第25話 ビギナーズラック

「……っと、着いてしまったわね、わもぬす――うぅん、これも少々無理している感が出てしまうわね」


 果たして少々だろうか。

 僕はやっとこの時間が終わったことに、ホッと胸を撫で下ろす。


 あだ名付け合戦は最早泥仕合の様相を呈していた。

 基本的な型は大体使い切り、最早おもちゃ箱をひっくり返して角に挟まっていた埃を使って遊ぶような状況に。


 まーちゃん、まみやん、みやっち、などの名字をいじくったパターン。

 さっちん、さちかち、ちかちゃん……などなど、名前も存分にいじくった。


 名字と名前をハイブリットさせたり、外見をそれとなくいじってみたり――いや、本当に苦肉の策だ。

 ここから良いあだ名が生まれるなんて最初から思っていなかったけれど、それでも、僕らはこの空虚な千本ノックを続けた。


 最後に出たのは「わもぬす」……綿貫の「わ」と、天羽の「も」を足し、どこかから「ぬす」を召喚させた形。多分、真宮さんも詳しく深掘りしてほしくないだろう。


 ……と、それは一旦いいとして。


「まさか目的地がここだなんて思わなかったよ」


 真宮さんが僕を連れてきたのは、ゲームセンターだった。

 駅周りに幾つか点在する内の一つ。僕も何度か来たことはあるけれど、まさか真宮さんが連れてきてくれるとは思わなかった。


「今まさに、ハードなゲームに興じた心地だけれどね」

「確かに」


 若干頭が締め付けられるような疲労感を覚えつつ、頷く。


 案外あだ名を考えるのは大変だ。

 相手の名前や特徴から連想させ、キャッチーなフレーズを、羞恥心を押し殺しつつ口にする。

 ただ、そんなあだ名を考える中で真宮さんのことをより深く知ろうと考えられたのは、悪くない一面かもしれない。


「興味はずっとあったの。ただ、一人で入るのは少しハードルが高いじゃない?」


 ラーメンに引き続き、真宮さんは案外慎重なタイプだ。

 いや、ゲームセンターは閉じた空間だし、女の子一人で入るのは確かに警戒してもおかしくないか。


「少し意外かも。ゲームとかよくやるの?」

「いいえ、ボードゲームなら多少経験はあるけれど……でも、こういうのって温泉旅館とかにたまにくっついているでしょう? 子供の頃から目に入っては、どんなものか気になっていたのよ」

「ああ、ああいうところにあるゲームセンターって、なんだか無性に遊びたくなるんだよなぁ」

「そう……違う楽しみがあるのなら、いつか試してみてもいいかもね」

「えっ」

「なに?」

「……いや、なんでもない」


 なんか、さりげなく僕と温泉旅行に行くのに前向きな感じだったような……いや、違うな。誰も僕と一緒になんて言ってないし。


「さあ、いつまでも看板を眺めていないで中に入るわよ。ゲームは実際に遊ぶものでしょう……天羽?」

「あ……うん、幸歌」


 手を握られ、引っ張られ……そして名前で呼ばれ。

 僕はすぐさまルールを理解した。


 散々あだ名を考えるために、頭の中を彼女一色にしたせいだろうか。

 もはや、普通に名前で呼ぶくらい、まったく抵抗を感じなかった。



 ゲームセンターの中には様々なゲームがあるけれど、種類は大きく二つに分かれる……と、僕は素人ながらに思っている。


 一つはただ純粋にゲーム体験を楽しむためのもの。

 もう一つは、ゲームの成果に応じて賞品、プライズを貰える物。


 真宮さんは後者を気に入ったようだ。


「ふふっ」

「……なによ。そんなにおかしかった?」

「いや、やっぱりって思って」


 利口で真面目な彼女は、ただゲームを遊んで時間を潰すよりも、何か対価を得られる方が気に入ると思っていた。

 勝手なイメージだったけれど、当たったのが少しおかしくて。


「クレーンゲームというのよね。こういう筐体が外に置いてあるお店もあるじゃない?」

「うん」

「だから見覚えがあるってだけ」


 そう言いつつ、真宮さんはじっくり一台一台、置かれたプライズを吟味している。

 強がるようなことを言いつつも、意地になってゲームを変えようなんて気はないみたいだ。


「……っ! これは!」


 そうしている内に、真宮さんの目が変わる。彼女がまじまじと見つめるのは国民的ゲームのキャラクター、その中でも一際有名な、黄色いネズミのぬいぐるみだ。


「気になった?」

「う……そ、そうね。私、あまりこういうの詳しくなくて……でも、この子は知ってるわよ。確か、特別な石をあげなくちゃ進化しないのよね!」


 それはそのシリーズを知る人間からすれば、割と浅いところにある常識だ。

 けれど、真宮さんはまるで世界の真理を解き明かしたかのように、目を輝かせている。


「詳しいんだ?」

「といっても幼稚園の頃に教えてもらった知識だから時代遅れでしょうね」


 幸歌はそう言いつつ、財布から100円玉を取りだし、投入口に入れる。どうやらターゲットを定めたらしい。


 クレーンを動かしぬいぐるみを掴もうとするが……ほんの少し、毛並みをさか撫でただけだった。


「むぅ、見た目ほど簡単じゃないのね」

「そう簡単に取れたら商売にならないからね。僕に貸してみて」

「もしかして、一家言有り?」

「そんな大げさじゃないけど、一時期動画見て勉強したり、練習してたから……」


 僕はそう言いつつ、自腹でクレーンを動かす。


 両手でちょっと抱える大きさのぬいぐるみ。こういうのの狙いは腕を通すとか、タグを引っかけると良い……ここかな?

 狙いを付け、ボタンを放す。


 クレーンはゆっくりと、ぬいぐるみのお尻についていたタグに向かい――偶然、一発でするりと引っかけた!


「わっ! すごい! すごいわっ!!」

「まさか一発で行くなんて……ビギナーズラックってやつかな」


 僕自身、すごく驚いている。

 こういうクレーンゲームのアームは簡単に景品の重量を支えてくれるほど強くない。

 けれど、タグに上手いこと引っかかってくれたおかげで、そのまま落とすことなくゴールまで運んでくれた。


「はい、どうぞ」

「え、くれるの?」

「逆にあげないと思った?」


 誰が欲しがって、誰のために取ったのか、真宮さんが分からない筈ないのに。


「じゃあ、お金……」

「いらないって!」


 たかだかワンプレイ分。この程度ならかっこつけたって十分余裕があるくらいだ。

 彼女的にはこんな一方的な借りを作るのは抵抗があるかもしれないけれど……。


「彼氏としてのプレゼントだよ、幸歌」


 結局、そうはっきり言うのが一番早い気がした。なんだか妙に照れくさいけれど。


「そ、そう」


 そんな照れくささが伝染したのか、真宮さんまでしおらしくなってしまう。

 彼女は俯きつつ、ぬいぐるみを受け取ってくれて……そのままぎゅっと抱きしめる。


「あ……ありがとう、天羽」


 素直になるのは子供っぽくて恥ずかしい。けれど、お礼は言いたい。


 そんな可愛らしい態度に、僕も嬉しくなる。

 なけなしの運を捧げた甲斐があるというものだ。

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