最終章 未来へ続く道

数年後。


リオン・フェルゼンは、もはや「悪役令息」という汚名を背負うことはなかった。彼の名は、エリオット・ノヴァリス王子の唯一無二の伴侶として、そしてその知性と誠実さによって、王都中に広く知れ渡っていた。彼の名誉は完全に回復され、フェルゼン公爵家での立場も揺るぎないものとなっていた。むしろ、王子との縁談によって、公爵家はかつてないほどの栄誉に浴していた。


エリオットの執着は変わらなかったが、それはもはやリオンを苦しめるものではなく、彼を包み込む深く、そして温かい愛情として受け入れられていた。むしろ、その揺るぎない愛こそが、リオンにとって何よりも安らぎを与えていた。孤独だった日々は、遠い過去の記憶となっていた。


彼らの新しい生活は、王都のノヴァリス公爵邸で始まった。広大な庭園を持つその邸宅は、かつてリオンがエリオットの「金色の鳥籠」と感じた場所だったが、今では彼にとってかけがえのない、**真の「家」**となっていた。邸宅の随所に、エリオットがリオンのために選んだ珍しい書物や、二人の思い出の品が飾られている。全ての使用人は、二人を心から慕い、その幸福を願っていた。


朝、目覚めれば、決まってエリオットの腕の中にいた。

「おはよう、リオン。今日も君が隣にいてくれることが、何よりの幸福だ。君の寝顔を見ていると、一日が始まる喜びで胸がいっぱいになる」

エリオットは、リオンの髪に顔を埋め、甘く囁く。その声に、リオンは安堵と満たされた感情を覚える。

「おはよう、エリオット。貴方も、よく眠れたかい? 貴方の腕の中は、いつも温かい」

リオンは、自然と彼の胸に顔を寄せ、その温かさに身を委ねるようになっていた。二人の間には、言葉以上の、深い信頼と絆が育まれていた。


日中は、エリオットの公務にリオンが同行することも増えていた。当初は戸惑ったリオンだったが、エリオットは常に彼の意見を尊重し、彼の知見を高く評価した。

「リオンの視点は、私にはないものだ。常に冷静で、本質を見抜く。君は、私の隣に立つにふさわしい。君がいなければ、私の世界は、これほど色彩豊かにはならなかっただろう」

エリオットがそう言って微笑むたび、リオンの心は温かくなった。彼はもはや、ただ愛されるだけの存在ではなかった。エリオットの隣で、彼の力となり、共に国を支える喜びを知ったのだ。公務でのリオンの貢献は目覚ましく、彼の聡明さは、多くの貴族や臣下からも賞賛されるようになった。


社交界での彼らの存在は、当初は驚きをもって迎えられた。完璧な王子が、まさか「悪役令息」だった男と深く愛し合うとは。しかし、エリオットがリオンに向ける揺るぎない愛と、リオン自身の誠実な人柄が知られるにつれ、世間は彼らの関係を祝福するようになった。

「ノヴァリス様が、あんなにも深く愛されるお相手を見つけられたなんて……本当に素晴らしいことだわ」

「リオン様も、今は本当に幸せそうにご覧になられる。聖女様の嘘が暴かれて、本当によかった」

女性たちがエリオットに近づこうとすれば、リオンが隣にいるだけで、彼らはすぐに諦めた。エリオットは、リオン以外には、一切の隙を見せなかったのだ。彼の視線は、常にリオンを捉え、その手は、リオンの手を決して離さない。その光景は、もはや王都の誰もが知る「ノヴァリス王子と彼の伴侶の揺るぎない愛」の象徴となっていた。


ある晴れた午後、二人はかつてリオンが安らぎを求めた学園の図書館を訪れた。もう、ここには他の生徒の好奇の目も、聖女の悪意も存在しない。かつての書架の陰は、彼らにとって、愛の始まりを告げる場所として、甘い記憶を宿していた。

「あの頃は、こんな日が来るとは想像もできなかったね、リオン。君が、僕の人生の全てになるとは」

エリオットが、リオンがよく座っていた窓際の席で、懐かしそうに微笑んだ。

「ああ。貴方が僕を捕らえに来た時は、まさかこんな風に、貴方と共に笑い合える日が来るなんて、夢にも思わなかった。僕は、貴方に出会えて、本当によかった」

リオンは、くすりと笑った。彼にとって、エリオットの執着は、彼を孤独という闇から引き上げてくれた「光」だった。

「僕にとっては、君を見つけたあの日から、全てが変わったんだ。君こそが、僕の求める全てだった。君のいない世界など、想像できない」

エリオットは、リオンの手を取り、その手の甲に唇を押し当てる。その愛おしむような仕草に、リオンの頬は自然と赤らんだ。彼の瞳には、満ち足りた幸福が溢れていた。


彼らの関係は、世間の常識とは異なるかもしれない。だが、リオンにとって、エリオットの「愛」という名の檻こそが、彼が求めていた真の「居場所」だった。エリオットは、彼が誰よりも恐れていた「孤独」を、完全に消し去ってくれたのだ。


一方、聖女セレスティーナ・アークライトは、聖女の地位を剥奪され、遠く離れた辺境の修道院に幽閉された。彼女は、そこでこれまでの罪を悔い改めることを命じられたが、その瞳には未だにエリオットへの狂信的な執着と、リオンへの深い憎悪が燻っていたという。彼女は、人里離れた質素な生活の中で、かつての栄光を夢見ながら、孤独で悲惨な日々を送ることとなった。彼女の悲惨な境遇は、二人の幸福を際立たせる、暗い対比として語り継がれていく。


リオンとエリオットの物語は、一般的な王子の恋物語とは、少し違っていたかもしれない。しかし、彼らは互いの歪みを受け入れ、唯一無二の存在として求め合い、そして真の愛と幸福を見つけた。


エリオットの「愛」という名の檻の中で、リオンは、彼の求めていた「居場所」と「光」を確実に見出したのだ。そこには、寂しさも、虚無感も存在しない。あるのは、互いへの深い信頼と、尽きることのない愛情だけだった。彼らは、王国の未来を共に築き、その愛は、歴史の中に美しく刻まれていく。


彼らは、これからもずっと、互いの隣で、愛を育みながら生きていくだろう。彼らの紡ぐ物語は、王国の歴史の中に、強く、そして鮮やかに刻み込まれていくのだった。


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悪役令息は溺愛に気づかない~飢えた王子に見初められました~ @fuchi_fufufu

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