第24話 二つのミッション

「それで、ええと……今日の行き先は? ……って、よくよく考えたら、今回は僕が行き先を決める番か」

「いいえ。貴方は昨日地元を案内してくれたでしょう」

「いや、あれはそういうんじゃ……」

「一回は一回。借りは借りだから」


 随分真面目な……いや、彼女がそれでいいなら、僕から言うことはないけれど。


「そして、今日はもう行く場所を決めているわ。こっちよ」


 真宮さんは先導するように歩き出し――しかしすぐに足を止める。


「…………」

「真宮さん?」

「貴方は、正式にあの女と別れたのよね」

「え、ええ。そのつもり……です」


 掘り返されればまだ胸は痛むけれど、それが事実だ。僕も感傷に浸るんじゃなくて、ちゃんと受け入れないと……。


「それじゃあ、もう知り合いに見られても問題無いわね」

「え?」


 そう意味深に呟き、彼女は――僕の手を取った。


「この世には『まず隗より始めよ』という言葉があるわ」

「ええと……確か、何かを始めるには身近なことからって意味だっけ?」

「その通り。そして、私達がたとえ疑似、真似っこであっても恋愛をするというのなら、簡単なことからでも実践していかなければ目的自体が形骸化してしまうわ」

「言いたいことは分からなくもないけど……それが、これ?」

「ええ。カップルというものは、意味もなく手を繋ぐものでしょう?」


 意味も無く……まぁ、迷子にならないようにとかじゃ無いからなぁ。


「だから、とりあえず今日は意味も無く手を繋ぐことをミッションとしてみましょう。若干動きづらい気もするけれど、案外慣れるかもしれないし」

「ミッション……わ、わかった。真宮さんがそれでいいなら」

「あとそれも」

「それ? ……どれ?」


 とりあえず繋ぐと言った右手を早速放し、ビシッと鼻先に人差し指を突きつけてくる真宮さん。


 一応振り返ってみるけれど、何もそれらしいものはない。


「呼び方よ。真宮さんって……彼女に対してそんな他人行儀な呼び方はおかしいでしょう?」

「え、他人行儀かな……」

「私も詳しくは知らないけれど、もっと親しい雰囲気の呼び方をするものじゃないかしら。例えば…………あもたん、とか」

「あも、たん……?」

「し、知らないわよ! ただ、私が昨日読んだマン――本だと、そういう感じのあだ名の付け方をしていたから!」


 今明らかにマンガって言いかけたよな。


 どうやら真宮さんなりに恋愛について勉強しようとしているらしく……その参考書はマンガらしい。

 確かにこの世には人生丸々掛けても読み切れなそうなくらいに恋愛系マンガが溢れているけれど。


「その考え方だと、僕は真宮さんのこと、なんて呼んだらいいのかな」

「…………私の口から言わせようなんて、貴方鬼畜ね」

「いや、それは誤解だ!」


 確かに、天羽=あもたん、なんてなるあだ名理論で自分のあだ名を口にするのはかなりキツいものがある。

 ここは僕からあだ名を付けてあげるべきか……法則に乗っかるのなら、そうだな……。


「それじゃあ真宮さんは、さちたん……かな」


 これは……想像していたよりずっと恥ずかしい。

 自分じゃなくても、いや、彼女をそう呼んでいると思うと、無性に恥ずかしい!

 なんか、いかにもバカップルって感じで……。


「さ、さちたん……」


 そして、そんなあだ名で呼ばれた真宮さんは、顔を赤くしつつ、何かに堪えるように口の端をピクピクと痙攣させている。


「……どことなく馬鹿にされている気がするのは気のせいかしら」

「気のせいだよ。そんなつもりはこれっぽっちもない」

「そう……そうね。悪意が一切籠もっていないのが余計にたちが悪いのよね」


 あだ名とはそういう一面もある。

 親しみやすさを感じさせる場合もあれば、どうしてもどこか幼いというか、馬鹿にしている感が出てしまう。


「もっとカッコいいあだ名ならどうかしら……綿貫天羽、ワタヌキアモウ……」

「別に無理しなくていいんじゃない?」

「いえ、やる前から諦めるのはいけないことだわ」


 なにかスイッチが入ったのか、真宮さんは真面目に悩み始めてしまう。


「目的地に着くまでまだ時間はある。ほら、綿貫くんも考えてっ」

「わ、分かったよ」


 もちろん、真宮さんのあだ名をって意味だよな。

 真宮幸歌。マミヤサチカ……。


 人のあだ名って付けたことが無いから全然浮かんでこないけれど……。


 というわけで、思わぬ課題を前に、僕らは最初言っていた手を繋ぐというのも忘れて、道中ひたすら悩み続ける。


 そんなぐだぐだな感じに、初めての休日デートは始まった。

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