第2話

1.


 キンコンカンコンと鐘が鳴る。先生の話がストップし、教室内は弛緩した空気が満ちる。教師の終礼もそこそこに、私たち生徒は緊張を解く。机に突っ伏す者、立ち上がってどこかに行く者、周りとお喋りを始める者。皆様々だ。


 私はと言えば、欠伸を一つついてから自分の携帯端末を取り出し無音モードを確認。流行りのゲームを起動する。別にこのゲームが特段好きというわけではないし、真面目にプレイしているわけでもない。据置機と接続して迫力満点、臨場感溢れるらしいモードを強いられるわけでないから、なんとなく手を出しやすかった。それでいて周囲と話を合わせられるからやっている。それだけの理由だ。


 起動画面でインゲームタイムが進んでいることを確認する。開発がこの運用を想定しているかどうかは不明だが、ゲーム機(つまり携帯端末側)のプログラムをちょっといじれば、レベリングくらいは自動でやってくれる。

 ……直接内部パラメータを弄れるくらい脆弱な防壁だったけれど、流石に倫理観と規約に反するから辞めた。

 このゲームは所謂電脳魔術師を自称する輩がやるような、内部パラメータを改竄してゲームルールをぶっ壊して遊ぶゲームではない。

 属性や特性がたくさん用意してあって、それらを複合させたものにモンスターというガワを被せてある。そのキャラクターたちのチームバトルを楽しむ、というのが趣旨だ。少なくともメディアではそういう売り方をしている。

 つまり、要素の増えたジャンケンをするゲームだ。一部の人間が好むような制作者とゲームを介してどこまでルールの破壊ができるかを楽しむものじゃない。

 そして、属性や特性の組み合わせがキャラクターである以上、このゲームにはメタ要素が存在する。ウェブ上でも盛んに対戦会の開かれるが、その顔ぶれはゲーム的に優位なキャラクター群で溢れている。そうではない側のモンスターを使うユーザーは「愛がある」と言われ賞賛されはするが、勝てるケースは多く無い。つまり、勝てるキャラクターの組み合わせが勝てるチームであり、そもそも勝ちの目が薄いキャラクターを使う理由が無い。


(キャラ愛でやってる人には申し訳ないんだけどさ)

 思考が一つ零れる。

 小学生のクラスで遊ぶ場合、勝てる奴らの大半は直近の大会で優勝したチームを完コピするか、自分の好きなキャラの入ったチームのコピーだ。

 そして、私はそのどちらでもない。


「虎目! 今日もやろうぜー!」

「うん、いいよー」

 炎のドラゴンっぽいキャラを愛用する上野くん。彼はクラス内では強い側で、そのチームはネットに上がっているものに自分の好きなキャラを捩じ込んだ編成だ。

互いに対戦ルームに入ると、結構な数のギャラリーがいた。みんなかなりのめり込んでいる。確かに、コレは先月発売された最新版だから、気持ちは判る。けど。

「うわ、虎目のモンスター、全員カンストしてる!」

 戦う前にチームの平均レベルが表示されて、観客は浮き足立つ。同時に周囲からは呑気な歓声が上がる。

 悪いけど、自分でレベリングするのは時間の無駄だ。残念ながら私はそこに物語性を感じるタイプのユーザーじゃない。

 ウェブで見るようなトップランカーたちなら、レベリング以前にモンスターの個体差にも気を使うのだけれど、そんなことに時間を割くのも面倒だ。だから、私はゴリ押しの利くレベリングだけ済ませる。

 上野くんのチームもほとんどがカンスト。同様に周囲がざわつく。彼はきっと、本気でこのゲームが好きで、本当にそのキャラクターを愛しているんだろうな、なんて上の空で思う。


 高揚感を感じさせるBGMがクラスの誰かの端末から流れる。みんなは自分の端末と、網膜に映し出された3Dのモンスターに見入っているようだ。

 私はただ、無音で平坦な画面を淡々と眺める。勝敗はなんとなく読めていた。多分負ける。上野くんが意気揚々と勝負を仕掛けてきたからだ。


 上野くんは案の定、炎を纏ったワニっぽいやつを初手に出した。うん、それ、昨日の大会優勝者と全く同じパターンだね。炎モンスターチームで相乗効果を狙う場合、弱点を突かれにくいにワニは、ここ最近の定石らしい。ゲームの攻略動画、大会動画なんて五倍速垂れ流しでザッピング、手元は全然違うことに集中してることがほとんど。だから、最先端の流行はなんとなく把握しているだけ。


 息巻く彼をちらりと覗き見る。私ではなく画面に見入っている。溜息混じりに視線を移せば、私の選択したモンスターが登場演出に包まれて出現した。

 瞬間、ざわつく。当たり前だ。

 私の選択は、そのワニをピンポイントで殺すことに特化したクラゲだ。正直、このクラゲは弱い。目の前にいるワニにしか明確な有利が取れない。先々週はこいつを初手に出して負けた。このゲームで相手の手札がわからない場合、とりあえず出すならワニだろうと思っていたからだ。でも実際にワニが流行りはじめたのは昨日。果たして今回、読み間違いの轍は踏まずに済んだ。

 だから、初手は当然勝つ。ほとんどどんな相手でも一定の戦績を挙げられるはずのワニが、為す術もなくクラゲにハメ殺される。

 周囲は三度目のざわめき。tier表に載らないようなニッチキャラに、完膚なき敗北を喫する人気キャラ。もしかしたらクラゲ好きだと思われたかと余計な思考が頭を過ぎるが、先々週の一戦を覚えている人なんていないだろうと考え直す。


 あとは雪崩式に私の勝ちが続く。一手先んじられれば、巻き返しは難しい。デジタルゲームは一ヶ月もすれば定石が固まり、やたら有利なDLCやアップデートを重ねて環境変化を促すハメになる。そして、今はDLC直前。最もメタが固まった瞬間。この日、学校の草の根大会レベルで私に勝つ手段は一つだけ。

 本当に真面目にこのゲームに向き合っていなければ成し得ない編成だ。

 

 上野くんは残り二体、一方私は残り四体までゲームが進む。私の場にいるモンスターは虫の息で、次のターンは動く前に多分やられる。実質の二対三。

 そこで、上野くんはアカウント一つにつき、一体までしか入手できないモンスターを呼び出す。炎を纏ったドラゴンは彼の昔からの推しキャラで、ご多分に漏れず運営からの寵愛を受けている。


 あっという間に倒されたゴーレムが引っ込み、私もアカウント毎に一体までのモンスターの、属性違いを呼び出す。こっちは馬に角が生えたような姿のモンスターだ。全てのアカウントは最も高いレアリティの三体のうち、どれか一つしか選べない。彼はドラゴン。私はユニコーン。軽微な性能差はあれど、今の環境なら全ユーザーは最終的にどれか一体がパーティに入る。そんな破格のキャラクター。


 ゴーレムの稼いだアドバンテージのぶんだけ私が一手上回り、ギリギリでドラゴンを撃破する。私がラストワンにユニコーンを選んでいない理由が効いている。相手は十中八九最後の一体にこのレアリティのキャラクターを出す。初手をクラゲで取れれば、ほとんどのケースはこのタイミングで最高レア同士の戦いになる。あとは一手先んじたぶんで勝つだけ。

 四度目のざわめきは騒ぎにまで発展し、ギャラリーに参加していないほうが少数派に回るほどだ。

(うん、まぁ、こんなもんか)

 私は一人、諦念で戦場を睥睨する。数だけ見れば圧倒的に有利、ギリギリとはいえユニコーンも存命。普通のプレイヤー同士なら勝ちは決まっている。でも。相手は、本気だ。だから、私はここで負ける。


 どよめく教室内。画面にはもう一体のユニコーン。

 一つのアカウントにつき、一体しか入手できないはずのレアキャラクター。その二体目を上野くんは投下した。

 予想通りの動きに私の唇は円弧を描く。こんなのは、クエスチョンにもならない。アカウントを複数購入して、本アカウントにユニコーンを譲渡すればいい。私も本気ならそうする。なんなら、三つ目のアカウントだって買うだろう。

 公式の大会では編成制限に引っかかる。でもこれは、休み時間に行われるただの暇潰しだ。そのただの暇潰しに本気になったから、彼はここで勝つべきだ。


 当然の如くギャラリーコメントが荒れ出す。

『これセーフ?』『公式じゃアウトでしょ』『なに? どういうこと?』『伝説二体目はズルじゃないかなー』『はぁ? 別に良いでしょ』『大会出禁編成』『上野本気過ぎ』『文句あんなら同じことやれば』『女子こえー』

 これも予測の範疇だ。マイクをオン。

「レギュレーション問題なーし。続けよ、上野くん」

 対戦相手である私が許可を出せば、理性のある人は皆黙る。問題はギャラリーの質で、大抵の小学生に理性が無いこと。まぁ、そこはルームマスター権限をハッキングしてこっそりミュート。これで問題発言を続ける奴らは誰にも気付かれない独り言をする羽目になった。次第にコメントは「上野くんと私の勝負の行方について」に収斂していく。

 戦況は想定通り、次第に上野くんに傾いて行く。当たり前だ。通常のキャラクターでユニコーンに太刀打ちするには、1.5対1以上の犠牲が要る。

 というわけで、予想通り私の最後のキャラクターがユニコーンに打倒される。上野くんは嬉しそうに小さく雄叫びをあげ、周囲はそれに様々な視線を送る。通常プレイではあり得ない編成を是とするか、それとも真面目に戦った上野くんを称賛するか。


 私はあまり興味のない人間関係からログアウト、遠巻きにクラスメイトを眺める。勝者の友人たちは喜んでいるし、彼らを良く思っていない人は眉を潜めている。

 私はどちらのスタンスにも偏らない。敢えて言葉にするなら、興味がない。

 自身の脳裏に浮かんだ文字列で冷めた性格を自覚する。嫌なやつだな、私は。


「虎目!」

 上野くんがやってくる。

「おつかれさまー。いやぁ、強かったね」

「クラスのオポネントトップ、これでひっくり返るぜ!」

 嬉しそうだ。嬉しいのだろう。

「そうだね」

「でもさぁ、最初のやつは予想外だったなー。まさかクラゲが出てくるなんて。ちゃんと研究しないとな」

 興奮気味に話す彼に、私はうーんと唸りで返す。

「……今、頑張っても仕方ないと思うよ?」

「なんで?」

「DLCでどうせ環境なんてすぐ変わるんだから、出てからで良いんじゃない?」

 私は買わないからドロップアウトだ。本気で勝つなら企業の防壁を破ってDLCの中身を先に確認する。でもそういうことはやらない。そういうゲームではないから。

 えぇーと不満を漏らす上野くん。

「でも! おれは独自研究、続けるぜ!」

 またやろうな、と言い残して上野くんが立ち去る。

 独自研究ねぇ。ウェブで拾った大会優勝チームの劣化コピーが独自研究なら、その本気度は大したものじゃないんだろうな。


 時計をチェック。昼休みの終了まで残り五十六秒。

 にやりと笑って、ルービックキューブのシャッフルをスタート。

 うん。私はやっぱり、こっちのほうが好きだ。

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