第18話 欠けた月の下で
「ど、どこへ行っていたのだ!この建物もスキャンされていた!……時空管制局に捕まれば、極刑だ……」
狼狽えた旦那が、俺の姿を見て言う。
「少し、準備を、な。安心しろ。ここは管制局に見つかる事は無い。」
そう言って余裕を見せる。
ここは、シラヌイ商会の倉庫に設けた一室。
この時代に、正しく存在する商会。
過去に干渉する際に目を付け、隠れ蓑として使っている。
利を与えて恩を売る。
既定通りの勝負に既定通りの勝利を与え、信頼を獲得した。
何も歴史に影響を与える事なく、俺はここを自由にできる権利を得た。
「さて、旦那、この後の動き方だが……」
話しながら考える。
管制局は、どこまで把握している?
アーカイブに俺の存在の記録は無かった。
なら、狙いは俺だろう。
ナオの存在は、残されてはいなかったが、整合性を考えれば、シュウジといる事が正しい、と、判断する筈だ。
旦那はどうだろうか。
アーカイブから読み取れる情報は何だ。
旦那も俺と共に排除対象とされるだろうか。
……恐らくは、俺を第一排除対象とし、旦那は時空犯罪者として裁く、と言う筋書きだろう。
シュウジとナオが共にいる事が、この時代に繋がる過去、と、判断する筈だ。
旦那には、管制局は旦那を時空犯罪者として裁こうとする、と、伝える。
旦那の顔が青ざめる。
「……そこで、だ、旦那。あの獣人と同じ型の獣人を用意しよう。段階的制御可能なリミッターを付けた状態で渡す。状況が状況だ。価格も抑えよう。」
旦那が困惑を浮かべる。
「な、何を言っている……?」
口元を歪め、旦那に伝える。
「逃げた獣人と組み、管制局を倒す。……エラー率を訂正範囲内に収めたまま、追撃を諦めさせれば良い。」
「し、しかし、逃げた獣人を回収しない事には……」
「俺に考えがある。管制局の介入タイミングを踏まえても、逃した事自体は然程問題は無い筈だ。……旦那には予定通り稼いで貰い、逃した獣人には、我々の安全を確保した上で、消えて貰おう。」
実際には、シュウジと共に生きてもらう訳だが、と、思う。
呆然とした顔をした後、旦那の顔が笑いに変わる。
「……勝算はあるのだな?」
「当然。その為の準備をしていたんだ。」
余裕を失い青ざめていた旦那の顔に血色が戻る。
堪え切れず、声を上げて笑い出す。
旦那のその様子を見ながら、正史の、欠けたパズルのピースを埋める方法を考えていた。
俺は、サキのお見舞いに来ていた。
受付で自分の名前とサキの名を使える。
ナオは、自分のせいだから、と、落ち込んだ顔で同行を拒否していた。
受付内でのやり取りが終わり、病室を伝えられる。
「五〇一号室です。この奥に、面会者用のエレベータが御座います。そちらで上がってください。」
受付の方に頭を下げ、サキの病室へと向かう。
四人部屋だが、サキの名前しか書かれていなかった。
中を覗くと、傷口に貼られたガーゼを手で押さえているサキと目が合った。
あっ、と同時に口から音が漏れる。
サキは、咳払いをした後、手を脚の上に重ねて、笑顔を向ける。
その頬が少し赤くなっていた。
「傷、痛むの?」
傷口を押さえていた事について、心配して尋ねる。
サキは、え?、と呆けた顔をした後に、微笑む。
「シュウジくんって、そういうところ、あるよね。」
その言葉は、優しい響きを帯びていた。
「傷口を縫ったって。そう聞いたから。」
言って頭部に目を向ける。
手術のために、不格好に切られた髪が痛々しく感じられた。
「ふふっ、シュウジくんに、こんな恥ずかしい姿、見せたくなかったんだけどなぁ。」
言いながら、ガーゼの貼られた剃られた頭部に手を当てる。
俺は、巻き込んでしまった、と、自責していた。
「シュウジくん。」
サキが、優しい声で呼びかける。
「私、ナオちゃんを守れたのかな。ただ、馬鹿なことをして、怪我しただけじゃ、無いのかな。」
口元は笑顔を作っていたが、その表情は暗かった。
「俺は、サキがナオを助けてくれたんだと、そう思っているよ。」
俺も俯いて伝えた。
「それにナオも、自分のせいでサキに怪我を負わせた、と、落ち込んでいたよ。」
そう言うと、サキがその大きな目を開いて、こちらを向く。
そして、その目を伏せる。
「そっか。私が勝手にやったことなんだから、気にしなくて良いのに。」
二人の間に沈黙が広がる。
「そうだサキ、あの時、何が起きたの?」
俺はあの時、何が起きたのかをあまり分かっていなかった。
突然サキがナオを突き飛ばし、サキは倒れ、時空管制局を名乗る集団に囲まれた。
理解が追いついていなかった。
サキが人差し指を頬に当てながら、視線を上に向け、考えていた。
「……私も、あまり覚えていないんだよね。」
そういう彼女の顔は、淋しげに見えた。
「咄嗟に、ナオちゃんが危ない、と、思ったのは覚えているんだけれど、その後はよく分からなくて。気付いたらここにいたって感じ。」
そう言って、無理に笑って見せる。
そして、剃られていない方の長い髪に触れながら言う。
「……落ち着いたら、髪、切らなきゃ。気に入ってたのにな。」
少し困ったような表情を浮かべながらサキが言う。
俺は何も言えなかった。
あ、そうだ、と、鞄から法学のノートとそのコピーを取り出す。
「学部が違うから、殆ど協力できないけど……法学は一緒に受けていたと思ったから。」
そう言ってコピーを渡し、簡単に説明する。
「内容の、俺が分かりにくいな、と思ったところにメモを付けたもののコピーを作ってきたんだ。」
コピーを見ながら、サキは驚いたような顔をしていた。
そして、笑いながら尋ねる。
「この、解説しているデフォルメキャラって、ナオちゃん?可愛く描けてるね。」
直接言われると、恥ずかしくなった。
顔が赤くなるのを感じる。
顔を反らしながら答える。
「普通に注釈つけるより、親しみやすいかと思って。」
サキは、表情を戻し、ありがとう、と、言葉にした。
その顔は少し寂し気だった。
その後、少し漫研の話をして、俺は病室を後にした。
サキは、また来てね、と手を振っていた。
「……次は、ちゃんとした姿で迎えたいな。」
諦めにも似た表情で、別れ際に彼女はそう呟いた。
俺は、意識が戻って、以前と変わらない会話ができているサキに、安堵していた。
「ただいま。」
と、部屋に入る。
「おかえり。」
と、ナオが寄ってくる。
テーブルに移動し、座ると、隣に座って寄りかかってくる。
「……サキは、どうだった?」
心配そうな顔で尋ねてくる。
「元気そうだったよ。検査があるから、もう暫く入院するらしい。」
そっか、と、ナオは短く答える。
その力無く垂れた尻尾と、伏せられた耳から、ナオも不安なんだな、と感じた。
暫く、そうしていた。
窓の外に、大きな半月が見えた。
暗い青の中、月がひときわ大きく見えたような気がした。
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