第9話

 地下球技施設「ラストクラブ」の最奥、特設コートにて。

 観客は誰一人いない。

 この試合のためだけに用意された、完全なる**一対一の密室空間**。


 壁には音響を吸収する特殊素材。

 周囲には監視カメラすら設置されていない。

 ここで起きることは、“試合結果”以外、記録に残らない。


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## 対戦カード


### 水城タイジ vs 雪野ミナ


### 試合形式:**心火式タイブレーク(メンタル・リミッター)**


* 3ポイント先取で勝利。

* 各ポイント失点ごとに、相手の「記憶の断片」が強制的に再生される。

* 勝者が敗者の「精神領域」に干渉できる特殊ルール。


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## 雪野ミナ 登場


 扉の奥から現れた少女。

 かつて、笑顔と情熱でタイジを支えた“天才少女”。


 だが今、彼女の瞳には――一切の光がなかった。


 長く伸びた髪。

 無表情な顔。

 そして、機械的なフットワーク。


「……雪野……ミナ……」


 タイジの声に、彼女は首をかしげる。


「その名前で私を呼ばないで。“ミナ02号”とお呼び」


「何をされたんだ、お前……」


「私はもう“記録”で動いているの。あなたは、抹消対象のデータよ」


 ミナがラケットを構える。

 そのフォームに、タイジは言葉を失った。


 それは、**タイジ自身の構えだった。**


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## 第1ポイント


 タイジのサーブ。

 だがそのサーブを、ミナは無表情のまま完璧に打ち返す。


 スイングも、ステップも、すべてが**タイジの“模倣”**。

 彼のクセ、リズム、裏の裏まで再現している。


「くっ……!」


 タイジの返球がわずかに甘くなる。


 ミナがすかさずスマッシュ。


 **0-1 ミナ得点**


 その瞬間、タイジの脳内に映像が流れ込む。


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### 【記憶の断片】


 ―小雨の中、ベンチで泣いていたミナの肩に、タオルをかけた自分。

 ―「負けてもいい。俺は、お前のテニスが好きだ」と笑った日の記憶。


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 「……っ!」


 タイジは拳を握りしめた。


 彼女のラケットは、“記憶”を削る。

 **比嘉錬司は、感情ごとミナを塗り替えた。**


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## 第2ポイント


 タイジの読みが通らず、またもミナに押される。


 彼女の打球は、かつての自分よりも速く、深い。

 まるで、“自分の完成形”にすら見えた。


 だが――


 その中に、一瞬だけ“ブレ”があった。


(……今の足運び……0.2秒、遅れた?)


 タイジはそれを見逃さなかった。


 次の打球、ミナのバックに深く沈め、あえてネット際に誘導。


 ミナが追いつき、浅いボールで返す。


 その瞬間。


 **“心打”――打球に魂を込める一撃**。


 打球は鋭くコートを割った。


 **1-1 タイジ得点**


 今度は、**ミナの記憶**が流れる。


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### 【記憶の断片】


 ―病室でタイジのリハビリを見舞う彼女。

 ―「いつか、また一緒に試合したいな」と笑ったミナ。

 ―だがその笑顔は、どこか不安げだった。


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## 第3ポイント


 タイジは、ミナの“コピー”ではない“ミナ自身の癖”を探しはじめた。


 ミナは正確無比。けれど、人間だった頃の名残がある。

 **彼女は“跳ねる回転”に弱い――それは、かつてのタイジがカバーしていた部分。**


「……俺は、お前の“癖”を、全部知ってるんだ」


 タイジは、スライスとスピンを織り交ぜる。


 ミナの足がわずかに乱れる。

 ラケットが空を切る。


 **2-1 タイジ得点**


 ミナの表情が、ほんの一瞬だけ揺れた。


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## 最終ポイント:決着の球


 両者、全力。


 ミナは記憶を破壊する。

 タイジは心を呼び戻す。


 最終ラリーは50本を超えた。


 タイジの膝が折れる。

 だが、ミナも呼吸が乱れていた。


(いける――!)


 タイジは、全身を使ってジャンプ。

 空中で、**回転を逆転させたドロップショット**。


 それは、かつてミナがタイジに教えた技だった。


「……っ!」


 ミナの瞳が震える。


 ボールが静かに、コートに沈む。


 **3-1 タイジ勝利**


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## 試合後


 ミナがその場に崩れ落ちる。

 肩で息をしながら、顔を上げたその瞳――そこには、涙があった。


「……タイジ?」


 タイジが、ラケットを置き、彼女の手を取る。


 「帰ろう。全部、終わらせるから。お前の記憶も、全部、取り戻す」


 ミナの涙が、静かに落ちる。


 彼女は、タイジの名をもう一度呼んだ。


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## 比嘉錬司の咆哮


 試合映像を見ていた比嘉錬司が、モニターを拳で砕いた。


「……タイジ。てめぇは、俺の“未来”を壊す気か」


 彼は電話を取る。


「……用意しろ。最終戦だ。

 あいつの過去も現在も未来も、全部、俺が処分する」


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