第29話 真宮兄妹
それから十分ほど時間が経ち――。
「……ふがふがっ!」
お兄さんが何かを叫ぼうと、顔を真っ赤にして訴えかけてくる。
しかし声は出てこない――真宮さんが説明を始めてすぐ、彼の口にガムテープを貼ったからだ。
理由は、すぐに叫んで説明が前に進まないから、とのこと。
ただ、こればっかりはお兄さんには非は無いと思う。
だっていきなり、「婚約者に浮気された」なんて妹に聞かされたのだから。
今顔を真っ赤にしているのだって、決して酸欠だからではなく、本当に頭に血が上っているからだろう。
「お兄ちゃん、騒がないならそれを剥がすけど」
「ふがっ! ふがふがふがっ!!」
「そう。それじゃあ暫くそのままね」
何が伝わってきたのか、真宮さんは呆れたように溜め息を吐く。
「えっと……」
「今自由になったら宗一を殺しに行くと思うから頭の血が下がるまで暫くこのままにしてろ、的な感じかしら」
「今のでよく分かったね!?」
「適当よ。ただ、状態的に当たらずとも遠からずでしょう」
真宮さんはそう言いつつ、スマホを取りだし眺め始めた。
今もお兄さんはもがもがと何かを叫ぼうとしているが、完全に無視だ。
僕はどうしていいか分からず……とりあえず、ただじっと黙って、時間が流れるのを待つことにした。
◇
そして更に十分ほど経ち――。
「俺の名前は真宮
ヒリヒリするのか、唇の周りを擦りつつお兄さん――尊之くんはそう自己紹介をした。
その表情は柔らかい――とは未だ言えない。
ただ、硬いからといって僕に怒りを覚えているようではなく、むしろ同情的に思えた。
それは真宮さんが、芝木と加恋の慕情を余すこと無く語り、しかもいつの間にか撮っていたらしい証拠映像まで見せつけたからだ。
加恋と僕は幼馴染みで恋愛関係にあった。
偶然、僕と真宮さんは同じタイミングで映像の中身を目撃し、傷心した僕らは傷を舐め合うように負け犬同士の契約を結んだ。
それが疑似恋愛――真宮さんの言った、『彼氏』発言の正体だ……と、尊之くんは既に理解している。
「しかし、まあ、その……なんだ。うち、狭いぜ?」
色々考え、なんとか絞り出した――そんな感じの言葉。
でも、僕は彼が何を言いたいのか分からなかった。
「詰めれば寝られるわ」
「詰めるって、床にだろ? 誰と誰が」
「私と天羽が」
「ば……ゆ、許しませんよ、お兄ちゃんは! そもそも天羽少年は彼氏じゃないんでしょうがっ!」
「彼氏よ。疑似でも彼氏は彼氏」
「っ……ていうか仮に本物の彼氏でも駄目だ! お前にはまだ早い! 床には俺と天羽少年が寝る! 幸歌は俺のベッドで、俺の香りに包まれて心地良く眠りなさい!!」
「キモ」
「キモくないもん!!」
真宮さんは相変わらず淡々と、しかし真逆に尊之くんがハートフルに騒ぐため、軽快な兄妹トークが展開されていた。
その細かな内容はともかく――。
「ええと、僕は今日、お兄さん――」
「お義兄さんと呼ばれる筋合いはありません!」
なんか、語弊がある気がする……。
「……尊之くんの家に泊まる、ということ、でしょうか」
尊之くんと真宮さん、どちらに聞けばいいか分からず、二人の間で視線を右往左往させつつ聞く。
「おう、そう聞いてるぜ。な、幸歌」
「ええ。言ってなかったけど」
「言ってなかったのかよ!?」
「ちょっとしたサプライズよ」
真宮さんはそう得意げに笑う。
そんな彼女に僕はつい苦笑してしまうけれど、尊之くんは違った。どこか呆然とした感じで……。
「お前、そんなサプライズなんてするんだな……」
「意外かしら、お兄ちゃん」
「そりゃあ、意外っつーか……そういうこと言うキャラじゃなかっただろ」
「それじゃあ設定の見通しが甘かったということね」
真宮さんはやっぱり淡々とした態度で返す。
思えば、違和感があった。
真宮さんの尊之くんに対する態度は、どこか冷たい。
ただ嫌ってるって感じでも無い。
今回わざわざ自分からここに来たわけだし。
そして、彼女のこういう態度は、失礼ながら僕が勝手に抱いた第一印象にも一致する。
クールで、感情表現が乏しくて、よく言えば孤高、悪く言えば無愛想。そんな感じのキャラクター。
どこか取っ付き難い雰囲気に、苦手意識さえ覚えた……ほんの一瞬だけだったけれど。
話してみれば意外と話しやすいし、一緒に過ごす中で表情も豊かな子だって分かった。
ただ……本来の彼女は、こうなのかもしれない。
「さっきも話した天羽の元カノさん、下手をしたら天羽の部屋に上がり込んで待ち構えている可能性があるの。私は彼の今カノ役として、それから守る義務があるわ」
「いやぁ、さすがにそこまではしないだろって言いたいところだけど、話を聞いた限りじゃあ、とても俺の理解が及ぶ相手じゃなさそうだからなぁ……まあいいや。天羽少年、泊まるならちゃんと親御さんには連絡しとけよ。あと、俺は寝相悪いから覚悟しろ!」
尊之くん……最初こそ彼にも怖い印象を受けたけれど、今は明るく柔らかく、僕を気遣ってくれている。その優しさは、真宮さんに通じるところがあった。
「ありがとうございます。その、すみません」
「後半の謝罪はいらねぇ……いや、やっぱいる! 俺の貴重な週末が台無しになったんだから、ちゃんと反省しとけよ!」
「どうせ予定なんか無いでしょう。謝る必要無いわよ、天羽。元々明日、ここに来る予定だったの。見ての通り、色々だらしない兄だから、たまに私が来て掃除とか料理の作り置きをしてあげてるのよ」
「うぅ……出来の良い妹を持って、お兄ちゃんは本当に幸せ者だよぅ……」
「そこは、不出来な兄ですみません、でしょう」
「俺には謝罪を要求するの!?」
温度差はありつつ、軽快な兄妹のやりとりに僕も思わず頬を緩める。
けれど、その空気はほんの少しの間だけだった。
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