ダンジョンのボス募集中

アミノ酸

第1章

第1話 少女と紙切れ

 俺はもう死ぬかもしれない。

 冒険者たるもの覚悟をしていたつもりだけど、パーティに見捨てられての孤独死は想像していなかった。


「その怪我だと教会の治癒魔法を受けないといけないな……」


「それじゃあ今回の探索の儲けはゼロじゃねぇか!?」


 具体的な言葉は誰も口にしていない。

 ただ、徐々に遅くなる俺の歩みを誰も待たなくなった。

 それだけのことだ。


「……ちくしょう、何やってるんだ俺は……」


 湿った土と血の匂いが鼻の奥で混ざる。

 目の前で獲物を運ぶ蟻の行列が、孤独感を強めた。

 仲間を庇って出来た傷で、仲間に見捨てられるなんて……。


 田舎の両親の反対を振り切っての上京。

 大人しく漁師になっていれば海で死ぬことはあっても、こんな山道で惨めに死ぬことはなかったはずだ。

 剣も魔法も中途半端。おまけに一文無しじゃこの傷を治すことも出来そうにない。

 あぁ……、漁師も冒険者も満足にできないなら、生き延びても出来ることはないか……。


 俺を嘲笑うかのように、風が木々を笑わせた。

 カサカサと枝葉が擦れる音が心地よく、瞼が重くなる。


 パサッ。

 一枚の紙切れが頬を撫でた。

 このまま息を引き取ろうとするには、あまりにも気になる内容が書かれている。

 

『ダンジョンのボス 募集中!』

 未経験者歓迎!

 種族不問、装備支給あり。

 魔王軍のフォロー、研修があるので安心です!

 お気軽に下記魔法コードから転送されてください。

 ※転送費用は無料


「……何だこれ」


 一目で素人が作ったものだとわかる拙いデザイン。

 余白を埋めるイラストから幼さと女性らしさを感じる。

 というか、ダンジョンのボスって募集するものなのか……。


 未経験者歓迎。

 俺もその言葉に何度も騙されてきたか。

 冒険者ギルドでパーティ募集の張り紙に応募すれば良い顔で迎え入れられるが最初だけ。

 インクの匂いが思い出したくない記憶を掘り返す。


「お前、うちのパーティにいたいなら魔法使いになってくれよ」


「手先が器用? そんなの何の役に立つんだ。盗賊にでもなるか?」


「ネモさぁ……。治癒魔法は高いんだから、せめて怪我しないでくれよ」


 空模様に反して、俺の心は暗澹としていた。

 死に際に思い出すには、何とも胸糞が悪い記憶だ。

 身体を張って仲間を守っても感謝の言葉すらかけて貰えずこの仕打ち。

 このまま蟻に運ばれてしまった方がいいのかもしれない。


 風が吹いていないのに、どこからかガサガサと音が鳴る。

 血の匂いを嗅ぎつけた獣か、はたまたモンスターか。

 

「あれ〜? こっちに飛んでったと思ったけどなぁ……。うわぁ!?に、人間?」


 唸り声とは程遠い、透き通るような声だった。

 木々の合間から少女が顔を出している。

 銀色の長い髪から、褐色の長い耳が突き出ていた。

 たぶん、七魔族のうちの有紋族だな。

 俺の最後は、あの少女の魔法の実験体か。

 槍すら握れず、起き上がることもままならず、抵抗する気力も湧かなかった。


「あ、あの〜、だ、大丈夫ですか?」


 恐る恐る少女が顔を覗き込んできた。

 赤い瞳から目が離せなかった。


「お、俺は食っても上手くないぞ……」


「え……私って人間を食べそうですか? 動物や魚だって食べないのに」


 自分の顔をペタペタと触り、慌てた素ぶりを見るに凶暴な魔族ではないのかもしれない。

 舞ってきた紙切れに気がつくと、少女がそれを拾い上げた。


「すみません、これ私のなんですけど……。もしかしてお兄さんも応募したくなっちゃいました?」


 応募? 俺が? ダンジョンのボスに?

 そんなこと考えもしなかった、と言えば嘘になる。

 居場所を無くし、人生が終わろうとしていた時にこんなものを見つけて。

 やり直したいと思わないわけがない。

 でも……。


「い、いや……、俺は人間だし、冒険者……。いっ!?」


 モンスターに削られた足が軋む。

 全身に回るその痛みが、俺を止めようとしていた。

 進むことか、立ち止まることか。

 そのどちらなのかはわからなかった。


「あれ? 人間はダメなんて書いてありましたか? 種族不問って人間もOKって意味かと思ってました」


 しげしげと紙を見つめる彼女は、俺が知っている魔族とは何かが違った。

 その時の彼女はまだなんて事のない少女のはずなのに──。

 俺は既に彼女の一つ一つに、目を奪われてしまっていた。

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