第7話

 死灰ドームでの激闘から三日。


 タイジは都心のホテルの一室で、静かに体を休めていた。


 テレビでは、クロウ・シンジとの死闘が「都市伝説的なスポーツ映像」として地下サイトで再生数を伸ばしている。

 だが、タイジはその栄光に興味はない。彼が見ているのは――その先。


 **比嘉錬司(ひが・れんじ)**。

 金と暴力でギャンブル庭球の世界を支配する「賭球王(ギャンブル・キング)」。

 すべては、奴を倒すため。


 そのとき、部屋の電話が鳴った。


 「水城様、今夜の試合の対戦者が決定いたしました。場所は“旧丸の内証券所跡”。対戦者名は――」


 音声が一拍止まり、続けた。


 「**影商(シャドウディーラー)のラザロ**」


---


## シーン:旧・丸の内証券所跡地


 闇に沈んだ廃ビル。かつて経済を回したその場所は、今や犯罪とギャンブルの温床と化していた。


 エレベーターのない螺旋階段を降り、地下へと続く通路を進むと――

 そこには**巨大な円形コート**。観客席はなく、代わりに周囲を取り囲むのは、世界各国の“武器商人”“情報屋”“人身売買組織の首領”たち。


 この試合に賭けられているのは、“選手の命”ではない。


 **情報**だ。


---


## 試合ルール:**インテリジェンス・マッチ**


* 観客が“賭け情報”を提供。

* 各ポイントの勝者は、それに応じた「極秘情報」「機密コード」「暴露案件」を獲得。

* 最終的に“勝者が保持する情報”が、そのまま世界の裏システムで流通する。


 つまりこの試合――**世界の形が変わる。**


---


## 登場人物:影商のラザロ


 ゆっくりと入場してきた男は、真っ白なスーツに紫のスカーフ。

 中性的な顔立ち、指先には複数のリング。片手には木製のラケット。

 口元には、常に微笑。


「お初にお目にかかります、水城タイジさん。

 あなたのこと、ずっと観察してましたよ。私の“商品リスト”に、あなたの名前は最上位にございます」


「……気持ち悪いな」


「ありがとう。それは最高の褒め言葉です」


 ラザロは一礼し、ラケットを構える。

 そのラケット――**ガットがない。**

 代わりに張られているのは、**極細の金属線。**


 「“糸”で運命を操る」それが、影商の庭球。


---


## 試合開始


 サーブはラザロから。


 そのフォームは柔らかく、美しい。

 だが、打ち出されたボールは――**奇怪だった。**


 回転がない。どこにも軌道の意図が感じられない。


 「……っ!」


 タイジがそのボールを返そうとすると、**ラケットに“引っかかる”**。


 金属線で編まれたラケットが、**相手の球を不規則に崩す構造**だったのだ。


 タイジの打球はあらぬ方向へ飛び、ラインアウト。


 「ラザロ、1ポイント先取」


 その瞬間、頭上の巨大スクリーンに表示された。


 **《情報獲得:CIA元長官の機密メールログ》**


 観客の誰かが叫ぶ。


 「売れ! 中東に売れ! 20億だ!」


---


## 逆襲の一打


 タイジの目が鋭くなる。


(……この男、ボールに“何も乗せていない”ことで、あらゆる反応を読み切っている。

 なら、俺は“感情を乗せる”)


 次のポイント。


 タイジはまっすぐ、正統派のフォアハンドを放つ。


 それは一見、単純なトップスピン――

 だが、コートに届く直前、\*\*強烈な“伸び”\*\*で弾ける。


「ッ……!」


 ラザロが読み切れず、返球ミス。


 **1-1、タイジ得点**


 スクリーンに情報が流れる。


 **《情報獲得:比嘉錬司が“処分”した女性の正体――雪野ミナ》**


 タイジの表情が一瞬、止まる。


 ラザロがクスリと笑う。


「あなたの“核”に触れてしまいましたか?

 愛は、最も高く売れる感情です。壊れた女ほど……美しい」


---


## 最終局面


 試合は最終ポイントへ。


 現在:2-2


 最後の情報は――


 **《比嘉錬司の居場所と計画》**


 タイジにとって、それは“最後の鍵”。


「……全部返してもらう。ミナも、テニスも……俺自身もな」


 ラケットを構え、“無拍”からの踏み込み。

 タイジのスピンショットが、まるで刃のようにラザロの懐へ突き刺さる。


 ラザロが読み違え、金属ラケットが空を切る――


 **3-2、タイジ勝利**


---


## 試合後


 コートに倒れたラザロは、口元に血をにじませながら、それでも笑っていた。


「フフ……美しい。破壊される者ほど、美しい。

 ……あの方も、そう言ってました。比嘉錬司様……」


「言え。奴はどこにいる」


「大阪……ミナミ……“最後のテニスクラブ”……」


 ラザロの意識が途切れた。


---


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る