第27話 遭遇

 その後、ひとしきり店内を見て回り、ゲームセンターを後にした。


 真宮さんは他のゲームにも興味を持ったみたいだったけれど、クレーンゲームで散財した分、次回以降の楽しみとして見送ってくれたらしい。

 僕も数枚、千円札を両替機に通した手前、ありがたい以外に言葉がない。


「それじゃあ、お互い大事にしましょう」

「ああ。とりあえず枕元に置いておくよ」

「良い考えね」


 幸歌はアニメキャラのぬいぐるみを、僕はプリンの形をしたクッションを、それぞれプレゼントしあった形だ。

 思えば何かを贈り合うのは僕らの間では初めてかもしれない。


 そう思うと、余計に特別な物に思えてきた。


「んー……なんだかすごく疲れた」

「集中してたもんね。今日は解散で良いんじゃない?」

「そうね。もう夕方だし、そろそろデートも終わりかしら。それじゃあ綿貫くん、また」

「あ……うん、真宮さ――」


 デートが終わり、呼び方が今まで通りに戻る。

 そんな寂しさに少し後ろ髪を引かれるような気持ちになった、その時――。


「あれ?」


 よく聞き慣れた声が、耳に触れた。


 ぞわっと鳥肌が走る。

 僕は頭で理解するより先に、その声の主に気がついた。


「こんなところで何してるの、あっくん?」

「……あっくん」


 真宮さんが小さく、その呼び名を繰り返す。

 僕をそんな風に呼ぶ人は一人しかいない。振り返ると……やっぱりそこには、加恋が立っていた。


 今日は土曜日だけれど、加恋はなぜか制服姿だった……いや、なぜかでもないか。

 土日でも学校に行くなら制服を着なくちゃいけない。それがたとえ部活動の応援であっても。


 やっぱり彼との関係は切れておらず、たぶん休日に学校へ行くのも今日が初めてというわけじゃないんだろう。


「その人…………この間、会っていた人だよね?」


 真宮さんを見て目を細める加恋。

 その声はいつもより冷たく、明らかな敵意を滲ませていた。


「あっくん、その人、誰?」


 ただその敵意は真宮さんに向けられただけ。

 ほんの僅か視線を振り、僕に向けられた加恋の表情は……僕が初恋を捧げた、優しく可憐な彼女のものだった。


「か、彼女は……」


 その笑顔に、無理矢理言葉を引きずりだれそうになる――けれど、そんな僕を庇うように、真宮さんが一歩前に出た。


「えっ、なに?」

「…………」


 真宮さんは何も言わない。ただ、後ろ姿からでも、彼女が加恋を睨んでいるのは分かった。


「……あっくん、もしかして絡まれてる? まったくもう、やっぱりあたしがいないとあっくんは駄目なんだから」

「……駄目?」


 加恋は真宮さんを無視して僕に声を掛けてきて、そんな加恋に真宮さんは初めて口を開いて――空気が重くなる。


 思えば、この二人はあの日以来の邂逅だ。


 真宮さんにとっては婚約者を寝取った相手。さらに僕から昨日のことを余さず聞き出している。


 そして加恋にとっては……加恋はこう実際に相対しても、あの日の目撃者が真宮さんだったと全く気付く気配が無い。


「……あっくん、行こう? 誰だか分からないけど、なんか嫌な感じだし」


 加恋らしくない攻撃的な言葉――いや、これも僕が見ようとしなかった彼女の一面なのかもしれない。


 ただ、そう冷静に考えている余裕はない。今はまさに一触即発の状況だ。

 僕も突然の加恋の登場に動揺している自覚があるけれど、それ以上に真宮さんがいつ爆発するか分からなくて怖い。


 僕が話しただけでも彼女は相当憤慨していたし、相対した今、それが一切脚色の入っていない事実だったってハッキリ理解できてるはず。

 良く見ると彼女の肩は小刻みに震えていて、我慢している――導火線に火がついているのは明らかだ。


 いつ爆発してしまうか……いや、爆発する前になんとかしなくちゃいけない……。

 でも、そんな気持ちとは裏腹に、咄嗟に言葉が出てきてくれなくて――。


「貴方、いつまで彼の彼女ヅラしているの?」

「……は?」


 先に、真宮さんが話し始めてしまう。


「聞いたわよ。彼――天羽とは別れたって」

「……あもう?」


 あえてハッキリ名前で呼んだのは多分、今日のデートの延長としてではなく、挑発だ。

 実際、加恋はそれだけで明らかに不快感を滲ませた。


「どうして赤の他人であるあなたがそんなこと言ってくるのか分からないけれど、あっくんとあたしは幼馴染みなの。とやかく言われる筋合い――」

「あるわよ」


 加恋の言葉を遮り、真宮さんが被せる。


「私、彼と交際――に近しいことをしているの」


 言った。はっきり言った。

 事実に近い、絶妙な濁し方をしたけれど、それでもその程度のことはこの場では関係ないだろう。


 実際、加恋には衝撃的だったようで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まった。


「貴方は彼に不義理を働いた。それなのにまるで自分の物のように独占欲を見せるのは、とても可愛げでは許されないわよ」

「……あっくん、行こう? あっくんならあたしを選んでくれるよね?」


 加恋は不快感を露わにしつつ、真宮さんの言葉を無視する。


 取り合う必要が無いと思ったのか、この口論には僕を落としさえすれば勝てると思ったのか、それか……僕すらも見ていないのか。


「話しにならない……というか、話すだけ時間の無駄ね。行きましょう、天羽」

「ちょ……あっくん!」


 強く、叱りつけるように加恋が僕の名前を呼ぶ。

 それを無視して、真宮さんが僕の手を引く。


 僕はただ情けなく手を引かれるまま、真宮さんについていって……そんな僕らを、加恋は追ってこなかった。


 追わなくても僕が自分から戻ってくると信じているのか、それとも逆に呆然として動けないのか……いや、考えても分かる筈がない。

 加恋が何を考えているかなんて、僕には全然……。


 そうして、お互い黙ったまま歩いて、歩いて――。


「……ごめんなさい。貴方の許可を得ず、勝手に言ってしまったわ」

「え?」

「交際に近しいことをしているって。まぁ、間違えてはいないでしょう?」

「うん……謝ることじゃないよ、むしろ僕が――」


 本当なら、盾になるべきは僕だった。

 僕がどうにか対応しなくちゃいけなかったのに。


「気にしないで。私がしたかっただけだから。本当に私のことを覚えていないかも確かめたかったし」

「……うん」

「それより、話で聞いていたより実際に見ると中々強烈だったわね。視野が狭いというか、妙に自信があるというか。あの調子だと、貴方の家の前で待ち構えていてもおかしくないとさえ思えるわ」

「全然あり得ると思う。家の前どころか、うちの家族とも仲良いし、先に部屋に上がってる可能性だって……心の準備、しとかないとな」


 思わず溜め息を吐いてしまう。憂鬱だ。


「家族には、まだ言えていないのね」

「全部話せたらいいんだけど……まだそんな気持ちの余裕が無くて」

「当然よ。私だって……そうだもの」


 親を信頼していないわけじゃない。ただ、家族ぐるみで仲が良い分、うちの両親は加恋のことも実の娘みたいに可愛がっている。


 浮気をされたなんてプライド的に言えないっていうのもあるんだろうけど、一番怖いのは「お前が悪い」って加恋側に回られてしまうことだ。

 その可能性が無いとは言えない。


 ああ、さっきまではあんなに楽しかったのに……すっかり加恋で頭がいっぱいになってしまっている。


「……真宮さん、このクッション、返していいかな……」

「え? どうして?」

「真宮さんからもらったクッションなんて持って帰ったら、火に油を注ぐことにしかならないと思うから」


 もしも力任せに破かれでもしたら最悪だ。

 せっかくくれたんだ。できることなら大切にしたいけれど……そのためには、受け取らないのが一番だと思う。


「だから――」

「……幸歌」

「え?」

「やっぱりデートはまだ終わってなかった。もう少し――ううん、暫く時間を貰えないかしら、天羽」


 僕の名前を強調し、ぐっと先ほどより強く手を握り込んでくる。

 決して放さない、という意思を込めるみたいに。


「幸歌……」

「うんっ」


 彼女は笑顔で頷く。

 その笑顔を見ているだけで、加恋のことを少し、忘れられそうな気がした。

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