第17話 知らない

 目的地だという五階の部屋の前には、ノンとは別に2人の隊員が待機していた。今件の犯人に問い詰めるという役割故か、仏頂面が並びどこか物々しい雰囲気がある。軽く交わされたノンとの会話も短く……というか、仲が悪そうというような印象を持たせるほど淡白なものだった。

 ノンとその隊員達が家の前に立ち、あくまでも見学者である鈴は彼女達から数歩分離れた場所で様子を見る。


 この部屋の前に歩いて来るまでに、ノンから聞いた事情を語ろう。


 そもそも帰還協力隊に時災者として登録する際、偽りを入れることなど出来ない。主な情報は過去の行方不明者データベースで探すことが可能で、それで探せないような情報は必要がない。

 それは三草圭太も例外でない。外出で得た情報で上官の力を借り、時災者としての彼に関する情報を閲覧したノン曰く、彼は元の姓や出身地について嘘偽りなく登録されていたという。ただ、過去彼を襲った例の事件についての記述は、少なくとも閲覧を許された範囲では無かった。彼の口から聞く事がなかったのか、わざわざ書く必要のある事とは判断されなかったのか。


 ともかく、鈴が布団で倒れている間、ノンは随分と早く仕事を進めてくれていた。ロクに仮眠も取らず、前日から様々な用意をして疲労は溜まっているだろうに、驚くばかりである。


 待機していた隊員の1人がインターホンを押す。住人が出るのを待つ間、鈴の目は寮の壁にかけられた表札に入った。

 部屋の前に建てられたそれに三草などと言う苗字はない。代わりに清水とだけ刻まれている。清水圭太、母親を亡くした彼が名乗るようになった名前だ。

 物憂げにそれを見ていると、隊員達が顔を見合わせ始めた。


 チャイムが鳴り終わって、しばらくしても住人が出てくることはなかった。

 

「確認したいことがあるんだ、圭太。まだ今日は面会していなかっただろう?」


 扉の前、穏やかな口調で隊員が叫ぶ。どうやら彼は三草圭太の担当官であるようだ。外出中ではないのかと一瞬鈴は考えたが、発信機で位置情報を知れるこの隊員が協力している以上、部屋にいるのは確定している。


 しかし扉が開くことはなく。隊員が電話をかけ、ノンが取っ手をがちゃがちゃしても応答はない。

 

 隊員がスペアキーを取り出すのにそう時間はかからなかった。

 カードを触れさせると、あっという間にロックは解除される。隊員のうち1人が部屋の前に残り、ノンを含めた2人が入るようだ。着いていくべきか迷ったが、廊下に立つ隊員と目を合わせても何も言われなかったので、鈴もそろそろと部屋に入った。


 時災者用に与えられた小さな部屋は、鈴のものと同じ間取りだ。隠れられるようなスペースはない。


 未来に来てそう時間は経っていないのだろう、ノンほどではないが物の少ない部屋だ。本棚は置かれているが何も立てかけられていない。

 ただ、デスク周りだけは違った。そこには、時災者が入手できるはずのないノートパソコンが一台。近付かなくとも、床に落ちた何枚もの紙に描かれたのが彼の家で見た似顔絵であることは分かった。


 青年はそのデスクに向かい、パソコンを動かしていた。

 こちらの動きを気にも留めず、ただその画面を見て、キーボードを動かすだけだ。

 巻き毛に猫背、表情の見えない彼の特徴を上げるとすればその程度であったが、その曲がった背になんともいえぬ悲哀を感じたのは鈴だけではないだろう。


 でも、妙な雰囲気だとも思った。パソコンに集中してチャイムの音にも気付かなかった、というには鬼気迫った様子も見られない。本当にノン達を無視して、関係がないというような態度。


「清水圭太さんで間違いないね」

「はい」


 ノンの呼びかけに、青年は低い声で応じた。

 続いて担当官の隊員が前に出る。


「圭太。今、何故こうして問い詰められているか分かるか?」

「僕がネットに基地のことを書き込んでいるからですか」

「認めるんだな」


 返事はない。だが、それこそが肯定だと言わんばかりに青年はキーボードを叩き続ける。

 彼の態度は至極落ち着いたものだった。不当だと怒るのでも、喚くのでもない。自らの行いが基地では違反とされていることを自覚し、今まさに隊員達によって詰められているというのに。


「そのパソコンから離れてほしい。分かっているだろうけど、それは重要な証拠品だ」


 体温の感じられない、抑揚のない声でノンが指示するが、圭太は答えなかった。


 鈴は背伸びをしてその画面を覗き、例の掲示板が開かれているのを確認する。

 まだ、彼は書き込む気なのだ。未来人なんて誰も信じていないのに、事件にもその犯人にも興味を持つ者などいないのに、まだ。


「どうして……」


 そんな、無意味なことを。


 鈴の呟きもまた圭太は無視して文字を打ち続ける。そうプログラムされた機械のようだと鈴は思った。

 だが、それが帰還協力隊員達の前で許されるはずがない。


 担当官が彼の腕を掴み、ノンがノートパソコンを閉じようと手を置く。


「やめろっ!」


 その時、初めて彼が抵抗した。担当官によって掴まれた腕をパソコンに伸ばし、ごとりと音を立てて椅子から立ち上がる。だが訓練された彼らに敵うはずもなく、手首を担当官に机へと抑えつけられ、指だけがそこにないキーボードめがけ宙を泳いだ。

 ノンはパソコンを速やかに閉じ、彼の手に届かないところまで机の上を滑らせる。再び部屋に静寂が戻った。

 

 それで、終わりだった。


「……書かせてください」


 書き込みを再開するのは不可能だ、と悟ったのだろう。

 机に顔を俯かせて、圭太は絞り出すような声で言った。聞いていて苦しいほどの、無視をすれば罰が当たるのではないかというような、罪悪感を抱かせる懇願の声だった。

 彼を拘束した担当官すら気のまずそうに視線を落とす中、ノンは変わらず首を振る。


「駄目だ。隊員として、それを許すことはできない」

「国家機密だから? こんなにたくさんの人がされているのに、いないってことにするんですかっ⁉」

「そう。ここにいる人間全員が公的には存在しない。タイムトラベラーなんて知られたら、どこに侵略されるか分かったものではないからね」


 先程の冷静さとは対照的に圭太は声を荒げる。彼を落ち着かせようともせず、いっそ冷酷な言葉と共にノンは遠くにやったノートパソコンを立ち上げ、その画面を確認しだした。


「基地のことを書かず、事件の犯人についてだけ書き込めばよかったのではありませんか?」


 ふと鈴はそんなことを口出ししていた。

 未来人の話を出したところで信じられる訳がないと、常識があれば誰でも考えられる。どうせ証明できないのであれば、他に適当な理由を作ることは出来たはずだ。20年突き出せなかった犯人を公表するだけならば基地の話は要らない。

 タイムトラベラーなどと語れば、余計に信憑性も薄くなるだろうに。


 決して圭太を馬鹿にする意図があった訳ではないが、そう考えてしまっていた。書き込み主を探そうとしていた、当初からの疑問である。

 圭太の顔が、今まで一切介入してこなかった少女に向いた。

 20代前半の、まだ若々しい顔。しかし荒れた肌や落ちくぼんだ瞳からはとても気力というものが感じられない。


「あんたは……?」

「え、えっと、そこの隊員さんに着いてきた時災者です」


 圭太は意味が分からないという風に眉間に皺を寄せたが、すぐに口を開いた。


「どうせただ犯罪者の情報を流しても、話題になんてなってくれない。20年も前の事件だからさ、誰も気にも留めないんだよ」

「だから、基地のことを」

「そりゃあ、信じられるなんて最初から思ってなかったよ。でも、あんたも時災者なら分かるだろ? 自由に外出することも、物を使うことも許されない。国が僕達を必死こいて隠しているんだ。おかしいと思わないか? 存在しないことになって」


 そこで、圭太の言葉が途切れた。

 彼の目線の先は、ノートパソコンを再び開いているノンであった。情緒が死んだような無表情を変えない彼女は、先程の圭太と同じくキーボードを動かしている。


 圭太は痙攣したように眼球をひくひくと張り付かせた。


「何をしているんです……?」

「記録は取れた。私達にそう大した捜査は要らない。君も違反は認めているようだから、もう証拠は必要なくてね。閲覧者が増えないうちに――書き込みを、削除させてもらう」


 瞬間、圭太が身を捩った。

 確保出来たことで気が緩んでいたのだろう。担当官は拘束を振り払われ、そのままバランスを崩し倒れかける。咄嗟に鈴がその身体を支えるが、圭太がノンの方へ手を伸ばすのを止める事ができない。


 だが、ノンも簡単に奪われる気はないようだった。

 彼女は一度キーボードから手を離し、突進してくる圭太に対し横へ避ける。右手で彼の腕を掴みながら、踏み込みに合わせ足をかけるのに成功。ものの見事に転がった。

 その頭上で、ノンが放置したパソコンを手にとる。


 強く打ったのか、肘を抱え込みながら圭太はノンを見上げた。彼には、一体どんな風に彼女が見えているのだろうか。

 鈍い音が、床に響いた。

 行き場のない無念さからか、彼は拳を打ち付けたのだ。大した音ではないというのに、心臓を殴られたような衝撃を鈴は受けた。


「隊員の方々には、分からないでしょう」


 ノン以上に冷淡な声で彼は言った。明らかな拒絶は、これまでの怒りや弱弱さと違う。


「事件のことについて、たくさん調べられましたか。なら気付いたはずです。20年前の事件について覚えているのは一部の人たちだけだってこと。だって20年ですから。どれだけニュースで報道されても、人が死んでいても、忘れられるには充分な時間です」


 一度関係者を探せば数珠つなぎに話を聞くことができた。犯人の借金取りに犯人の弟、被害者のクラスメイトに被害者のバイト先。

 だが、それ以外はどうか。基地の外で暮らしている人々よりも事件から短い期間を過ごしただろう時災者達でさえ、事件の存在も知らない者が多かった。


 被害現場は、肝試しスポットにすらなっているのである。それだけ、当時の衝撃は掻き消えてしまった。


「一月ほど前、懐かしくなって、バイト先のホームページを見ました。新しくなってましたが……店内に貼られた写真を見て、思い出したんです。こいつが犯人だ、と確信しました。そうしてネットで調べて、犯人の名前に辿り着いて」


 常連として来店していた頃の、久井明の写真。実際に犯人の顔を見たという圭太ならば、すぐにその正体に気付けただろう。

 ノンは圭太の語りを静かに聞いていた。


「せめて、父さんには知らせたいって思ったんです。母さんが死んで、一番悲しんでいたから。僕のスマホでは連絡できないから、コンピュータールームのパソコンを使って、どうにか連絡できないかと探りました。そうしたら、父さんのブログが見つかって……何見つけたと思います?」


 そこで彼は言葉を切って、ノンに皮肉っぽく問いかける。

 分からない、と彼女は首を振る。どうでもいいという風な態度ではなかった。


「家族写真ですよ、新しい妻子の。モザイクかかってたけど、僕達じゃなかった。えぇ理解してます、20年も経てばそんなもんだって」

「あなたの、お父さんは……」


 なんだかもう聞いていられなかった。

 鈴が口を挟む。


「あなたのお父さんは、事件を忘れたんではないと思うんです。んですよ、記憶が薄れた訳じゃない」


 それは、渡とて同じはずだ。

 人々に話を聞く中で、鈴は考えた。


 兄の素行が酷かったのには間違いないのだろう。そうなる理由はあったにせよ、人を1人殺害した人間が善人であるはずがない。

 だが、事件から20年が経ち、明の死から9年が経ち。彼の過去の言動を振り返る余裕が、ようやく出来たのではないか。もう一度兄について考え直せるようになったのではないか。

 これを、美化なんて見下した言葉では表せない。言葉遊びだと言われようとも、鈴はそう納得する。彼らは時間によって、過去を受け止めることにしたのだと。


 しかしながら、目の前の時災者は。


「……あぁ。きっと、それまでに色んな葛藤とか乗り越えたんでしょう。乗り越えて、そういう選択になったんでしょう」


 頼りない、苦みをしみこませた笑みを浮かべ彼は言う。


 圭太とて、知っていた。

 父は自分達を愛していた。母親が死んだときは泣きながら自分を抱きしめてくれたし、自分と共に犯人の似顔絵ポスターを配るのに協力してくれた。町に居ずらいからと隣町へ引っ越してからも、何か犯人について分かればと暫く売り出さずにいたのだ。事件のことを忘れるような人ではない。

 きっと、自分が行方不明になってさぞ心配してくれたことだろう。妻に続いて息子を失い、絶望していただろう父を笑顔にした女性には感謝をする他ない。恨むことなどありえない。


 それが、正しい。

 自分も祝福できていたはずだ。20年もずっとしょげていては、母も落ち込む。自分にはその胆力があったはずだ。父とともに事件の悲しみや苦しみを乗り越え、今は笑っていただろう。


 、であれば。


「でも僕は知らないんですよッ! あの人が立ち直った14、あの人に何があったのか、どう乗り越えたのか、僕は知らない! 僕が最後に見た父はね、夜な夜な死んだ目してビール買ってくる人だったんです。一体あれから何があったんですか? 何やったらああも屈託なく笑えるんです? 分かりませんよ。納得なんて出来る訳ないじゃないですか。だって僕はそこにいなかったんだから!」


 青年は叫ぶ。最後の方はもう老人のようなしゃがれた声しか出なかった。


 14年を奪われた。

 時間は、なんでも解決する。誰もが知っている言葉で、彼の父親も、犯人の弟も、みんなそうして救われた。

 だが、時災者はどうだ。


 不条理に人生をスキップされ、そこで起きるはずだったすべての出来事が経験できなくなる。いや、出来事でなくともいい。何も起きない時間とは、それだけでも価値あるものだ。その退屈な時間を過ごすだけで、何かがゆっくり解けていく。その感覚を、ついさっき、何もしない車内で経験した。その時間が、なくなる。

 何が起こったか分かればいい、という話でもないのだ。過ごした時間こそが重要なのであって、知識だけでは充分でない。

 

 鈴はただ、愕然とした。

 知らなかった。分かろうとも思わなかったのだ。

 彼女には分からないことがある。それは時災者だ。時災者でありながら、過去を持てない自分には彼らの苦しみが分からない。


 未来にいける、という響きの良さは、帰る方法あってこそのものだ。未来技術を楽しみながら、生活を保証してくれる基地の環境は素晴らしいのだと思っていた。だから玉置が基地を脱出すると言い出したとき、不思議に思ったのだ。

 何故こんな良い場所から出ようと思うのか?

 しかし、基地の外を出て、その閉鎖環境の実態を少しだけ知って、時災者と会話をして。やっと、理解することができた。

 彼らは、苦しんでいる。


 ノンを理解しようとするとき、必然的に時災者を理解しなければならない。

 自分に、それが出来るのだろうか。


 同じ時災者であるノンは、しばらく押し黙って圭太を見た。その瞳には、何か、迷いのあるような気がした。しかしながら、彼女は隊員としての仕事を優先する。

 ノートパソコンが無慈悲に閉じられるのを、圭太はぼうっと眺めていた。

 

「君はこれから寮での生活を禁じられ、しばらくは本部庁舎の方で生活することになるだろう。囚人とは呼ばないけど、ここよりもずっと暇になる」


 暇、と彼女は言った。えらく呑気な言い回しに違和感を覚えていると、彼女は胸ポケットから一枚の紙を取り出す。

 よくよく見て、それが名刺であることを理解した。ジャーナリストと基地の外で偽る際に使用した偽の名刺である。


「基地に触れなければ、何を書いてもらっても知ったことではない。まぁ、犯人の名前を公表するなら、もっと証拠を集める必要はあると思うけど……。丁度ここにジャーナリストの名前と電話番号がある。ゴミにしてもいいけど、どうする?」


 優しさなのか、憐れみなのか、それともまた別の理由があったのか。鈴には理解ができない。

 圭太は馬鹿にしたような口で言う。

 

「女の名前だ」

「使うかどうかは君の勝手だよ。ただ、関係者に知られた名の方が記事も読まれやすいんじゃないかと」

「……関係者?」


 彼の瞳に疑問が浮かんだのを見て、鈴が補足する。


「現地に行ったんです。そこで、話を伺って」

 

 鈴の補足に頷きもしないノンの表情に、笑みはない。丁度猫じゃらしのようにその紙をゆらゆらぶらりと下げるだけだ。

 

 圭太はしばらくそう呆けた顔で鈴を見ていたが、次第に名刺へ視線を落とすようになった。1往復。2往復。彼が揺り動かす目は催眠術にかかっているようであった。

 やがて、彼は名刺に指をかけ――。


 音が鳴っていた。鈴はそれを確かに聞いていた。

 妙に気を引く音だ。なんだか嫌な予感がしてならない。かち、かちと時計の針が動く音に似ている。秒針と同じ速度であった間隔は段々と縮まり、鈴の心音と同期していく。

 どこから鳴っているかすぐに分かった。ノンが片手に持つパソコン。


 今、それは点滅していた。


「危ない!」


 頭より体が先に動く人間だ。瞬間、鈴は声を張り上げた。ノンに体当たりをしかけ、点滅する物体から強制的に手を離させる。

 ノンは突進する鈴に気付いたようだったが、パソコンの異常に気が付いたのだろう、彼女の軽い衝突に身をまかせ、床を転がる。


 空中に投げ出されたパソコンは、果たして、火花を上げた。

 線香花火のような小さな爆発、されど直接手に持っていれば危なかっただろう。白い煙が立ち上り、黒ずんだ金属片が鼻先をかすめる。割れたキーボードが壁にぶち当たるのを見た。ノンが一緒に受け身をとってくれたおかげで、床に叩きつけられた衝撃はなかった。


 木端微塵となったパソコンを確認し、静まった部屋でノンはゆっくりと立ち上がる。気がかりだった圭太は自身の担当官に庇われ部屋の隅に伏せていた。どちらにも大した怪我は見当たらない。


「助かった、ありがとう」


 服についた埃を払いながらノンは鈴にそう告げた。流石に爆発は想定外だったのか、その顔には焦燥がにじみ出ている。

 第一声に発せられたのが自分への感謝だということが、無性に鈴は嬉しかった。ようやく彼女の役に立つことができた。ただ付いてくるだけじゃない、手助けができたのだ。


 鈴がそんなことに浸っている内に、さっさとノンは隅にいる圭太の元へと歩む。ぶら下げていた名刺を握りつぶしポケットに入れ、彼の前にしゃがんだ。


「まさか過充電なんてことはないよね。このパソコン、どうやって手に入れた?」


 時災者には手に入るはずのないパソコン、その爆破。正当な手段の入手ではないだろう。

 圭太はふるふると首を振り、床に手をついて答えた。


「寮の、部屋の前に置かれていて……僕は知らなかったです、こんな、爆破するなんて……」

「だろうね。君が食らう可能性もあった。部屋の前ってのは、どんな風に?」


 担当官、ノンと二人の帰還協力隊員に詰め寄られながら、圭太はぽつぽつと経緯を語り始めた。

 曰く、丁度バイト先のホームページを見た日、コンピュータールームから帰ると玄関の前に段ボールがあった。基地内でドローン輸送に使われるのと同じ包装で、何も疑問に思わないまま家でそれを開けると、例のパソコンが入っていたという。

 勝手に受け取ってはいけないと知りながらも、自由に使える折角のパソコン。衝動のまま、彼は使ってしまったそうだ。


「送ってきた人に、心当たりは?」

「いえ……全く」


 持ち主が捕まりかけているこのタイミング、勝手にパソコンが爆破する訳がない。圭太個人を狙ったか時災者を狙ったかは不明だが、少なくとも何かの思惑がある。


 ノンは額に軽く手を当てて、それから立ち上がった。足元にはキーボードの破片が落ちている。自供もとって、圭太を捕まえるのに問題はないが手掛かりは爆散してしまった。


 パソコンなんて普段自由に外を歩き回れない時災者が最も欲しい物だ。それ専用の部屋が出来る程度に需要がある。今回はネット掲示板への書き込みというスマホでも出来るような作業であったが、持つ人が持てばどうなったか。

 自分の要求もなく、ただ送りつける。だというのに、それが没収されそうになった途端爆破し証拠隠滅。時災者に都合が良いのか悪いのか、謎の動き。


 何かが、この狭い基地で起こっている。

 玉置の件から間を置かずして起きたこの事件。玉置の場合も似たようなものだった。どのような交渉が行われたのかは知らないが、かの組織は彼女に協力し、基地からの脱出を成功させた。


 ノンは奥歯に力を入れ、軽く首を振る。

 今、結論が出る問題ではない。

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