ピラミッド建設の現場監督

ちびまるフォイ

偉大なるお墓づくり

「はい、みなさんが集合するまで10分かかりました。

 こんな砂漠で10分も待たされたらミイラになりますよ!」


現場監督はぴしゃりと告げた。


「えーー。みなさんはピラミッド建設の短期バイトかもですが、

 これはファラオのお墓を作るという大事なお仕事です。

 誇りをもって取り組んでください。では作業開始!」


ピラミッド建設作業がはじまった。

日が暮れるとその日の作業は終了し、労働者たちは家に帰っていく。


完成予想図から逆算したスケジュールを見て、現場監督は頭を悩ませた。


「ぜんっぜん進んでない……」


毎日ノルマをこなせばきっちり終わるはずの計画なのに、

ピラミッド建設計画はすでに遅延していた。


それもそのはず。

労働者のモチベーションが低いのだ。


翌日は気合を入れて遅れを取り戻そうと息巻く現場監督だった。


「はい! それじゃ点呼取ります!

 あれ? こんなに少なかったっけ?」


「ナイル川の反乱で通勤ラクダが遅れてるそうです」


「今日は巻きで作業やりたいのに……。そっちの人は?」


「ターバンが決まらないから遅れるっていってました」


「そんなデートみたいな理由で遅れていいとでも!?」


「あと僕は今日飲み会あるんで早退します」


「もーーう!! なんでこんなに意識が低いんだ!!」


現場監督は頭を悩ませた。

これでは作業を巻くどころか遅延が広がるばかり。

ファラオの死後もピラミッド建設中なんてしたら、スカラベ風呂に入らされる。


悩んだ現場監督は飲み会の言葉でふとひらめいた。


「そうだ……その手があった」


現場監督は近くの村に声をかけてビールをたくさん用意させ、

労働者を集めて宣言した。


「ピラミッド建設作業に参加した人は

 その日の終わりにビールを無料で振る舞うことにします!」


「おおおおお!!!」


「ただし参加した人だけです。遅れてきたり、途中で帰った人は飲めません!」


現場監督が考案したビール餌付け作戦。

灼熱の砂漠で作業している彼らにとって、

仕事の終わりのビールは麻薬にも近い中毒性がある。


その日はこれまでのトロい作業とはうってかわり、

1日のノルマを大きく超過してがんばってくれた。


「かんぱーーい!!」


約束通りビールが振る舞われると労働者たちは大喜び。

朝までどんちゃん騒ぎが続いた。


翌日。


「はい、それじゃ点呼を……こんなに作業者いたっけ?」


集合場所には昨日よりも多くの人が集まっていた。


「実は昨日のビール祭りを話したら、参加したい人が増えたんです」


「おお! それはけっこう。人手が多いに越したことはない!」


それがたとえビール目当てであったとしても。

作業がはじまるとますますピラミッド建設作業は進んだ。


「この調子ならあっというまに完成できるぞ」


現場監督も安心していたが、ある日を境に建設ペースはがくっと落ちた。


「あれ……おかしいなぁ……。

 労働者もたくさんいるのにまるで作業が進んでいない」


やっとピラミッドも形が見えてきたのにどうして。

頭を悩ませていた現場監督が設計図から顔をあげて現場をみて理由を察した。


「……サボってんな」


もともとビール目的で集まっている酒乞食。

働いているふりをして1日従事していればビールにありつける。


労働者たちはピラミッドの石材を運んでいるふりをしたり、

ピラミッドの角度的に見えない場所で休憩していたり。


現場監督に気付けない場所でサボる技術が向上してしまっていた。

これではまずいと現場監督は翌日の作業から仕組みを変える。


「みなさん。あれだけ順調だったピラミッド建設ですが

 いまはがっくりとペースを落としているので

 今後はビール歩合制を取り入れたいと思います!」


「ビールぶあいせい……?」


「たくさんピラミッドの石材を運んだ人には

 たくさん美味しいビールが飲めます。

 でもあまり運ばなかった人は少ししか飲めません!

 ビールをたくさん飲みたければ、死ぬほど働きましょう!!」


現場監督の鬼のようなシステムが導入され、

労働者たちは火がついたように仕事へ取り組むようになった。


その日の作業が順調に進んだことを確かめると現場監督も安心。


「これでもう大丈夫。ピラミッド建設計画は滞りなく進むぞ!」


自分へのご褒美にビールでも飲もうかと思っていると、

ファラオの神官が現場監督のもとへやってくる。


「あれ? 神官さま? どうしてここへ?」


「実はファラオが明日お忍びでここへ来るそうです」


「ファラオが!? うそぉ!?」


「なのでピラミッドの状況を確かめに来たのですが……」


「いやいやいや! まだ完成してないですよ!?」


「そのようですね。しかしファラオが来るんです。

 絶対の神が到着するのに未完成というのは……」


「ええ……? んな無茶な……」


計画上はまだピラミッド建設期間中である。

でもファラオが来るのに建設中ですというのは不敬そのもの。


「ファラオが来るんだから、完成させておくのが民というものでしょう?」


「それはわかりますけど……。建設は魔法じゃないんです」


「完成してないのにビール飲んでるとかファラオにバレたら、

 それこそ10日間砂漠風呂の罰になりますよ」


「ひえええ……」


自分が砂漠でミイラになる絵がうかぶ。

かといってどう頑張ってもピラミッドを一晩で作ることなど不可能。

ハリボテでごまかすことすら難しい。


「そ、そうだ! この近くにピラミッドありましたよね!?」


「先王のか?」


「そうそれです!」


「お前まさか……」


神官は言葉を飲んだ。

現場監督は未完成のピラミッドをお披露目するよりは

たとえ罰当たりでもそちらのほうが良いと考えた。


翌日、ファラオがお忍びでやってきた。


「して、余のお墓の状態はどうじゃ?」


「こちらですファラオ!」


「おお……。なんじゃもう完成しておるのか?」


「もちろんです! だってファラオのお墓ですよ!?

 そりゃもう労働者も馬車馬のように働きますって!!」


「見上げた忠誠心じゃ」


もちろん嘘である。


実際のピラミッドは今も現場監督ぬきで作業が進行中。

ファラオが遠巻きに見ているのは先王の墓であった。


ピラミッドなので外観だけでは区別がつかない。

近づけば入口の表札で即バレする。


「中も完成しておるのか?」


「もちろんです!!」


「ではちょっと見ようじゃないか」


「あーーー!!! それは!! ちょっと!!」


「なんじゃ? 完成してないのか?」


「ファラオのお墓ですよ!? 完成してるに決まってます!

 で、でも! 今ピラミッドの近くは

 モンゴリアン・デス・ワームがいるから危険なんです!」


「そうなのか? 聞いたこと無い生物だが……」


「それはもうめっちゃ危険な生物です!

 ご案内したいのはやまやまなんですが、

 今回にかぎっては安全面を考慮して遠巻きでお楽しみください!」


「まあそうだな。余、今日はお忍びで来てるし」


「ではピラミッドの完成もたしかめたことですし、

 一目散に宮殿に帰りましょう! さあ! さあさあ!」


「お前めっちゃ余を帰らせようとしてない?」


「そんなことあるわけないじゃないですか!!」


現場監督はさっきから冷や汗が止まらない。

もういつバレるんじゃないかと、汗がナイル川よりも多く流れる。


ともあれ、バレずにファラオを追い返すもとい帰路につかせることができた。


帰りの快速ラクダ便に乗っていると、

ファラオがふと遠くに見える明かりに気がついた。


「おや? あっちはこの時間なのにずいぶん明るいな? 祭りか?」


「な、ナンデショウネーー……」


あっちは本物のピラミッド建設現場に近い労働者の村。

きっと今も今日の仕事を終えてビールで宴会しているのだろう。


「ちょっと寄ってみるか」


「ふぁ、ファラオ! 今日はお忍びですよ!?

 いきなり御身が現れたら、ショックで死んじゃうかもしれません!」


「それならむしろ本望じゃろ」


ファラオはラクダの耳をねじって進路変更。

労働者の村へと向かった。


「そこのもの。ずいぶんと楽しそうではないか」


「ん? おお、あんたも飲みに来たのかい?

 ここは最高だぜ。うまいビールをたらふく飲める!」


「そうなのか。それは良いことじゃ」


「労働報酬にビールをくれるなんて、ここの現場監督は最高だぜ!」


「そのとおりです!!」


つい嬉しくなった現場監督は鼻高々に宣言した。

興味をひかれたファラオは労働者に訪ねた。


「それで、お前はなんの仕事をしているのじゃ?」


労働者はよどみなく本人に答えた。



「ファラオのピラミッドを作ってるんでさぁ。

 まあ、顔も見たこともないんですがね、がっはっは!」



それを聞いたファラオは現場監督のほうへ振り返る。

現場監督は目をそらしながら滝のような汗を流す。


「で、余の本当の墓は?」


未完成のピラミッドへ案内した現場監督は、

のちにピラミッドの壁面に埋められる罰を受けた。

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