ファリスの為の牛肉の赤ワイン煮2
それから暫く時間が流れ、夕方になった。まず最初に訪れたのはルーベンスだった。今回の会談はルーベンス、ファール、ファリス、そしてファリスは意外な人物をもう一人招いていた。それはラーフルだ。
なぜ彼女を招き入れたのか、それは自分がなぜ厳しいかを知ってもらう為である。訳もなく、なにかを言っている上司とは思われたくない。
そう自分にだって正義はあるのだ、というファリスの気持ちがある。そのルーベンスに続いてファールが来店し、緊張した時間を送る事になる。
そして本命のファリスがラーフルを連れて来店したのは、それから暫く時間が経ってからであった。
門扉が開き、カランと言う音がお客様の来訪を告げる。
「いらっしゃいませ」
モノクルを掛けたファリスに、質素な白磁のドレスに身を包んだラーフル。ルクソワールはドレスの裾を揺らしながら勘定台から立ち上がり、お客様を迎える準備する。
「お二人様でよろしいでしょうか?」
「いや、ファリス・メルクとラーフルだ」
「失礼いたしました。それではお席へご案内いたします」
「うむ」
ファリスは軽く一礼すると、カフスを靡かせ颯爽と歩いて行く。ラーフルは軽く一礼すると、ファリスへ付き従う。
しかし、どうもラーフルの顔は愉快な顔ではなく、強ばった緊張した面持ちである。どうやら三十代後半に見えなくもないファリスを見て、この方がギルドの事務次官様なのかと、先を歩くルクソワールは遙か天の上に住まう、遠い人でも見たかのような錯覚を抱いた。
「こちらのお席になります」
ルクソワールが振り向き、畏まったポーズを取りながらファリスとラーフルに促した。そしてその席には既に立って待っているルーベンスとファール。
ルーベンスは深く一礼し
「本日は着て頂いて本当にありがとうございます」
「うむ」
と、深い謝辞を述べた。だがファールは違っていた。体ががくがくと震え、まるで野ウサギのようになっている。そしてその口から出た言葉はこんな感じであった。
「きょ、きょきょきょきょきょ、は来ていたただ……ああああああ、あり」
「もうよい」
「すすすすすう、すみまぜん」
お礼は90度の角度で実にアートな感じである。ファリスは厨房へ目を向け、霧島の行動を見た後に、ラーフルの椅子を引く。
「え?」
「座りたまえ」
「私が椅子を……」
「お嬢さん、男性が椅子を引く事があるのですよ」
「あ、あわわ、ル、ルーベンス様」
もうファールはファリスに向かって極度の緊張をし、ラーフルに至っては技術部門の天才と言われるルーベンスを見て感動する。
カクカクと震える足を懸命に動かし、ドレスをゆらゆらと揺らしながらラーフルは静かに腰を掛けた。続いて、ファリス、そしてルーベンス、ファールの順番で椅子に腰を掛けていく。
そんな一同にルクソワールは注文を訊く。
「今日はシェフのお勧めメニューになりますが、その前に食前酒などはいかが致しましょうか」
「ワインの種類はシェフに任せる」
「畏まりました」
ルクソワールは、淡々と喋るファリスに若干の恐怖を抱く。こういう性格なので悪気はないのだが、どうにも仏頂面でいけない。
ルクソワールは深くお辞儀をすると、霧島の元へと歩んで行く。
「キリシマシェフ、シェフのお勧めワインをお願いいたします」
珍しく、キリシマさんではなく、キリシマシェフと言ったのを聴いて霧島は首を傾げたが、ルクソワールは一度目を瞑ると片目だけでウィンクする。
なんとなく状況が分かった霧島は、奧の貯蔵庫へ行き、ワインを取ってくると四人分のグラスをトレイに乗せ、そしてルクソワールへと渡す。
深く一礼すると、ルクソワールはフランカの代わりにワインを運ぶ。こんなに怖い気持ちはお姉ちゃんがやるだけで十分だ。とルクソワールは思っている。
異様な空気を放つ一角へと歩み、ワインを素早く届ける。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
冷淡に見えたファリスだが、仏頂面なのにありがとうと率先して言うのだから不思議だ。グラスを並べ、ワインを置くと、なぜかファリスが率先して注ぎ始める。
「わ、私が」
「いや」
「お嬢さん。男性がワインを注ぐときが良いこともあるのです」
「そそそそ、そうですよね」
ルーベンスの言葉にどもりながら答えるラーフル。そんなラーフル見て柔和な笑みを浮かべるルーベンスだが、空気的な存在になったファールは隅で怯えているだけだ。
「さて、ではお話といこうか?」
き、きたこの時が。ファールはど、どうしようと思いルーベンスへ顔を向けるが、ルーベンスはこの時だけは厳しかった。
「技術の情報は、技術者本人が語る事。開発した本人以外分からない事があるからね。私が説明しては不備が出る事もある」
ルーベンスの言葉にファールは過敏に反応したが、でもファールはそこで心を決めた。みんなの力もあってここまで来たのだ。こんなところで緊張している場合じゃない。
「ではお話をさせて頂きます。この時計は時間と秒を正確に計算し、一日という時間をカウントできるものです」
「ほう、確実に出来るのかな?」
「できます。この期間の間にルーベンス様、そして他の方のご協力を得てたった一つだけの試作品を造る事ができました」
見せたのは、まだデザイン的な完成度にはほど遠い試作品であったが、コチコチという音を刻みながら、その時計は確かに動いていた。
「ゼンマイ、ネジそしてバネなどを駆使し、動いています」
「なるほど。で時間は確実に計測できたのかな? そしてこれを造るに当たってどういう物で最初は検証された」
最初の関門をやはり聴いてきたなとファールは思う。だからファールは地面に置いてあったある物を取りだした。形を見るとメトロノームに近い。
「ある感覚で物を刻む、こうした物を開発してみました。そしてこれに、日射時間及び日時計を重ね、時間を何千回と計測してみました」
振り子と日時計と日射時間での時間の調整には恐ろしい程の時間が掛かった。そんな事をファールは思い出す。自分が眠いときは仲間がカウントしてくれた。体調を崩した時も。そして交代でやってくれると言ってくれた仲間もいる。
「なんども計測し、一時間は3600秒、そして一日は86400秒、そして一年は360日であると確証しました」
料理をしている霧島にとってこの世界の一年が365日ではないという事を知ったときには驚いた。太陽の公転軌道や周期が地球とは若干違うのではないかと思った程だ。
「過去に取られた日時計の記録となんども照合し、これで間違いないと確信いたしました」
「ふむ。王都の鐘楼代の朝、昼、夜の時間はいつ頃に刻んでいる」
「早朝七時三分二十秒、お昼十一時三十五分四秒、夜六時七分三十九秒です」
日時計から考案された鐘楼代の鐘の時間だ。そこまで八時ときっかりと言うわけにはいかない。
「毎日その時間かね?」
「いえ、若干の違いはあります。こちら側の間違いではなく。鐘の叩く人が時間を間違っておられるのだと思います」
「ふむ……」
そこでファリスはこめかみに手を当てるこう聴いた。
「一日の終わりは変わりないのかね? 例えば計測していて、例えば深夜十二時に明るくなったりとかは」
「ないです」
多分、大丈夫だと思います。を絶対に使わないあたりルーベンスに言われたのかな? と思いつつファリスはこう聴いた。
「ふむ……しかし、もし多く造られて、全ての時計の時間に齟齬がでると大変な事になるのではないか?」
「そ、それは……」
自分が一から百まで造ればそうにはならない。でも他の人が造ったミスまでは分からないのだ。作った部品にミスが出ると、時間も狂ってしまうからだ。
「それは安全性に問題があるという事にならないかね」
「ファリス様、ふうー」
ルーベンスはそこで額に手をやり、やはり過去のあれを引きずっているのだなと思う。安全性。その言葉が一番怖かった。
「例えば、ある一人が時間という物を決めたとしよう。全員ばらばらの時間に到着だってありえる訳だ」
「……あ、あう」
「それは……」
どうしてここまで安全性にこだわるのか、厨房で話を聴いてきた霧島はルーベンスから大体の話を聞いて分かっている。だから、霧島はこの時間にあるお客さん達を数多く呼んだのだ。
そうファリスがいかに悲しい思い違いをしているかと言う事を知ってもらう為に。
鍋から取り出した肉は事前に保温し、煮汁をシノワで漉し、浮き油を丁寧に除いたソースをよく煮詰め、とりみがつくようにブール・マニエでつなぎ、慎重に塩コショウで味を調えた。
糸を外し終えた牛肉は、赤茶けた色をしており、その表皮に浮かぶ油と肉汁が食欲をそそる。
霧島は既にたっぷりのお湯で塩ゆでしたヌイユに、小刻みに切ったバターに絡ませ、塩コショウで味を付けた。
赤ワインと調和された肉と具材が醸し出す芳しい香りが、ファリス達の鼻腔を通じ胃を攻撃し始める。
(……おおっ、なんだこの良い香りは)
心の中でそう歓喜の声を発したファリス。僅かにその頬が緩んだのを全員が見逃さなかった。
肉に具材の旨味を凝縮したソースをかけ、そこへヌイユを添えると、霧島は
「ヌイユ、いやパスタを添えることで結構お腹が一杯になる筈」
と、フルコースを作れなかった事を悔しく思いつつも、なんとかヌイユで代用できた事がありがたく感じた。
白磁の皿へ多めに作った牛肉とヌイユを添えにソースをふんだんにかけていく。立ち上る湯気を見つつ、霧島はナイフとフォークをトレイに添えて四人分の料理を自分の手で運ぶ。
霧島が歩んでくると、ファリスは霧島の事をじっと見やる。霧島は一人一人の前へ料理を置くと、深く一礼した。
「シェフの霧島です。本日はお越し頂いてありがとうございます」
「うむ」
自分がルーベンスに頼み、こういう会談を作るきっかけになったのだ。それなのに自分が挨拶をしにこないのはおかしい。
なるべく、霧島の思いとしてはファリスに接したい気持ちもあった。
「この料理の名前は?」
「牛肉の赤ワイン煮、ヌイユ添えでございます」
「ヌイユというのは、このパスタの事かな?」
「左様でございます」
「ふむ、赤ワインで煮込むとは斬新な考えだ」
「ありがとうございます」
味付けは、自分の師匠である綾野梢から教えて頂いたもので、その後自分なりに改良を加えたものだが、やはり人間驚かれると嬉しい物だ。
「冷めてはなんだ。頂いてからもう少し話をしようか」
と、食べる気満々のファリスを見て霧島は微笑む。だが、ファールはこの後に多分断られるという感じがして食欲が沸かない。ルーベンスもラーフルも一様に表情が硬かった。
その中で心の中でうきうきしているのはファリスだけなのだからなんとも意外な事だと言える。
白磁に皿にアートを描き、添えられている牛肉とヌイユ。芳しい湯気が浮かび、冴え渡るような香りを浮かべながら、上に掛かっているソースが皿を彩る。
それを見てからファリスはフォークを取り、ナイフで牛肉を切り分ける。表面が香ばしく焼かれているのを見て、こんな些細な事にも気配りをしてあるのだなと思う。
ナイフを入れて驚いたのが、肉の質感だ。固い肉を想像していたが、すっと肉に吸い込まれるようにしてナイフが入ったのは驚愕の出来事だ。
「おおっ、ごほん」
つい感嘆の息を漏らしたファリスだったが、こほんと咳払いをして取り繕う。肉からたっぷりの肉汁と湯気が溢れ、肉と肉汁には優美な油が浮かんでいる。
ソースの甘く、そしてコクのある深い香りが鼻腔を満たす。ソースをふんだんに絡めて切った牛肉を口の中へ入れた。
「お、お、おおおおおっ……肉が柔らかい……まるで歯が吸い込まれるようだ――! そしてこの深い味の元はトマトとタマネギ、そしてにんにくか? いやこの味にはパセリも混じっている!」
深く噛む必要はない。噛むと肉がとろけるように解けるからだ。そんな肉に絡まったソースは濃厚で甘く、それでありながら香草の香りがソースの味を引き締める。
トマトベースの酸味のある味と香りがそれに融合し、尚、深みのある味を際立たせた。
「……このトマトのなんともいえない爽やかな味。全ての素材を生かすようだ! 隠し味はバターか!」
日頃は冷静なファリスもさすがにこの料理には参ったようで、歓喜の声を上げてしまった。もう彼の目には周りなど移ってはいない。
肉を噛めば噛むほど、ほとばしる肉汁が溢れ、表面が焼かれた香ばしい香りと味、そしてよく具材をともに煮詰められた肉の優美な味が舌に絡む。
「おおお……」
料理を食べる姿を見て、霧島はルーベンスの顔を見ると微笑んだ。一方ファリスは、そんな事など露も知らずヌイユに口をつける。
「このパスタが、ソースと絡み合い、この世のパスタの味を超えてしまっている――!」
ずるずるとパスタを子供のようにすするファリス。一方ラーフルは感激のあまり、目を閉じて天井を仰ぎ見るしかない。感激の声も出ないのだ。
「ふにゅ……だめ……こ、これ以上私をお空に連れて行かないで。もにゅ」
ラーフルは、いやいやをするように頭を振るが、それでも尚食べることを止める事は出来なかった。
なにか、懐かしい感じをファリスは覚えた。昔、色々な技術を持ってこられ、それを見る事にわくわくしていた自分。
でも、あの失敗が自分を変えた。今でも新しい技術を見ると、心が躍らない訳ではない。でも、二度とあの失敗はしたくはない。
「……」
目を瞑って料理を食べるファリス。昔の思い出が脳裏によぎり、なぜか泣きたくなった。霧島はそんなファリスを見ながらこう言った。
「料理にも技術は必要不可欠です。例えば昔の人は鮮度の落ちる豚の生肉を食べて大変な事になったと思います。それから加熱で食べられる事に気が付く。この牛肉にしてもそうです。鮮度のいい内は生でも、でも少し時間が経った物はやはり加熱でという事を失敗しながら学んだんだと思います。安全を得るためには失敗も必要なのだと私は思っています。そして逆に時間が経った方がおいしい物もありますし」
霧島の言葉を聴いて、黙るファリス。そんなファリスにルーベンスはこんな言葉を付け加える。
「ファリス様、ご気分を害さないで聴いて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「……」
ルーベンスの言葉にファリスは黙ったが、まさにそれこそ肯定の合図なのだろうなとルーベンスはファリスの表情を見てそう感じた。
「昔、あの泉にお金を入れられる事によって確かに、それに伴う犯罪も生まれました。でも、みんなの意見を聴いて欲しいのです」
「?」
みんなの意見という意味がファリスには分からなかったので、首を傾げるが、店のお客がぞろぞろと立ち上がり始め、ファリスにこう言った。
「あの泉がないと、私たちは知り合う事もなかったし、結婚する事もなかった」
「そうです。あの泉で私たちの場合、待ち合わせをし、結婚しました」
ある二組の夫婦の夫人がそう言うのを聴いて、何組かの夫婦がこう付け加える。
「素敵な泉で、この人と知り合って、子供が生まれて私は幸せです」
「確かに、悪いことも起きましたが、私たちはあの泉が壊されるときに泣きました。家内と知り合えた思いでの場所だったのにと」
『だから、そんなにご自分を責めないでください』
お客様の中では、事情を聴いて悲しくなって泣いている人もいる。自分を責め続けてきたファリス。
そんなお客さんの意見を聴いて、ルーベンスはファリスに微笑みながらこう言った。
「多くの夫婦や恋人が生まれ、そして多くの子供が生まれた。幸せな家庭も築けた家も多い。確かに悪い事はあった、でも」
「良いことがあっても、運悪くなんらかのアクシデントが起きてしまう事が多々あると私も思っています。生きていて全てがうまくいくのは難しいですから」
ルーベンスの言葉に続いて、霧島はそう付け加えた。画期的な料理を食べて、昔、心が躍った頃の自分を思い出す。
そして、悪いところにばかり目を向けてしまって、幸せなところに目を向けなかった自分。住民の言葉を聴いて、ファリスは心の中が洗われるようだった。
「そうか……悪い事ばかりじゃなかったんだな……」
あまりに偉い地位に居すぎるために、住民の声など彼の耳には入らない。でも実際住民の声を聴くと、良いこともたくさんあったのだと気づかされる。
「ふっ……これはしてやられた」
ファリスは喉を潤すためにワインを口に付けると、少し飲んだ後にこう言った。
「ラーフル」
なにが過去にあったのは分からないが、きっとファリスが凄いことをしたのだとラーフルは感じ取る。だからこそ彼女は萎縮する。
でもそんな彼女の表情とは相反するように今のファリスの表情は晴れていた。
「私がなぜ安心を選ぶようになったかと言えば、エルダの泉は知っているかね」
「はい、幸せな夫婦が多くできたところですよね」
「ああ、じゃあ悪い噂は知っているかね」
「……少なからずの悪い人が生まれてしまったという事を聴きました」
「それの建設の許可をしたのが、過去の私だ。だからこそ安心安全を選ぶようになった。生まなくても良い犯罪を生んでしまった事を後悔してね」
「で、でも、いい事も多くあった筈です。なぜなら私の姉はそこで姉の旦那となんども待ち合わせをして、結婚したんです。今では子供も生まれ、私はそんな子供に良く会いに行きます。そんな寂しい事を言わないでください……」
「ああ、その君の寂しい気持ちや、住民の思いも今日気付かされたよ」
ラーフルの寂しい表情を見ても、それでもファリスは見せた事のないような綻んだ表情を浮かべ、ファールにこう言った。
「ただ、ファール君」
「は、はは、はい」
「試作品を3つ作って、それで時間の齟齬がないようであれば、許可したいと思うのだが、どうかね?」
「え?」
駄目だと思っていた。でもそんなファールの耳に入った答えは違うものだった。
「は、はい!」
だからこそ、ファールはやっと掴んだチャンスを棒に振るまいと力強い返答で言葉を返す。そしてファリスはラーフルにこう言った。
「ラーフル」
「は、はい」
「耐久性が確実であるのであれば、実験を繰り返した後に許可を出してもよい」
「え?」
「ただし、多分と大丈夫かもしれないという言葉は避けてくれ。一応住民の安全を守る物になるから」
「は、はい。確実な物を私が同伴して作り上げます」
確かに、人の命を守る物に、多分大丈夫は駄目だとラーフルは思う。そこは自分の大きな間違いだった。だからこそ確実に、あの建築は成功させようとラーフルは心に誓う。
「主人よ」
「はい」
「今日は本当にありがとう。昔を思い出させてくれたし、なにより、いい話も多く聞けた。心の中がクリアになった気分だよ」
「とんでもございません、あ、ありがとうございます」
そのファリスの言葉がとんでもなくありがたい言葉に聞こえて、霧島は深く頭を下げて感謝とお礼を述べた。そんな霧島にファリスは微笑みながらこう付け加える。
「今度」
「はい」
「個人的に来て、君の料理を楽しみたいと思う。その時はよろしくお願いする」
「は、はい、よろこんで」
ファリスの言葉に霧島はほんわりとした表情で微笑むのだった。
――――
それから数ヶ月後、ある式典が執り行われていた。王都の鐘楼台に大型のネジ式の時計が建設されたからだ。
衛兵が城の周りを固め、さながら城塞のようになっている。
深紅の軍服から窺えるのは赤の城塞。その時伝令係からラッパが鳴らされた、式典の開始の合図だ。
病に伏せっている女王様の代わりに、エリザベートが演説を行う事になった。優雅なピンクのドレスを揺らしながら、少し高い城の屋上から声を張って宣言する。
「この世界に時計という物がもたらされた事を余は誇りに思う。今日まで我らは時計という概念を持つ事はなかった。しかし我らの手に時計によって時間という概念が存在した。今後、その時計が生活の指針となりて、皆の生活を豊かにするものであろうぞ。過去に時計というものがない所為で、我らは、多くの時間の損害をしてきた事であろう。これからは、そのような不都合が起きる事はない。これよりその利便さを感じ、多くの民に普及する事を祈るばかりである」
『おおおおおおおおおおっ――』
既に技術ギルドからの通告で、時計商会が作られ、そこから低価格から高価格までという幅広い枠を設けて販売される事が公示されている。
だからこそ、その低価格と第一王女様を見るために、観衆が多く集まり歓声を上げるのだ。歓声を聴いた後にエリザベートが下がると、それより遙か下、つまり演説台の上へファールが立ち、演説をする。
「この度、王国宮廷顧問時計技師になったファールと言います。この時計には多くの人が携わりました。仲間、そして国家、ギルド、そして諦めかけていた私を救ったのがラ・ラファエルのシェフであるキリシマとルーベンス様、そしてオルエス神父、剣聖三傑のシェフィールド様に画伯オルゼ様。本当にこの場でお礼を」
霧島に目を向けてくるファールを霧島は見返し、ガッツポーズを取る。ルーベンスはこの時計に協力してくれた皆に挨拶をした。
そしてルーベンスは王城を見上げる。そこには王女様とエマ、そして多分ファリスがいるからだ。そんな王女様達に深い感謝をルーベンスはすると式典の様子を見守るのであった。
これが、王国宮廷時計顧問技師になるまでの、ファールの冒険だ。
余談だが、自室に帰った王女様は、エマとファリスに悔しげな表情でこう言った。
「国まで料理で動かすとは大した男よ。なぜに余だけが食べにいけぬのじゃ。エマ、ファリス、主らだけずるいではないか」
ぷっくりと頬を膨らませむくれたエリザベートの言葉に、エマとファリスは苦笑いを浮かべるしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます