リセマラ厨の操作キャラに転生したが、俺の冒険は永遠に始まらなかった
星宮 嶺
第1話 目覚めよ、ネバロー!
眩い光が、まぶたの裏で弾けた。
「……ん?」
重い頭を揺らし、ゆっくりと目を開ける。まず視界に飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。石造りのアーチが組まれ、その間にはステンドグラスがはめ込まれている。差し込む光が色鮮やかな紋様を床に落とし、荘厳な空気を醸し出していた。どうやらここは、どこかの神殿のようだ。
最後に眠りについたのは、たしか自室のベッドだったはず。熱心にやり込んでいたソシャゲのイベント周回を終え、スマホを充電器に繋いでそのまま寝落ちした記憶がある。それがどうして、こんな場所に?
身体を起こそうとした瞬間、ふわりと視界の端に違和感がよぎった。
【ようこそ、冒険者よ。まずはあなたの名前を登録しましょう】
──は?
空中に浮かぶ半透明のウィンドウ。そこに表示された文字に、俺は思わず目を瞬かせた。フォントも見覚えがある。どう見ても、昨日まで俺がプレイしていたソシャゲのUIだ。
【現在のお名前: 】
入力欄が点滅している。試しに手を伸ばしてみるが、触れることはできない。まるで幽霊だ。すると、次の瞬間。
【現在のお名前:ネ】
勝手に文字が入力され始めた。
【現在のお名前:ネバ】
【現在のお名前:ネバロ】
【現在のお名前:ネバロー】
「ネバロー……って、俺の名前じゃないだろ!」
思わず叫ぶが、声は出ない。まるで喉が張り付いたかのように、音にならない息が漏れるだけだ。文字は自動で確定され、ウィンドウが切り替わる。
【名前が登録されました。冒険の旅へ、いざ出発!】
いや、ちょっと待て。何なんだ、これ。勝手に名前を決められた上、冒険の旅って。
混乱していると、神殿の奥から一人の男が歩み寄ってきた。豊かな髭を蓄え、豪華なローブを纏った威厳ある老齢の男性だ。その顔を見た瞬間、俺は思わず息をのんだ。
「おお、目覚めたのか、ネバローよ!」
──まさか。
その声と、彼が口にした名前に、俺の脳裏に電流が走る。このシチュエーション、この台詞……あまりにも見覚えがありすぎる。
老王は、俺の前に立つと深々と頭を下げた。
「よくぞ目覚めてくれた。そなたの力こそ、今、我らが王国に必要なのだ」
そして、悲痛な面持ちで語り始める。
「魔王が復活し、世界は闇に包まれようとしている。このままでは、我らの世界は滅びるしかない。どうか、ネバローよ。魔王を討ち、世界に平和を取り戻してはくれまいか!」
完璧だ。あまりにも完璧すぎる。これは、俺が寝る前にプレイしていたあのソシャゲの、チュートリアル導入部分そのものだった。
老王の言葉が終わると同時に、再び空中にウィンドウが出現した。
【選択肢】
【わかった】
【断る】
俺は「断る」を選ぼうと指を動かすが、どうにも身体が動かない。まるで、見えない糸に操られているかのように、カーソルは勝手に【わかった】の上で固定され、そのまま選択されてしまった。
【あなたは魔王討伐の旅に出ることを決意した!】
「う、嘘だろ……」
声にならない悲鳴が喉でつかえる。俺は、自分がゲームのキャラクターになってしまったことを、完全に理解した。
しかも、よりにもよって、プレイヤーの分身である「操作キャラ」に。そして、このゲームを飽きるほどやりこんだ俺が、このチュートリアルを何度も何度も繰り返すことになる、悪夢のようなシナリオが、この時点で俺の頭の中を駆け巡った。
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