第2話 運命の10連
「動け!」
俺は心の中で叫んだ。身体は意思に反して、勝手に一歩を踏み出す。
【チュートリアル:移動】
空中に浮かぶウィンドウが、俺の行動を説明するように表示される。
【画面をスワイプすると、キャラクターがその方向に移動します】
俺の視点は、まるで誰かの手によって操作されているかのように、右へ、左へ、前へ、後ろへと動かされる。俺自身は、身体が勝手に動いているだけで何もしていない。
「これって、もしかして……」
俺は、自分の身体がプレイヤーによって操作されていることを、改めて痛感した。まるで、スマホを握るプレイヤーの指先が、直接俺の筋肉に繋がっているかのようだ。
次に表示されたのは【チュートリアル:攻撃】だった。
【敵をタップすると、自動で攻撃を行います】
目の前に、チュートリアル用の木製ダミーが現れる。俺の腕は勝手に持ち上がり、握りしめられた拳がダミーに叩きつけられた。鈍い音と共に、ダミーの頭上にダメージを示す数字がポップアップする。
「うわ、マジか……」
さらに【チュートリアル:スキル】。
【スキルアイコンをタップすると、強力なスキルを発動します】
画面の端に、見慣れたスキルアイコンが表示される。俺の指が勝手に動き、アイコンをタップした。身体から光が溢れ出し、俺の拳に力が集中する。
「くらえ! ……って、勝手に口が動いてる!?」
俺の口から、ゲーム開始時の主人公が必ず叫ぶ、お決まりの台詞が飛び出した。俺の意思とは関係なく、身体が、声が、勝手に動く。この感覚は、まるで自分の身体が自分のものではないような、奇妙で、そして少し恐ろしいものだった。
一通りの操作説明が終わり、チュートリアルは終了した。
【チュートリアルをクリアしました! あなたは冒険の準備が整いました!】
ウィンドウが消え、俺の身体は自由に動かせるようになった。
「……ん? これは……?」
少し試してみると、どうやらプレイヤーが操作していない間は、俺自身の意思で動けるらしい。しかし、一度プレイヤーが操作を始めると、俺の身体は再び彼らの意のままに動かされる。
「なるほどな……。つまり俺は、通常時とオートモードを選択している間だけ、自由になれるってことか」
とはいえ、この世界にいる限り、俺の行動は常にプレイヤーの「プレイ」に左右される。そして、そのプレイの最たるものが、これから始まる「ガチャ」だ。
【初回10連ガチャを引こう!】
再びウィンドウが表示される。次なる目的地は、ガチャ神殿。
「あー……そうだよな。チュートリアルが終わったら、次はガチャだよな、普通」
俺の脳裏に、このゲームを始めた時の記憶が蘇る。SSRが最高レアリティで、SSR、SR、R、UC、Cの5段階。10連ガチャはSR確定で、SSRの排出率はたったの0.5%。
「あの時は、SSR2枚抜きするまで、丸二日かかったんだよな……」
遠い目をして、俺は過去の自分を思い出す。スマホを握りしめ、ひたすらリセマラを繰り返した、あの地獄の二日間。まさか、その地獄の裏側で、俺がこんな体験をすることになるとは、夢にも思わなかった。
身体が勝手に動き出す。神殿の奥にある扉を抜け、俺は眩い光に包まれた空間へと足を踏み入れた。そこは、巨大なクリスタルが煌めき、天井には星々が瞬く、荘厳なガチャ神殿だった。
中央に鎮座する、巨大なクリスタル製のガチャマシン。その前まで進むと、再び空中にウィンドウが表示される。
【10連ガチャを引く】
カーソルは、迷うことなく【10連ガチャを引く】の上で固定された。俺の意思など関係なく、それは勝手に選択される。
俺はガチャマシンを見上げた。
ガチャマシンが唸りを上げ、クリスタルが激しく輝き始める。そして、轟音と共に、ガチャマシンの上部から、巨大な虹色の扉がゆっくりと降りてきた。
その扉の向こうに、俺の、あるいはプレイヤーの、新たな運命が待っている。
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