第5話 意外な特技

ショッピングモールにクリスマスソングが流れる頃、法子は隣の町に越していった。

そこには法子の勤める、大型スポーツ用品店があり、僕は其処のショッピング会員でもあった。今シーズンのスキー板やブーツが並ぶ展示会で、僕は新作のスキーブーツを試着していた。たいして上手い訳では無いが、通好みのLANG《ラング》というメーカーが好きで、子供の頃から愛用している。最初にスキーに行った時は、両親に連れられて行ったのが最初だったけれど、小学生の合宿や中学生になってから、ある程度本格的に競技にのめりこんだ。雪国育ちではない僕が、冬休みを全部競技に費やして居る頃、同級生たちはお正月のお年玉とおせちで楽しい休みを過ごしていただろう。しかし、毎年冬休みが始まると、長野県にある祖父母の家に行き、スキー漬けの年末年始を過ごしていた。ランキングはなかなか上がれなかったけれど、楽しかった。その競技でしか出会わない全国の友達も出来たし、結果よりも試合後のみんなで出掛ける、バーベキューがすごく好きだった。

そんな僕が、大型スポーツショップのスキー商談会で今シーズンのブーツを購入しようとしている。それを見て法子が「清水君スキー出来るんだぁ」と言ってきたから苦笑した。「うん少しだけど出来るよ。今シーズンは一緒に行こう」と誘うと最初すごく嫌がった法子も、温泉に食事が旨いと言うと、ホイホイついて来た。夜走って、明け方スキー場の駐車場で待機。日の出とともにゲレンデに飛び出し、まだ誰も滑って居ないゲレンデに自分のシュプールを刻む、此の快感。何本か滑った後、法子の所に戻り、手を引きながら初心者用ゲレンデを降りる。たった数十メートルの短いゲレンデを、何度もこけながらやっと一本滑り降りる。レストランで休憩しながら、再度挑戦。そして、初心者用の少し長めのペアリフトの乗せる。乗っている時ははしゃいでいるが、降りる時はビビッてリフトを止める。それでも、その滑り降りるところに立つと、へっぴり腰とはいえ果敢に斜面に挑む姿は、感動ものだった。何度かころんで、立ち上がる元気がなくなった頃、僕は法子をおんぶして、斜面を滑り降りる。

「すごーい。上手になるとこんなに気持ちが良いのね。」と感動しきり。せがまれて、もう一本彼女を負ぶって初心者用ゲレンデを降りた。本来、小さな子供をおんぶしているお父さんは見掛けるが、彼女をおんぶしている人は珍しく、注目を浴びた。

それから、遅めの昼食を食べにレストランに入る。メニューは定番の醤油ラーメンかカレー。あの頃のスキー場は手軽で安く食べられるメニューしかなかった。

疲れた彼女をレストランに残し、僕は上級者用の急斜面に向かうゴンドラに乗って居た。今シーズン初めて履くブーツと板に思いを寄せ、全身の力をストックに伝え、斜面に掻き出した。外足に体重をのせ、その直後に切り返す。短いターンをしながら逆足に体重を乗せ換える。そしてまた直後に切り返しながら、ステップを踏んでいく。ストックでリズムを刻み、銀世界に没頭していく。幸い天気は良く、青空と積雪の白のコントラストが高揚感を煽る。競技で滑るのとは違い、純粋に滑る楽しさが味わえる。でも、かつて必死に滑っていたからこそできる事で、子供の頃に一生懸命スキーに打ち込んで良かったと、改めて両親や祖父母に感謝した。

ひとしきり滑った後、温泉宿に向かう。ゲレンデのすぐ外にその宿は有り、そのままゲレンデに出て滑ることも出来る様な宿だ。チェックインを済ませてから、予約していた貸切露天風呂に二人で入り、筋肉をほぐした。さすがにこの時は軽くキスをしたが、それ以上燃える事は無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る