【短編版】媚沼凌介の独立宣言
鈴椋ねこぉ(すす)
第一話 媚沼凌介1
「あ、あれ見ろよ。あいつが媚沼凌介。知ってるか?」
六月。昼休み。早くも我が物顔で校内を歩く一年生二人。その二人のうち一人が凌介を指差して言った。
「えっと、誰だっけ」
凌介は二人の話に気づかないふりをしながら、自販機でジュースを選ぶ聖也の斜め後ろで耳を傾けていた。
「ほら、噂の奴だよ。聖也先輩の腰巾着やってるって奴」
「ああ、あれが例の、媚びることで聖也先輩のグループに入れてもらってる奴ね」
「マジでダサいよな。媚びるくらいなら、俺は一人でいるわ」
「確かに。それなら俺も、ぼっちでいいや」
凌介はふっ、と微笑んだ。彼ら二人は本当の孤独を知らないらしい、という余裕の笑みだった。
「よし、お茶買ったし、教室戻るぞ」
「了解っす、聖也さん」
歩き出した聖也の後を追うようについていく。
それを見て一年の二人が嘲笑しているのを、凌介は知らんぷりした。後輩に舐められることすら、彼にとってはいつものことだった。
教室へ戻ると、聖也の机に四つの机がグループを作るようにくっつけられていて、そのうち三つにそれぞれ、弘樹、穂波、衣咲が座っていた。
「もー待ちくたびれたよー! お腹減った!」
「ごめんごめん。何飲もうか決めてなくてさ」
空いている二つの席に聖也と凌介が座り、五人が揃うと一斉に昼飯を食べ始めた。
「いっただっきまーす!」
五人はこのクラスのカーストトップだった。いや、正確に言うなら四人だ。そこに凌介は含まれていない。
媚沼凌介はこのグループに媚びることでぎりぎり所属していた。
要は荷物持ちである。下っ端、モブキャラ戦闘員、雑魚、忠犬、腰巾着、パシリ、ペット、etc……、人によって呼ばれ方は様々だが。つまりはそういうことであった。
小野聖也はこのグループのリーダー的存在で、簡単に言うなら凌介の直属の上司である。学年……いや、校内で見てもトップに君臨するレベルで、勉強も運動もできてイケメンでやたらモテる。リア充、パリピ、陽キャ、etc……、こちらも呼ばれ方は多種多様だが、凌介とは比べ物にならない存在だった。
そこにお調子者の宮地弘樹と可愛い女子二人が加わり、このグループは誰もが認めるカーストトップになっていた。それに目をつけた凌介は彼らに媚びて、荷物持ちとして採用された。
そう、彼は荷物持ちをさせられているのではない。自ら望んでしているのだ。
「美味ーい! やっぱ弁当が一番だよー」
可愛い女子二人のうち、お喋り担当の橋田穂波が美味しそうに弁当を頬張る。それをしっかり者担当の阿笠衣咲が呆れた様子で見ていた。
「全く……あー、一気に食べるとまた詰まるよ。ほら、ご飯粒ついてるし」
「えー、どこどこ?」
女子のやり取りを微笑みながら眺めている聖也に弘樹が言う。
「聖也、昼飯食ったらバスケ行くべ! なんか今日は動けそうな気がする!」
「それは平常運転だね。凌介は?」
「俺は応援っす! 流石に二人のようには動けないっすよー」
「いや、俺も食後だし、そんな動かないよ」
「凌介! 金出すからさ、俺にもスポドリ買ってきてくれん?」
財布をじゃらじゃらさせながら、弘樹は言った。すると、衣咲と穂波も便乗する。
「あー、あたしと穂波の分もー。あたし、お茶」
「えーいいの? じゃ、私はいちごオレ!」
凌介は「了解っす!」と一声上げて立ち上がった。
「スポドリとお茶といちごオレっすね! 多分、体育館いますよね?」
「そそ、届けてくれ!」
「お願いねー! そういえば、昨日さー……」
凌介は食べかけの弁当を置いて、先程までいた購買前の自販機に今度は一人で向かった。慣れてしまって、今では苦労も何も感じなくなっていた。
これが今の凌介の日常だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます