第四楽章 沈黙の主題

第16話 黄昏の街並み

書籍の積み上げられた一室、古い紙とインクの独特の香りに包まれた空間。

その書庫に、主人の姿があった。

書庫の主人は、黒いスーツに深く被った帽子、サングラス型の電子端末を身に付けていた。

彼は、その空間で考え事をしていた。

暫くして立ち上がり、書庫を出て行く。

コツコツと、その磨かれた革靴の音が、大きく響く。


彼は書庫のある建物から出る。

晴れた空の中、賑やかな声が広がっていた。

その声を発していたのは、獣耳と尻尾を持った種族。

人の良きパートナーとして造られ、そして、人を滅びへと導いている種族。

商店街に向かって彼は歩き出す。

ボールを追い掛ける獣人の子供達が、彼を追い抜いて行った。

商店街に入ると、人の姿が見えた。

雌の獣人と、夕飯について話している若い人間の男。

人の赤子を大切に抱えた獣人と、会話をしながら買い物をする人の女。

店を構えている方に、人の姿は見えなかった。

「あ、クズノハさん。今日は良い魚が入っていますよ。」

魚屋の主人が彼に話し掛ける。

軽く手を挙げて応じ、品物を見る。

鮮度の良い魚が並んでいた。

「脂が乗っているんで、生でも良いですが、少し炙るか、焼いて落とした方が美味しいかもしれません。好みに合わせて、どんな調理法でも美味しいですよ。」

魚屋の主人が言う。

愛想の良い、若い雄の獣人だ。

「悪いが、今は買い物目当てじゃなくてね。飯前に残っていたら頂くよ。」

クズノハ、と、呼ばれたスーツの男が答える。

魚屋の主人も、分かりました、と、笑顔のまま離れ、店先で別の客に魚を勧めていく。

クズノハも魚屋を離れ、通りを歩く。

少し歩いた所で喫茶店に入る。

案内に出て来る制服姿の雌の獣人に、喫煙席、一人で、と、伝え、席へと案内される。

席に着き、帽子を脱ぐ。

珈琲を頼み、スーツの内ポケットから葉巻のケースを取り出す。

ケースを置き、中から一本取り出し、一端を灰皿に切り落とす。

口に咥え、店に置かれたマッチを擦り、もう一方をじっくりと炙る。

火が付き、煙を味わう。

店内はそれなりに賑わっていたが、人の姿は無かった。

淹れられた珈琲が前に置かれ、運んで来た獣人が礼をして去っていく。

葉巻を置いてカップを口に運ぶ。

過去の安い豆の方が好みだな、と、思った。

葉巻と珈琲を味わいながら、クズノハは思考に沈んでいく。

後ろで結ばれた、長い茶色掛かった黄色い髪と、同じ色の狐耳が、その頭の上で存在を主張していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る