度重なる増税で苦しむ辺境の村を離れ、領主に復讐するために最強のメイドになった俺!だが敵の姫騎士団長に一目惚れしたのでスパダリにジョブチェンジします ~ メイド神拳無双 ~
帝国妖異対策局
プロローグ
月光だけが、半壊した謁見の間を照らしていた。
俺は今、目の前の奇怪な妖異と対峙している。
「ライハルト……」
背後からは、かすかな衣擦れの音と震える女性の声が耳に入って来た。
俺は少しだけ振り返って、声の主に語り掛ける。
「大丈夫だ。問題ない」
後ろにいる女性は姫騎士団長、カレン・フォン・シュターク。
この婚約の儀が行われている場で、本来なら主役となるべき女性だ。
妖異に睨まれた彼女は、恐怖に震えてはいたが、その立ち姿は決して気品を失なっていない。
月光に透ける柔らかな金色の髪、固く結ばれた口元、気高い光を宿す空色の瞳。
その美しさは、この極限の状況下においてさえ、俺の心を強く動かさずにはいられない。
「ククク……その小娘を庇うか、奇妙な服の男よ」
喉の奥で響く、湿った笑い声。
妖異クリプトネミア。
漆黒の鱗を持つ蜥蜴人の怪物が、赤い両目を爛々と輝かせ、俺たちを見下ろしている。
背後でカレンが息を呑むのがわかった。
「
その瞬間、クリプトネミアの巨体が俺の視界から消えた。
真横からの爪の一撃を、俺は咄嗟にスカートの裾を翻して回避する。
メイド神拳の体捌きは、対人、対魔物においては最強の類。
だが妖異であるコイツに、どこまで通用するのかはわからない。
俺は飛び出して妖異の懐に潜り込み、その巨体へ連撃を叩き込む。
だが漆黒の固い鱗に阻まれて、いずれも決定打にはならなかった。
逆に、奴の振るう爪が俺の頬を浅く切り裂く。
「―――やめてぇぇぇ!」
カレンの悲痛な絶叫。
その声を聞いて、奴が愉悦の表情を浮かべた。
俺は頬に流れる血を軽く親指でぬぐうと、それをペロリと舐める。
俺はクリプトネミアに「かかってこい」とばかりに手招きしつつ、余裕の笑いを見せた。
「妖異というから警戒したが……大したことないな」
目一杯の強がりだ。
だが俺の言葉にクリプトネミアの目が、大きく見開かれた。
「貴様……たかが人間ごときが、我を愚弄するなど、許されざる所業……」
怒りに震えるクリプトネミアを無視して、俺は構えを解く。
そしてゆっくりと、深く息を吐いた。
「フーッ」
突然の俺の行動に、クリプトネミアの目に好奇心が浮かぶのが見える。
たかが羽虫と侮っている相手が、いったいどのような切り札を出すのかと、少し興味を持ったのかもしれない。
俺はそのまま胸の前で両手の指を使ってある形を作る。
それは、師匠から教わった究極の技。
その技を発するために必要な印。
それは――
ハート形だった。
「くくく。いったいどんな隠し技を見せてくれるのか……」
妖異の嘲笑うような言葉を無視して、俺は指のハートを、まるで円を描くように胸の前で何度も回す。
「萌え萌え……萌え萌え……」
俺がつぶやきながら、ハートで円を描く度に、掌に熱いピンク色の闘気が集まってくる。
闘気が高まってくるに従って、謁見の間の空気が変わっていった。
邪悪な瘴気が浄化され、甘く清浄なオーラが広がっていく。
「な……に……? なんだこの力は……」
クリプトネミアが初めて戸惑いの声を上げた。
さあ、お仕置きの時間だ!
闘気を最高潮までに高めた俺は、掌ハートをクリプトネミアに鋭く突き出しながら、高らかに技の名を叫ぶ。
「萌拳必殺! 萌え~萌え~キュン掌撃!」
その瞬間、俺の掌から放たれたのは、
ピンク色のハートがキラキラと乱舞する、
極彩色の光の奔流だった。
およそ戦いの場には似つかわしくないファンシーな光が、回避する間もなくクリプトネミアの巨体を飲み込む。
「グ……ギャアアアアアアアアア!!」
断末魔の絶叫。
それは肉体を破壊される苦痛だけではなく、存在そのものを否定される苦悶の叫び。
「こ、この温かく、くすぐったいような力は……愛……だとぉ……!? 馬鹿な、我の存在が……萌え……て……しまう……!」
漆黒の鱗が光の粒子となって剥がれ落ち、やがて巨体は形を保てずに崩壊していく。
そして、天地を冒涜する存在である妖異は完全に消滅し、後にはキラキラとした光の粉が静かに舞うだけとなった。
静寂が戻る。
「人に用いて最凶、魔物を打ちて最強、妖異を屠るに必殺の技。それがミライ師匠から伝授された萌拳だ。メイドの土産に覚えておけ」
こうして妖異クリプトネミアは消滅した。
俺自身はといえば、この萌拳がとんでもない武術だということを、あらためて実感していた。
「ライハルト……」
カレンが、おぼつかない足取りで俺に駆け寄ってくる。
その潤んだ空色の瞳は、ただ真っ直ぐに俺を捉えていた。
次の瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、彼女の華奢な体が俺の胸に崩れ落ちてきた。
俺はカレンを、壊れ物を扱うように優しく抱きしめる。
腕の中に伝わる温もりと、微かな震え。
それを感じた俺の胸中には、彼女を守れたのだ、という安堵が広がって行った。
「ありがとう……ライハルト……」
俺の胸に顔をうずめ、カレンが呟く。
俺は彼女を抱きしめながら、静かに応えた。
「気にするな。俺はお前のメイド。お前を守るのは当然のことだ」
双月の光の下――
愛しい姫君を抱きしめる俺の姿は、まさしく物語の英雄そのものに違いない。
―――フリルとレースで彩られた、漆黒のメイド服を着てさえいなければ。
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