第14話 雪割いちげ

崖が一部崩れ、山際の紫陽花(あじさい)の根元が深く掘りかえされている。

「ここねぇ猪のとおり道になっとる。紫陽花の根っこを食べてるみたい」

由紀がいう。

「すごいね。石が崩れてきとる」

龍が感心する。


川岸近くに犬の糞(ふん)が二か所落ちていた。

「危ない、犬の糞」

純が糞を指さし、大きな声を出して、みんなをどかせた。


「これね、犬のじゃないんょ。猪の糞なんょ。

犬の糞はもっと柔らかいの。こんなに硬くない」

そういわれてみれば、黒々している。


石のようで、いかにも硬そう。純は

『猪は便秘かな』

なんて思ってしまった。


レモン色の花をつけたシキミの木が大きく育っている。

「これはお墓にお供えするシキミよ」

足元に猫の目草があった。


土手沿いに淡い花が咲いている。

「この雪割りいちげは、毒があるんよ。るり色いちげともいうんだけど。

これも毒がある花なんょ」


ここはまだ山の陰になっていた。奥まで陽ざしが届いていない。

ぽつり、ぽつり淋し気に咲いている。

「この花はお日さまがあたると一杯に咲くの。

このあたり一面それはみごとなるり色のお花畑になるんょ。

運がよかったら、帰りごろには花盛りになる」

由紀は表情を和(なご)ませた。


そんな由紀をみんなは優しい眼差しでみつめる。

「帰りにもう一度この道を通ってみよや」

と龍。


「この黄色いきんぽうげも、毒があるんよ」

「ほとけのざは、あの春の七草とはちがって、こっちのほとけのざは毒なんよ」

「これやんか畑になんぼでも伸びほうだいじゃ」


「茎が四角いんよ。この赤い小さな花を抜いて蜜を吸ってみて。

チョとだけ甘いから」

そぞろ歩きをしながら、由紀は五ミリほどの花びらをがくから抜くと、

吸ってみせた。みんなてんでに花を抜いて吸う。


「だけど絶対に花びらを食べたらいかんのよ」

「どうして、もし食べたらどうなるん。たくさん食べたら、死ぬん」

医師を目指しているみんなを代表し、龍がいきごんできく。


「ちょっとお腹が痛くなるだけらしいけど。わたしは食べたことないから、

知らんのよ」

みんなたくさんは吸わない。

「ほんのちょっとだけ甘かった」

「かすかに甘い」

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