第9話:ちがうよ、あのね

 合宿3日目の夜。

 昼間の練習の疲れがじわじわと足に溜まるなか、みこは一人、廊下のベンチに座っていた。


 静かな館内。耳を澄ませば、仲間たちの寝息や、虫の音だけが静かに響く。


 なのに、みこの心はざわついていた。

 (晴ちゃん、らいとくんに気持ち、伝えたんやな……)


 知ってた。いや、気づいてた。

 シャトルを拾いにいった時の手の震え、会話の間、ラリーの強さ。

 ずっと、晴は誰より真剣に、徠斗を見つめていた。


 ――そして今日。

 昼の練習終わり、ふたりが静かに話していた。

 その後の晴の目に、涙がにじんでいた。


 「……みこちゃん」

 背後から呼びかける声。


 振り向くと、そこにはポニーテールをほどいた晴がいた。

 湯上がりのほのかな香りが、ふっとみこの胸を締めつける。


 「ちょっと、話せる?」


 みこはうなずいた。


 二人は館内の小さな和室に入る。薄暗い空間に、静けさだけが流れていた。


 晴が座ると、何かを決意したように口を開いた。


 「私、さっき……らいとくんに、好きって言った」


 みこは小さく息をのむ。

 やっぱり。けれど、胸がぎゅっとなるのはなぜなんだろう。


 「みこちゃん、知ってたんやろ?」


 晴の声はどこか怒っていた。でも、それは怒りじゃなくて、悲しみに似ていた。


 「私、ずっと我慢してたんよ。みこちゃんが幼なじみやってこと、ちゃんとわかってる。けど……もう隠されるの、つらかった」


 みこは、言葉を飲み込んだ。


 「ちがうよ、あのね」

 やっと出たみこの声は震えていた。


 「私、なんも知らんかったわけやない。でも、ずっと“幼なじみ”って言い聞かせてて……そしたら、気づいたら、晴ちゃんのことばっかり気にしてて……」


 みこの目に、涙が浮かぶ。


 「私、らいとくんのこと、どう思ってるんか……わからへんの。だから答えも出せへん。でも――晴ちゃんの気持ち、嘘じゃないってわかってる」


 沈黙。

 やがて、晴が小さく笑った。


 「ほんま、天然やな……でも、それが海湖ちゃんやな」


 みこの肩に、晴の手がふれる。

 温かくて、優しくて、でもどこか寂しげで。


 「私ね、嫉妬した。好きな人の隣に“ずっとそこにいる”幼なじみがいるって、めっちゃ羨ましかった」


 ふたりは並んで座ったまま、少しだけ沈黙を共有する。


 やがて晴が立ち上がった。


 「明日から、私はもっと真っ直ぐでおるよ。らいとくんにも、みこちゃんにも。――ずるいとか言わん。戦うから」


 その言葉に、みこは小さくうなずいた。

 胸が少しだけ、温かく、そして苦しかった。


 一方その頃。

 体育館裏で徠斗は、一人空を見上げていた。

 胸の奥で、ふたりの想いが渦を巻く気配を、彼もどこかで感じ取っていた。


 ――三人の春は、もう止まらない。

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