第14話 アンティークな喫茶店と懐事情
なんというか……ちょっと不思議な時間だった。
気まずさは多少あれど、無理に話題を振る必要も感じなくて、なんとなくずっと、半歩前を歩く真宮さんの後ろ姿を眺めていた。
少し耳が赤く、体温もちょっと上がってる感じなのが、なんだか気になって――。
「……ねえ、綿貫くん?」
「ん、どうしたの?」
「どうしたのではなく……もう着いたから、放してもらってもいいかしら」
「放す…………あ、ごめんっ!」
僕は慌てて、彼女から離れる。完全に無自覚だった。
あの信号から、ずっと、僕は無意識のまま、彼女の手を掴んだままだったのだ!
「普通は言われずとも放すものじゃないかしら」
「う……何の申し開きもありません……完全に無自覚で……!」
「無自覚というのが余計にたちが悪いと思うのだけど……まぁ、タイミングを逸して今まで指摘しなかった私も悪いのだし」
意外にも、真宮さんはそれだけで追及の手を止めた。
「それで、第一印象の感想は?」
「へ? あ、ああ……」
それは彼女が連れてきてくれたこの場所――目の前にある建物についてなのだと気づき、意識を切り替える。
真宮さんからの指摘に気を取られていたけれど、第一印象としては……。
「なんだか、真宮さんっぽいな」
「……?」
「あ、いや変な意味では無く、ただ、こういうお店に通っている真宮さんの姿が想像できるというか……オシャレという意味で」
「どことなく頑張ってフォローしているような言い方ね」
「違うって! ただ、詳しくないから上手いこと言えないってだけだよ」
その建物はどこかアンティークな気配を漂わせる、所謂、古民家カフェと呼ばれるような出で立ちをしていた。
オシャレであり格式高そうで、僕一人だと絶対入れないだろう。コーヒー自体滅多に飲まないし……。
「そう、まぁいいわ。ここで立ち話もなんだし、入りましょう」
「う、うん」
僕はそこはかとない緊張を覚えつつ頷いた。
実は駅前にあるような有名カフェチェーンにも入ったことがないのだ。
喫茶店なんて大人の世界で、僕がお世話になるのはずっと先なんて思っていたから……デートスポットとしては割とオーソドックスなのかもしれないけれど。
ドアについたベルが、カラカラランと音を鳴らす。
同時に、カウンターに立った店主——マスターらしき老紳士が微笑んだ。
「おや、こんにちは、真宮さん」
「こんにちは、マスター。二階、空いていますか」
「ああ、いつもの席にどうぞ。ごゆっくり」
マスターと真宮さんが慣れ親しんだ様子で言葉を交わす。顔を見せるなり名前を呼ばれるくらい常連なようだ。
僕を見て一瞬目を丸くしたマスターに会釈しつつ、先に階段を上り始めてしまう真宮さんについていく。
一階は普通のテーブル席が並んでいたけれど、二階は個室がいくつか用意されていて、真宮さんはその内の一つ、一番奥のドアが開いている部屋へと進んだ。
「おお……」
店の中に入ったときから古風な雰囲気に圧倒されていたけれど、個室に入ると更に、なんというか異世界に入り込んだような気分にさせられた。
テーブル、イスはもちろん、床や壁紙、小物の数々――部屋の隅から隅まで統一感のあるインテリアで、高級かつオシャレ、それでいてどこか親しみやすい雰囲気に纏められていた。
テーブル、照明、陽光が差し込みつつも外の景色が見えないように掛けられたレースカーテンなども、細かなところで拘りを感じさせる。
「どう? いい雰囲気でしょう?」
「うん……なんか、落ち着かないのに落ち着く感じがする」
「ふふっ、言いたいことはなんとなく分かる」
リラックスしたように優しく微笑む真宮さんを見るに、きっと慣れたら天国みたいに変わるんだろうな。
例えば森林浴とかリラックス効果があるって聞くけれど、森に親しんでいない内は違和感が勝って、どこか落ち着かない気分になる……みたいな? わかんないけど。
「ここ、父の知り合いが経営しているの」
「あ、さっきのマスター?」
「ええ。店全体の雰囲気も、わざわざ個室を用意しているところも、全部マスターが拘りを持ってやっているのよ」
「はー、なるほど……」
色々興味はあるけれど、下手に触って壊しちゃったら怖いし……と、一旦イスに座る。四人がけのテーブル、真宮さんも僕と向かい合うように体面に座り、置かれていたメニュー表を開いた。
「私はいつも通りブレンドコーヒーにしようかしら」
「じゃあ僕は…………って、たか――んぐっ!」
叫びそうになり、慌てて口を塞ぐ。
一番安い、彼女の言ったブレンドコーヒーの値段でも、昨日のラーメン一杯分を超えている!
トッピングがたくさん乗った特製ラーメンを、さらに大盛りにしてもお釣りが来る値段だ。それがコーヒー一杯に……!?
(き、喫茶店経営って大変なんだな……)
「どうしたの? あ、もしかして持ち合わせがない? それなら今日は私が出すけれど」
「い、いや! 大丈夫!」
正直厳しい。コーヒー一杯に四桁円も出せるほど、一般高校生の懐事情は豊かではないのだ。
けれど、払おうと思えば払えるだけのお金は財布に入っているのだから、払わないわけにはいかない。
「じゃあ、僕もブレンドコーヒーで……」
コーヒーは苦くてあまり得意じゃない。
でも結局一番安いのがこれだった。
アンティークな見た目ながら、注文はタブレットで行うらしい。
まぁ、一々一階から注文を取りに来るのも伝えに行くのも大変だからなぁ……。
「真宮さんは結構来てるんだね」
「ううん、それほどではないわよ。中学生の懐的には気軽に通える雰囲気ではなかったもの。大体、月に一度程度かしら」
月に一度でも十分だと思う。
僕の懐的には、年に数回でも厳しそうだからなぁ……四桁円コーヒー……。
「試験の前とか、集中して勉強したいときにこの部屋を借りていたの。家とも学校とも違って、落ち着きながらも気が引き締まって……すごく集中できるのよ」
「へぇ……確かにそれはちょっと分かるかもな。勉強って緊張しすぎてもリラックスしすぎても身が入らないから」
「綿貫くんも常連になっていいわよ?」
「そ、それは……考えておきます」
からかうような笑み。
こりゃ財布的に無理してるのに気付かれてるな……。
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