地獄の沙汰も恋次第

@lll111iii

プロローグ

第1話 プロローグ

更科さらしなくん、好きです。わたしと付き合ってください」

「ごめん。きみの気持ちはすごく嬉しいけど、僕には好きな子がいるんだ」

「それってやっぱり二年生の不死宮ふじのみやさん?」

「うん」

「そっか。ふたりがただの幼馴染じゃなくて付き合っているって本当だったんだね。大学入試も近いっていうのに、ごめんね。迷惑だったよね。このことはもう忘れて」


 それじゃあ、と言ってスカートを翻して去っていく同学年の女子生徒。


 目元を拭う仕草を見せるその後姿に罪悪感を覚えながら更科魁斗も校舎裏からあとにした。


 枯れ葉がカサカサと音を立てている。次の新緑の季節にはもう自分はこの学校にいないと思うと他愛もない三年間でも、それなりにさみしい気分になった。


 人気のあるところまで戻って来ると制服の上からコートを着た小柄な女子生徒がちょこんとひとりで立っていた。濡烏の長髪と儚げな肌の白さが対照的で印象的。童顔の小顔ではあるがその眼は鋭い光を放つ。


「魁くん、わたし、あの子に睨まれてしまったわ」

「ごめん。告白を断るのにはどうしても祈のことを出さないわけにはいかなくてさ」


 髪の毛をさらさらとさせながら祈はかぶりを振る。


「いいの。わたしたちが付き合っているのは事実だもの。でも魁くんがこんなにモテるのなら、もっと付き合っていることを周知させておくべきだったわ」


 そうすれば泥棒猫を追い払えたのに、と祈が言ったのを魁斗は聞かなかったことにした。


「それより外で待っていたのなら寒かったでしょ。もう帰ろう」

「うん。魁くんがいない学校にいる意味なんてないもの」


 魁斗と祈は手をつないで正門を通った。

 歩きながら祈がお願いしてくる。


「ねえ魁くん、やっぱり留年してくれない?」

「何度も言ったけどそんなことはできないって」

「でも来年、わたしひとりであの学校に通うのは耐えられないわ」


 つなぐ手がぎゅっと強くなる。小さい頃から、こうしていつも手をつないできた。それだけに小学校に上がるときも、中学校に上がるときも、高校に上がるときも、一個違いの祈はいじけてきた。


「大丈夫だよ。なんだかんだで僕が卒業したあとは毎回ちゃんと学校生活を送れているじゃないか」

「それはそうだけど……」


 誰もが認める才色兼備が実は進級のたびに不安がっているなど、他の生徒たちが知ったらさぞ驚くことだろう。


「ほら、元気だして。帰りがてらにたいやきでも買ってあげるから」

「たいやき」

「といってもお店までけっこう遠いけど」


 東京は東京でも冴塚市は二十三区外。すなわち東京都下なため高校の周囲にあまり店はない。賑わっているというと駅周辺か大学付近まで行かないといけなかった。


 そんな車さえあまり通らない田舎道を歩いていると、魁斗は突然、全身に悪寒が走ったのを感じた。


「ぅッ……な、なんか寒気が……」

「魁くん?」


 自分の身体を抱くようにして魁斗は震え上がる。全身が粟立つこの震えは高熱などではない。背筋が凍りこの震えは恐怖だ。


 得体の知れないなにかが纏わりついてきている。


 膝が笑い、歯がカチカチと音を立てる。それでも必死にそいつに抗う。叫びながら手で振り払いながら空き地に逃げ込む。


「やめろ! 来るな!」

「魁くん!」

「い、の、……り……ぁぁ、ぁぁぁああああぁあぁああぁぁああぁぁぁ、ぁ、ぁ、、、、ぁ、、、  、、 、 ぁ    」

「魁、くん……?」

「  」

「ねえ、返事してっ」


 身体を揺らされたその瞬間、魁斗は祈の首筋に噛みついた。



「――――え……?」



 ぐちゅっと生々しい音を立て、血肉をじゃぶじゃぶと喰らう。


 ごくんと嚥下音が鳴ったと同時、祈の身体がすとんと膝から崩れた。支えが利かず、そのまま仰向けに転がる。呼吸はか細く、眼は虚ろ。傷口から新鮮な生肉の匂いを漂わせる。


 狗のように大口を広げた魁斗はその生肉を余すことなく貪った。


 食べられないのは服だけ。骨の髄までしゃぶり尽くすと最後に残ったメインディッシュ、頭部を持ち上げた。


「はぁはぁはぁはぁっ、ハハッハハハッ」


 どこから食べてやろうか。眼か、耳か、口か。やはり脳みそは最後だろう。いやもうこの際どうでもいい。早くこの肉塊に齧りつきたい。


「痛いわ、魁くん」

「――は?」


 今、口が勝手に動いてしゃべったような。そんなわけがない。祈はもうとっくに死んでいる。首から下はすでに胃袋のなかなのだから。


 胃袋。


 腹のなかにある細切れ肉を考えた瞬間、うっと吐き気が込み上げ、意識がはっきりとしてきた。冷たい風と生暖かい手の感触にハッと我に返った。


 真っ赤に染まった手のひらに収まっているのは青ざめた顔をした祈の首。


 彼女を殺したのは他ならぬ自分。


「……――ぅぅうああァあぁぁああアアァああッッ!!」


 ごろんと転がった祈の顔がくすりと微笑んだように見えた。

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