E10-2 幕間ー器だった「わたし」ー
星がひとつ、落ちてきた。
この世界は、いつも夜みたいだった。
お星さまはきれいだなって、最初は思ってた。
でも違った。
それは、カストゥールの遠距離攻撃魔術。
空を裂いて、世界を燃やす、巨大な光。
わたしはそれを吸収する。
モルテヴィアの大地を砕く前に、代わりに受け止める。
それが、わたしの役目だった。
いつからここにいるんだろう。
…………生まれたときから、なのかな。
ぼんやりとだけど、『おかあさま』の記憶はある。
銀色の髪の、きれいなひと。
おかあさまは、どこへ行っちゃったんだろう?
もう、死んでいるのかな。
とろんとした液体の中で、眠るでもなく、起きるでもなく、ただ星を受けるために、わたしは存在している。
※
※
※
星を受け止めるのは、すごくつらい。
とてつもなく痛い。
もがくほど苦しい。
涙が出ないから、泣くこともできない。
生き地獄が、あるとき、急に楽になった。
それはいつもの星――、長距離攻撃魔法かと思ったのに、一緒に『声』が届いた。
耳にじゃない。
頭に直接響く、すごく古くて、すごく強い、おじいちゃんみたいな声。
――おお、おお。こんな年端もいかぬ子供が……。さぞやつらかったろう。
あなたは、だぁれ?
――私の名はアル=ザル。
かつてカストゥールで、
もっとも、もう死んでから何百年にもなるから身体はなくて、今は思念体だけどね。
しんでる……?へぇ、そうなんだ。あすとらりうむ、ってなぁに?
――魔塔だよ。
あーかいあ・まぎあって、なぁに?
――きみは何も知らないで、『器』にされているんだな。
なんと不憫な……。
よし、私がこの世界のことを教えてあげるからね。
アル=ザルおじいちゃんは、カストゥールの人だったけど、わたしを哀れだって言ってくれた。
戦争が正しいなんて、思ってなかった。
だから、そのおじいちゃんの思念体は、いろんなことを教えてくれた。
この世界のこと。
わたしの連なる血の系譜のこと。
それに、
おじいちゃんはあらん限りの知識をわたしに渡した。
禁術の知識?
……あったかもしれない。
でもそのおかげで、星を受け止めるときに、痛くなくする方法を覚えた。
攻撃魔術の核にあるマナの流れを、そのままぶつかって受け止めるんじゃなくて。
水が上から下へ流れるように。
風が野を吹き抜けるように。
力をそっと解きほぐして、やわらかく別の流れへと導く――そんな術式。
最初はうまくいかなかったけど、少しずつ。
まるで星をこの身で、そっと抱きしめるようにして……。
マナの衝撃を、散らして、流して、やわらげることができた。
成功したときは、とっても嬉しかった。
なにより、このくだらない戦争のこともわかった。
カストゥール王国の軍事政権が国を支配し、魔術を兵器にして暴走していること。
……わたしがその均衡のために造られた、モルテヴィア側での――『生ける魔術式』であること。
※
※
※
わたしがこの
「戦況はすべてモルテヴィア優位に進んでいる!カストゥールの攻撃など、たまに飛んでくる
「古の時代であればいざ知らず、カストゥールなど時代遅れの古臭い国だ」
「比べて、モルテヴィアの魔力供給は万全。
「『
「ああ。『それ』は、死ぬまでまだまだ使える」
ねえ。
わたしのこと、『それ』って呼ばないでくれる?
※
※
※
カストゥールの人々は、かつて隆盛した
アル=ザルおじいちゃんが
誰も戦争を止めようとしなかった。
モルテヴィアの人々も、みんな戦争が好きみたいだった。
カストゥールだけじゃなくて、あちこちの国に戦争を仕掛けてた。
正義がなかった。
勇気がなかった。
まともな人間はいなかった。
だから、わたしが止めるしかなかった。
※
※
※
思念だけになって、何度も、何度も、おじいちゃんに連れて行ってもらったから。
あの構造、あの演算式、あのマナの収束形式……。
ただの塔じゃない、世界そのものの神経中枢みたいなもの。
わたしなら、世界を壊せる。
ううん。
壊さなくちゃいけない。
だって、そうじゃなきゃ……。
もうそろそろ、限 界 だ よ。
※
※
※
みんな、見てるだけだった。
『継呪の器』――それは犠牲の上に成り立つ平和の象徴。
わたしが
そして、それを、当たり前だって思ってる。
――ほんとうに?
わたしは
ずっと、我慢して
ずっと、搾取されて
ずっと、役目を果たして
そして……死ぬ、だけ?
……それでいいの?
それが正しいの?
そんなの、ま ち がっ て る
まちがってるまちがってるまちがってるまちがってる!!!
わたしは、知ってる。
星色のマナ。
霊脈に干渉して、大地に宿るマナの均衡を崩すことができる。
それは、大陸そのものを破壊する力。
わたしはね、起動式も――すべてを壊したあと、止める方法も。
なーんでも、知ってるんだよ?
※
※
※
終わりの日は静かだった。
夜が、真っ赤に染まって、世界に『災厄』が訪れた日。
わたしは、
この液体にとろとろと包まれて。
だあれもいなくて、ひとりぼっちで。
にっこりと、笑っていた。
「――ばいばい、カストゥール。ばいばい、モルディヴィア。そして、ありがとう、
わたしは、星の光になった。
そして、すべてを壊した。
……それで、終わりだと、思ったのに。
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