ヘンリー一家の為のフライドチキンとフライドポテトそしてピッツア1
ゴシック様式の建物に紛れてルネサンス風いやヘンリー・アゴスティーノ風の建築が混じる王都。華麗にして優美、質実にして剛健。
希代の建築家ヘンリー・アゴスティーノが導き出した建築方式に狂いはない。そんなヘンリーの愛弟子である青年二人が高台から王都を見下ろし昔を思い出した。
ハットにスーツ姿の二人。オーラムとリュートは見下ろしながら、こんな言葉を口から漏らした。
「間接的ではあったけど、キリシマさんがいなければ、今の俺たちはない」
風が吹きすさぶ高台。しかし、兄のオーラムが言った言葉を弟のリュートは聞き逃すことはなかった。
「そうだね。確かに直接的ではなかったけど、でもあの誕生日は忘れられない」
「ああ、お前の誕生日だったな」
「最悪の悪い日に良いことが続いたのは、全てキリシマさんのおかげだったと言って師匠が泣いたな」
「……食の魔術師か、確かにあの人は俺たちにとって幸運をもたらした魔術師だ」
昔はこんな地位に就けるとは思わなかった。こんな優雅な格好もできるとは思わなかった。
でも、霧島とラーフル、そして影で尽力してくれた人の力によって自分たちはこうなれた。
オーラムは王都にあるギャルリの天蓋を眺めて、帽子に手をやる。そんなオーラムの背中をリュートはぽんと叩くと、にっこりと微笑む。
弟のこの笑顔が好きだ。そう、こんな笑顔を壊したくなくて、オーラムとヘンリーはあの時懸命にレストランを探したのだ。
「いや、お前の笑顔が師匠や俺たちを救ったのかもな」
「兄さん……」
帽子に手をやり、オーラムはふっと微笑むと王都に向かって一礼してから踵を返す。そんなオーラムを追いかけるように、リュートはスーツを翻し後を追うのだった。
――――
ファールが時計作りの許可を得る少し前の話になる。
建築家ヘンリー・アゴゥティーノは深い顎髭に手を当てながらラーフルに深い溜息を漏らした。作業着であり、白髪の髪を触りながら瞳には涙も浮かんでいた。
「ごめんなさい。全て私に力不足です……」
「い、いや……やはりこの設計に無理があったんだ。お嬢さんのせいじゃないよ」
「いえ、私の責任です」
ラーフルは、そこで僅かな舌打ちをした。最後の関門のファリスがこの素晴らしい建築様式を安全ではないという理由で一蹴したのだ。
なぜ、あれだけ頭が固いのか、斬新な物を取り入れ、新しい様式を切り開かないと建築に未来はない。
ラーフルの父は平凡な建築士であった、そんな父の設計書を見てラーフルはもう少しこうした方がいいんじゃないのかと、子供の頃から思っていた少し変わった子であった。
いや、変わった子ではなく、天才肌だったのかもしれない。しかしラーフルが好きだったのは建築だけではない。
技術における全ての物が好きだったので、片っ端からこういう技術を扱うギルドの面接を受けたのだが。技術開発ギルド以外は全て落ちた。
技術開発ギルドは、開発した物を作るように他ギルドへ進言するためのギルドである。勿論進言する以上ギルド員は設計などが解る人ではなくてはならない。
流れとしては、設計士+技術開発ギルドが手を取り合い、他ギルドから人員を借りる。勿論他ギルドは有能な技術者を持つ商会の商会員を連れてくる事になり、技術開発ギルドに認められるという事は立身出世コースに入るという事になる。
但し、あまりに狭い関門として有名だが。
「なんとかしますので」
「い、いや、これ以上ご迷惑はおかけできない……」
力なく項垂れているヘンリーだが、口からはラーフルを気遣う言葉が漏れている。これ以上ラーフルに無理をさせるわけにはいかない。
ここまで来る間にもラーフルにはかなり無理をしてもらったのだ。
「お嬢さん、上司さんとはもめない方がいいよ。お爺さんの言う事は聴いておきなさいな。ギルド員なんてそう簡単になれないんだから」
「……でも……」
確かに簡単になれる物じゃない。ルイーダ国に住む物はあこがれにあこがれる国家公務員だ。
でもラーフルはその型にははまらない官僚らしくない官僚なのかもしれない。
何故なら、ラーフルはヘンリーの顔を見ながら泣きそうになっているからだ。ヘンリーだって、数十年かけてこの建築方式を導き出したのだ。そう地球で言えば、フランスのギャルリのような天蓋とステンドグラスとアーチとの組み合わせを。
「お嬢さん」
ヘンリーはぽんとラーフルの肩に手をやると、にっこりと柔和に微笑みながらこう言った。
「こんなお爺さんの事を気にして、無茶をすることはないからな。いいかくれぐれもだぞ」
そう言うと、ヘンリーはラーフルに踵を返し、背を向け歩んでいく。ラーフルから背を背けた瞬間。ヘンリーの顔が歪んだ。
泣きたい。でも泣くわけにいかない。泣けばきっとあの子は無理をするだろう。そして泣いた顔をあの子達に見せるわけにはいかない。
「そうだ……そういえばリュートの誕生日だったな」
そう思うと、ヘンリーは早く家路に帰るために歩を進めるのだった。
――――
「え……だめだった……」
ヘンリーの第一声を聴いて言葉を無くしそうになったのはオーラム。オーラムの言葉を聴いて泣きそうになっているのは、リュート。
十四歳のオーラムと十三歳のリュート。幼い頃に両親がなくなり、身よりもなかった彼らを育てたのは両親と親交があった、ヘンリーだった。
全くの血の繋がりのない他人だったが、ヘンリーは我が子のようにリュートとオーラムを可愛がった。
不運な事か、ヘンリーは子宝に恵まれず、更に妻も早く亡くしたために家族というものは長い間喪失してきた。そんな心の隙間を埋めたのがオーラムとリュートだった。
ただ、ヘンリーの家は裕福ではない。建築業をしている家業にしてみると、明らかに手元が少ない。
だからオーラムとリュートがヘンリーを助けるように働いている。ヘンリーにしてみれば学校に行かせたいのだが、行かせられるほどの金はない。
学校と言えば、皆のあこがれの的だ。貴族養成学校他、ルイーダ国家付属学芸院、システィーナ大学付属学校などがあるが、一番お金がかからないのが、ルイーダ国家付属学芸院だが、それでもある程度の蓄えがないと通えるわけもない。
ヘンリーは、このプロジェクトが成功した折に、二人を学校へ通わせようと思っていたが、その道も壊れてしまった訳だ。
「そうだ。駄目だった」
「そ、そんな……」
お父さん事、親方のヘンリーの言葉を聴いて、嘆く一人の従業員とリュートとオーラム。オーラムは歯を食いしばり天井を睨み上げた。
「みんな、今は駄目だったが、でもまたなにか考えてみるよ。だからそんな泣きそうな顔をしない」
ヘンリーは手をぱしぱしと合わせ、叩きながら話を打ち切る。そしてヘンリーはリュートへ目を向けるとはにかみながらこう言った。
「リュートの誕生日だったな今日。なにかおいしいものでも食べにいくか?」
「い、いいよ」
「そ、そうだよ」
ヘンリーに無駄遣いをさせたくなくてオーラムとリュートは些細ながらの遠慮をする。でもそんな気持ちを解っているのかヘンリーはにこやかに微笑むと
「遠慮はするな。一年に一度しかないのだからな」
と、先回りをした言葉を出す。そんな親方の笑顔が眩しくて、リュートとオーラムはこれ以上、断ることができなかった。
断られた日だからこそ、贅沢をしようと思ったヘンリー。正直ヘンリーは王都のレストランのシステムは余り解っていないので、この格好で行こうと思ったのが間違いなのか。
話が纏まり、三人は結構薄汚れた格好で王都のレストランを回っていた。
だが……。
「すみません」
「あー、その格好では」
「え? 格好は関係あるのですか?」
「店内が汚れるもので、すみませんね」
そんな言葉を吐くように言われ、店に入る事すらできない。まさか格好で判断されるものとは思ってもいなかった事だ。
残念ながらお貴族様のような服装など持っては居ない。まあ、この店が神経質なんだろうと思い他の店に赴く三人。
だが他の店でも……。
「いやー、店内が汚れるものでして、それにお金は払えるのでしょうか?」
「し、失礼な事をいうなよ! ちゃんとお金は持ってきてる」
「ふーん、そうですか……でもその格好では残念ながら」
「格好で判断するのかよ」
もうこれ以上尊敬するヘンリーが馬鹿にされる事に耐えられなくなったオーラム。内気なリュートは店員の横柄な態度に怯えるばかりだが、オーラムは勝ち気な子だ。だからこそ店員に食って掛かる。
「ちっ……」
一瞬店員が舌打ちしたのを聴いて、まずいと思ったのかヘンリーは店員とオーラムの間に入り、苦笑いを浮かべながらオーラムにこう言うのだった。
「もういいからオーラム」
「でも」
「言う事を聴きなさい。オーラムはそんな子じゃないだろう」
どんな時もヘンリーの言う事に逆らった事はない。でも明らかに店員の態度が横柄で横暴だったのは確かだ。だからヘンリーは言い聞かせるようにしてオーラムに言った。
ふんわりとした感じでヘンリーの手が肩に乗るのを見て、オーラムは泣きたい気持ちになる。
自分の言っている事は間違いない。でも、これ以上店員に喧嘩を売るとヘンリーが困る事になるかもしれないと幼心でも解ったオーラムは歯を噛みしめると、リュートの元へと戻っていく。兄の顔を見て涙をぽろぽろと零すリュートを見て、オーラムまで泣きたくなってくる。
尊敬する親方。その何年も寝る暇も惜しんでようやく設計した図面は呆気なく否定され、こんな日だからこそ、格段に美味しい物でリュートを祝おうとしたヘンリーの気持ちを全否定するように世界は彼らを突き放す。
「金さえ、あれば……」
冷たい風が吹きすさぶ中、心の中で思っていた事がヘンリーの口から漏れてしまった事を聞き逃す事はない。
「親方……」
「父さん……」
場所は中央左辺地区、この辺りに来たときから非常にいい香りがする。どこのレストランに行ってもこんな芳しい香りをしている事はなかった。
暗い気持ちになりつつも、嗅いだことのない精錬された香りに釣られるように三人は歩を進める。
花屋の前を通り、喫茶店の前を通る三人。そしてそこには綺麗なドレスに身を包んだルクソワールがお花に水をやっていた。
「るーるーるー♪ お山の中で狸が走ったあー! イノシシも駆け抜けたあー 狐もお!」
変な唄だ。聞いた事もない鼻歌を聴き、三人は小首を傾げる。自分の後ろに立つ三人の影を見てルクソワールは首を傾げながら振り向く。
「あら、聞こえていたかな……」
ルクソワールは、ぽっと頬を朱色に染め上げて目線をちらりと横へやった。作詞お母さん、作曲お父さんという素敵な構成だったからこそ、フランカは歌うのはやめなよー、と言うぐらいだ。
頬を染めるルクソワールを見ながらオーラムは一度目を閉じるとこう言った。
「どうせ、この店も駄目なんだろう?」
「?」
オーラムの言っている事が解らなくてルクソワールはそれこそ ?マークが付きそうな程に首を傾げる。
「だからさ、あんたも俺らのこの格好で店に入れないんだろうって言ってるの」
「こ、こらオーラム失礼だろう。やめなさい」
さすがに言い過ぎだ。どうも今日のオーラムは荒れてしかたがないとヘンリーは思い、ぐっと肩を掴み止める。
そんな親子のやりとりをルクソワールは見た後に、顔ににっこりとした笑みを浮かべてこう言った。
「大丈夫ですよ。服が汚れている人も結構来ますから。内の店主はそんな事を言う人じゃありませんので。まあ、そんな事を言う事は泥んこ遊びが好きな私が許しませんけどね」
ルクソワールの飄々とした言い方に、三人は張り詰めていた緊張が一瞬で和らぐのを感じた。食って掛かったオーラムがきょとんとした表情をしてこう聴いてくる。
「え? 俺ら入ってもいいの?」
「はい、ラ・ラファエルにようこそいらっしゃいましてお客様」
ルクソワールはじょうろを優雅な動作で持ち上げると、オーラム達に深い一礼をする。ヘンリーはこの建物と、ルクソワールの格好の品格の高さが解る。
(この店、さっきのとレベルが違うぞ……なのに、どうした事だ、この低姿勢な感じは)
ヘンリーがそう思うのも無理はない。この所有者は世界の富豪ルーベンス・ミケロマなのだから。
ルーベンス曰く。みんなのレストランにしてくれ、汚れたらクリーニングするから。君は君の経営手法で言って欲しい。
ルーベンスも霧島の料理で深く感動し、この店を低金額で貸す事にした。ルーベンスにしたらそれは建前の話で、実質上殆ど霧島の物として扱うようにしている。この男は命令で縛る男ではなく、自由に行かせた方が伸びる。と、ルーベンスの商才が告げていた。
ルーベンスと霧島の考えは一致している。みんなのためのレストラン。それがラ・ラファエルだ。
そんな事を知らないオーラムは、リュートの手を取ると自分の事のように喜ぶ。弟を祝う店を見つけられて嬉しくて仕方がない。
「兄ちゃん」
「よかったなリュート」
にこやかに微笑むリュート。そんな兄弟を見て、ヘンリーは目に涙を浮かべてルクソワールに深く頭を下げた。ルクソワールも、ヘンリーにもう一度深い挨拶をすると三人を店内へと招き入れるのだった。
お客様の来訪を告げるベルが鳴る。そんなドアが閉まる音と、お客様の来訪に気がついたフランカ、モモ、そして霧島が深く一礼し挨拶をする。
「いらっしゃいませー!」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ!」
三人が深く頭を下げるのを見て、オーラムは目を丸くしてルクソワールへ言った。
「あ」
「なんでしょうか?」
「あんた達か、変わってんな……」
まるで大事な得意客のように自分たちをもてなす様を見て驚くしかない。目をぱちぱちと見開くオーラムにルクソワールは微笑みながらこう言った。
「店主が優しい人なので。でもね、私たちはファンミル村っていう村の出なの。だから決して裕福な家の娘ではないのよ。うふふ」
「そ、そうなのか」
「へ、へえ……」
ルクソワールの意外な言葉にオーラムは驚き、そんな兄の様を見てリュートも驚きの声を上げる。
ヘンリーにして見れば、どこかの豪商のお嬢様かと思っていたので意外な言葉だった。
「お客様は遊びの帰り?」
「ば、馬鹿言うな、仕事の帰りだよ。こいつと俺は親方に育ててもらってんの。で親方が建築やってて、俺たちが手伝ってるの」
オーラムは鼻の下へ手をやりながら胸を張ってそう言うのを聴いて、ルクソワールはじんと胸にくる。
「え、偉い」
「そ、そうか……」
「今日はごちそうにするため?」
「いや、弟の誕生日を祝おうと親方が言って。あー、ごちそうにするためも間違っちゃいないかな」
「よーし、じゃあ! シェフの誕生日お祝い料理を振る舞うぞ。私が作る訳じゃないけど。そういう感じの料理でいいよね」
「お、おう」
ルクソワールはオーラムの言葉を聴いてスキップをしていく、そんなルクソワールを見て
「お、おうじゃないよ、兄ちゃん。ちょ、ちょっと待って」
と、リュートがルクソワールを引き留めようとするが、聞こえていなかったのか彼女は霧島の元へと歩んでいくのだった。
リュートが心配しているのがお金だ。こんな高級感溢れるレストランだ。きっと値段も想像につかないくらいだろう。
困った。お、おうじゃないと思い、リュートはヘンリーを見ると彼は、今日は多く持ってきたから大丈夫だと心配するリュートの頭を撫でるのだった。
暫く時間が経ち、三人を空いているテーブルへと案内したルクソワール。ルクソワールは楽しんでいってねと言葉を残し、勘定台へと戻っていく。
三人は厨房にいる白衣姿にしか見えない店主を見る。最初に口を開いたのがリュートだった。
「へ、変な格好だね」
「ほ、本当だな」
リュートの言葉にそう返すしかない。どこかの国の装束なのかとヘンリーは思うと静かに霧島を見る。
「よし今日はあれでいくか」
霧島は、自分を見る三人に微笑み返すと料理をし始めるのだった。
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