第6話 その時僕は

温泉スキーから帰ってきて、年末。お互い仕事に忙殺されながら、やっと落ち着いたのは除夜の鐘が響く頃だった。僕は法子のアパートで、お蕎麦をゆでていた。

お店の片づけをしてから帰って来ると言う時間に合わせて、ゆでていた。ちょどその時アパートのドアが開き「ただいまぁ」と言って疲れた顔の法子が帰宅。「ちょうどよかった」と言いながら手早くゆでたそばを冷やし、盛り付ける。冷蔵庫で冷やして置いためんつゆと、出来上がったばかりの蕎麦をテーブルに並べ、食卓が揃った。

いったん自室に行った法子は部屋着に着替え「疲れたー」と言って抱き着いてくる。そんな背中を擦りながら、「うん、お疲れ」そう言って暫く彼女を抱きしめていた。すると突然、「おなかもすいたー」と言いながら、食卓に着いた。隣同士で座り、手を合わせて食事を始めた。勢いよく蕎麦をすすり「おいしいー」と言いながらあっという間に蕎麦を食べ切った。蕎麦湯を残った猪口に注ぎ、ゆっくりと香りを楽しむ。「ふぅーっつ」とため息をつきながら、法子はこちらを向き改まった口調で言った、「和也、ありがとう。貴方に出会ってからの3か月、本当に私の人生は変わった。今とても充実しているの。だから、本当にありがとう。」そう言いながら僕の首の後ろに腕を回し、肩辺りに自分の顔を埋めて来た。「ううん、こちらこそ。とても充実した時間をありがとう。」そう言いながら、やさしく彼女を抱きしめた。

温泉スキーに行ってから法子は僕の事を和也さんと名前で呼ぶ様になっていた。前の彼氏が和文さんで同じ和さんと呼ばれていたことから、抵抗があって名前ではなく清水君と呼んでいた。

そんな二人の関係に少しだけ進展があったのは、正月を迎えた2日の事だった。

「ねぇ和也、初詣に行こうよ。」と言う法子の提案で、近所の八幡さんにお参りに行く事にした。お朔日ついたちは喰っちゃ寝していたので、だらだらと過ごしてけれど、「今年の事、一生懸命お願いしなきゃだよね。」と言って布団から思い切って出て、服を着替え、お揃いで色違いのマフラーをして、神社に向かった。参道にはたくさんの参拝客や、その両側には屋台が並び、とても賑わっていた。人込みに飲まれるように、少しずつ前進し、やっと賽銭箱の前に来るまで、小一時間位要した。お賽銭を投げ入れ、鈴を鳴らし、二拝二拍手の礼儀でお参りをした。「今年こそ結婚できますように」と小さく呟いた僕は、こっそり隣でお祈りをしている法子を盗み見てみた。真剣に瞼を閉じ、いったい何をお願いしているのか、僕と同じ気持ちで神様にお願いをしていると良いなと思いながら、神前を後にした。参拝後は横にそれて人波を避け、屋台の前を歩った。人波をよけ、たこ焼きとお好み焼きを買い、アパートの戻った。玄関のカギを開けながら「あっ、氷買うの忘れた。ちょっとコンビニ行ってくる。」と言い残して法子が出て行った。僕は部屋に入りたこ焼きをテーブルに置き、ストーブを着けた。

キッチンからグラスを2つ、飲みかけの焼酎のボトルにおせち料理を出し、ついでに缶ビールを開けた。テレビをつけ正月のお笑い番組を見ながらビールを飲んだ。テレビの中では毎年恒例の芸で盛り上がって居る。ぼーっと見ながら、気付くとビールが空になって居た。「法子遅いな」と玄関の方を見ると、まだ帰ってくる様子はない。さらに、たばこに火を付けそれが無くなる頃に帰って来た。

「ただいまー」

「うん、お帰り、遅かったね。」

「コンビニがさぁ、めちゃ込み。」

「みんな暇つぶしに行くから、正月は混むよなぁ」

法子は買ってきた氷をアイスペールに移して持ってくる。残りを冷凍庫に仕舞いながら「おつまみ、おせちで良い?」と聞いて来たので「うん、いいよ。早く一緒に飲もう。」と法子を呼んだ。

狭い部屋、ソファーに隣り合って座り、正月のテレビを見る。二人で酒を飲みながら静かに過ぎていくこの時間が、最高に幸せだった。

「今年はどんな年になるんだろう?」と法子が呟いた。

脳天気な俺は「大丈夫、今年はもっといい年になる。」と答えたが、法子が言うと言う含みに気づいていなかった。

ずっと二人でいる。できればもう結婚してしまいたい。と事の重さや大きさを感じることなく、単純にそう思って居た。

結婚って、二人が良いならそれで直ぐに出来るものだと思って居た。さすが23歳の僕の考えは、全く持って幼稚だった。

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