E10-2 幕間ー器だった「わたし」ー

星がひとつ、落ちてきた。


この世界は、いつも夜みたいだった。


硝子ガラス越しに見えるのは、闇と――時々、星。


お星さまはきれいだなって、最初は思ってた。


でも違った。


それは、カストゥールの遠距離攻撃魔術。


空を裂いて、世界を燃やす、巨大な光。


わたしはそれを吸収する。


モルテヴィアの大地を砕く前に、代わりに受け止める。


それが、わたしの役目だった。


いつからここにいるんだろう。


…………生まれたときから、なのかな。


ぼんやりとだけど、『おかあさま』の記憶はある。


銀色の髪の、きれいなひと。


おかあさまは、どこへ行っちゃったんだろう?


もう、死んでいるのかな。


とろんとした液体の中で、眠るでもなく、起きるでもなく、ただ星を受けるために、わたしは存在している。





星を受け止めるのは、すごくつらい。


とてつもなく痛い。


もがくほど苦しい。


涙が出ないから、泣くこともできない。


生き地獄が、あるとき、急に楽になった。


それはいつもの星――、長距離攻撃魔法かと思ったのに、一緒に『声』が届いた。


耳にじゃない。


頭に直接響く、すごく古くて、すごく強い、おじいちゃんみたいな声。


――おお、おお。こんな年端もいかぬ子供が……。さぞやつらかったろう。


あなたは、だぁれ?


――私の名はアル=ザル。

かつてカストゥールで、古代魔術アーカイア・マギアの祖と言われた者だよ。

星塔アストラリウムの設計者でもある。

もっとも、もう死んでから何百年にもなるから身体はなくて、今は思念体だけどね。


しんでる……?へぇ、そうなんだ。あすとらりうむ、ってなぁに?


――魔塔だよ。

古代魔術アーカイア・マギアの知は、星の塔、アストラリウムに結集しているんだ。


あーかいあ・まぎあって、なぁに?


――きみは何も知らないで、『器』にされているんだな。

なんと不憫な……。

よし、私がこの世界のことを教えてあげるからね。



アル=ザルおじいちゃんは、カストゥールの人だったけど、わたしを哀れだって言ってくれた。


戦争が正しいなんて、思ってなかった。


だから、そのおじいちゃんの思念体は、いろんなことを教えてくれた。


この世界のこと。


わたしの連なる血の系譜のこと。


それに、古代魔術アーカイア・マギアの使い方。


おじいちゃんはあらん限りの知識をわたしに渡した。


禁術の知識?


……あったかもしれない。


でもそのおかげで、星を受け止めるときに、痛くなくする方法を覚えた。


攻撃魔術の核にあるマナの流れを、そのままぶつかって受け止めるんじゃなくて。


水が上から下へ流れるように。


風が野を吹き抜けるように。


力をそっと解きほぐして、やわらかく別の流れへと導く――そんな術式。


最初はうまくいかなかったけど、少しずつ。


まるで星をこの身で、そっと抱きしめるようにして……。


マナの衝撃を、散らして、流して、やわらげることができた。


成功したときは、とっても嬉しかった。


なにより、このくだらない戦争のこともわかった。


カストゥール王国の軍事政権が国を支配し、魔術を兵器にして暴走していること。


……わたしがその均衡のために造られた、モルテヴィア側での――『生ける魔術式』であること。





わたしがこの硝子ガラスの玉に閉じ込められている間、大人たちは椅子に座って議論していた。


「戦況はすべてモルテヴィア優位に進んでいる!カストゥールの攻撃など、たまに飛んでくる星塔アストラリウムからの遠隔魔術のみではないか」

 

「古の時代であればいざ知らず、カストゥールなど時代遅れの古臭い国だ」


「比べて、モルテヴィアの魔力供給は万全。転移陣ポータルで攻め込めば、遠いカストゥールであろうとも蹂躙できる」


「『継呪けいじゅの器』が魔力の泉となっている。星塔アストラリウムからの攻撃も受け止めてくれるし、まったく、便利だな、それは」


「ああ。『それ』は、死ぬまでまだまだ使える」




ねえ。

わたしのこと、『それ』って呼ばないでくれる?





カストゥールの人々は、かつて隆盛した古代魔術アーカイア・マギアにすがって、まだ自分たちの国は強いって思い込んでた。


アル=ザルおじいちゃんが星塔アストラリウムをほぼ休止させてたから、遠隔攻撃魔術くらいしか使えなかったのにね。


誰も戦争を止めようとしなかった。


モルテヴィアの人々も、みんな戦争が好きみたいだった。


転移陣ポータルをつかって、違う大陸にも、どんどん兵を送ってた。


カストゥールだけじゃなくて、あちこちの国に戦争を仕掛けてた。


正義がなかった。


勇気がなかった。


まともな人間はいなかった。


だから、わたしが止めるしかなかった。







星塔アストラリウム


古代魔術アーカイア・マギア理論の粋を結集した、あの塔をわたしは知ってる。


思念だけになって、何度も、何度も、おじいちゃんに連れて行ってもらったから。


あの構造、あの演算式、あのマナの収束形式……。


星塔アストラリウムは世界の霊脈を観測し、同時に干渉することができる。


ただの塔じゃない、世界そのものの神経中枢みたいなもの。



わたしなら、世界を壊せる。


ううん。


壊さなくちゃいけない。



だって、そうじゃなきゃ……。



もうそろそろ、限 界 だ よ。





みんな、見てるだけだった。


『継呪の器』――それは犠牲の上に成り立つ平和の象徴。


わたしが硝子ガラスの玉の中で、死んだように生きていれば、みんなが助かる。


そして、それを、当たり前だって思ってる。


――ほんとうに?


わたしは


ずっと、我慢して

ずっと、搾取されて

ずっと、役目を果たして


そして……死ぬ、だけ?


……それでいいの?


それが正しいの?


そんなの、ま ち がっ て る


まちがってるまちがってるまちがってるまちがってる!!!



わたしは、知ってる。


星塔アストラリウムを、どう使うか。


星色のマナ。


霊脈に干渉して、大地に宿るマナの均衡を崩すことができる。


それは、大陸そのものを破壊する力。


わたしはね、起動式も――すべてを壊したあと、止める方法も。


なーんでも、知ってるんだよ?





終わりの日は静かだった。


夜が、真っ赤に染まって、世界に『災厄』が訪れた日。


わたしは、硝子ガラスの中で笑っていたと思う。


この液体にとろとろと包まれて。


だあれもいなくて、ひとりぼっちで。


にっこりと、笑っていた。


「――ばいばい、カストゥール。ばいばい、モルディヴィア。そして、ありがとう、星塔アストラリウム




わたしは、星の光になった。


そして、すべてを壊した。







……それで、終わりだと、思ったのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る