは、一枚の絵だ。突如タイムラインに飛来した、彼が描いた絵。

 その美しさと言ったら!

 だというのに、誰も、なんにも言っていない。ハートが3つ付いているだけだ。彼らを見下すではないが、それだけで彼への礼になるはずがないだろ。ああ、なんで一日も見逃していたんだ。こんなに眩しく輝いていたのに。

 真っ黒に焦がれてしまって、脳みそから走りだす以外の選択肢が姿を消していた。ケーブルを引っこ抜いて、スマホ片手に家を飛び出した。湿った熱なんかでは止められない。僕は暗い夜道を走り続けた。

 顔を上げると、目の前に彼のアパートがあった。上がった息を整えながら、呼び鈴を鳴らす。


「どうしたの、こんな時間に」


 扉が開いて現れた彼は、相変わらずのだらしない恰好をしている。そんな、僕でさえしている凡庸な格好の彼から、あの非凡すら超越した作品が生み出されるというのを、未だ信じられていない。

 僕はスマホであの素晴らしき絵を見せた。


「これ」


 続く言葉が浮かばない。


「え、ああ、昨日の?」

「良かった」


 僕の口をついて出たのは、そんな言葉だった。一摘みあった語彙力も全て灰になってしまったようだ。これでは結局、「いいね」と同義だ。……そうか、彼らもそういうことだったのか。

 彼は面食らって、しばらく言葉を詰まらせていた。


「……ありがと。もしかして、そのために来たの?」


 僕は頷いた。彼はまた黙り込んだ。

 空気が完全停止した。

 僕は何をやっている? 圧倒された高揚と、自分への嘲りで汚く歪んだ口元の横を、一筋の汗が伝った。……本当に何をやっているんだ、僕は。いくら感動して堪えられなかったとはいえ、正気の沙汰ではない。お人好しの彼はおくびにも出さないだろうが、正直、迷惑でしかないだろう。


「帰る。ごめん、こんな時間に」


 僕は玄関先から走り去ろうとした。だが、「待って」と腕を掴まれた。


「……ご飯食べてく?」


 そう引き留めた彼の顔には、僕と似た類の笑みが浮かんでいた。

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きみはぼくの星 眠之木へび @hevibotan

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