聖水
長万部 三郎太
顔を強張らせて
ある男性冒険家がヨットで南大西洋を横断するという旅に出た。
しかし、運悪く嵐に見舞われヨットは転覆。命からがらに近くの島へ流れ着く。
男は辛うじて無傷であったが、浜に上がったときには極度の脱水症状に陥っていた。
目の前にヤシの木があるものの、木に登る体力は無い。
渇きと絶望のなか木陰で項垂れていると、なんと1人の人間が近づいてきたのだ。
島民だろうか? 何にせよ助かった、と思った。
冒険家は涸れた咽喉で必死に「水……」と訴えたが言葉が通じなかった。
その島民と思わしき男は、顔を強張らせてしばし考えたのちどこかへと去っていく。
しばらくして、先ほどの男が別の島民を数名連れて戻って来た。
島の男が「ミズ?」と声に出すと、冒険家は目を見開き力を絞ってこう伝えた。
「ミズ、クダサイ」
「ミズ、ク ダ サィ?」
「オホー、アオ!」
「アオ!」
島民たちが次々に声を上げる。
しかし一向に水が出てくる気配がない。
それどころか、周囲には見物人が集り半ば儀式めいた様相を帯びてきたのだ。
そして男はコップに注がれた水を飲み干す幻を見ながら意識を失った。
これは後で判明したことだが、男が漂着した島ではエウェ語という言葉が使われていた。当然『水、ください』という日本語が通じるわけもない。
島民には『ミズ、ク ダ サ』という音として認識されたため、そのままエウェ語に変換されてしまったのだ。
ミズ ク ダ サ……。
この言葉をやや強引にエウェ語に翻訳するなら、こうだ。
ミズ ク ダ サ
<悪霊のせいで私は死ぬ。ここで寝るからその場を清めてくれ>
結局、男は司祭に看取られそのまま脱水症状で亡くなったが、皮肉にも死後彼に与えられたのは清めるための聖水、つまり水であった。
(できれば死ぬ前に水分が欲しかったシリーズ「聖水」おわり)
聖水 長万部 三郎太 @Myslee_Noface
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます