ゆるふわJKと雑魚先輩

 駅前のゲームセンター。

 煌びやかな光と音が飛び交い、プレイヤーの熱気と興奮が充満する空間に足を踏み入れる。


「おっ、あったあった。《太Ⅳ》! 久々にやるかぁ」

「俺が勝ったら、ラーメン代半分もらうからな」

「もう払った後だろ! っていうか俺が全額出してるからね!?」


 そんな軽口を叩きながら、並んだ筐体の一つに腰を下ろす。

 太Ⅳこと《太りんぼうタイタンⅣ》は、いま最もプレイ人口が多い格ゲーの一つ。

 プレイヤーは二十人ほどの太っちょキャラの中から一人を選び、最強の座を目指して戦う。

 アーケード版は久々とはいえ、こっちは家でも触ってる。腕が鈍ってるとは思えない。


「行くぜぇ、悟。泣くなよ!」

「泣くのはそっちだっての」


 ゲームが始まる。

 隆輝はパワータイプのキャラであるチャーシューメン、俺はスピードタイプのコムス・B。

 一撃を喰らうだけでも体力を大幅に持っていかれるが、それは「当たれば」の話。

 俺はコムス・Bの華麗な立ち回りで翻弄し、チャーシューメンの固いガードを崩し――。


「はい終わりぃ!」


 画面にKOの文字が浮かぶ。


「……な、なんでだよ……!」

「お前、相変わらず投げに頼りすぎなんだよ。読みやすい」

「投げキャラが投げに頼って何が悪い! おい、リベンジ――」

「はいはーい、次は私の番で〜す!」


 ぬっと現れて隆輝をどかす二兎。

 無理やりクレジットを入れて、早々にキャラを選び始める。


「二兎、お前……やったことあるのか?」

「えぇ〜、どうですかねぇ? 試してみたらいいんじゃないですかぁ? それとも、私に負けるのが怖いんですかぁ?」

「……ほう。小娘が言うじゃないか」

「小娘って、先輩と一年しか違いませんよぉ〜?」

「たった一年、されど一年。その三百六十五日の努力がどれほどの差を生むのか、見せてやろうじゃないか」


 二兎が選んだのはリキ・C。

 知ってか知らずかガチ勢御用達の最強キャラである。

 だが、勝負に勝つために必要なのは単純なキャラ性能だけではない。

 キャラ性能とプレイスキルの掛け算。片方だけが優れていてもダメなのだ。

 ここで負けるようなことがあれば男が廃る。

 そんな意気込みで試合がスタートするが――。


「うりゃっ! それっ! はーいコンボ入った〜!」

「嘘だろッ!? ちょ、ちょっと待――」


 俺の体力ゲージが一瞬で溶けていく。

 フェイント、投げ抜け、起き攻め……全部がプロレベル。

 タイミングがえげつない。


「なん、だと……?」


 気がつけば、俺のキャラは何もさせてもらえずに地面に倒れていた。

 深夜に駅前で潰れている酔っ払いですら、もう少し動けるだろう。


「ふふーん、やったぁー! はい、悟先輩の負け〜。雑魚ですねぇ〜?」

「いや、なんでそんなに強いんだよ……」 

「えー? 先輩のアドバイスのお陰じゃないですかぁ?」


 二兎にアドバイスなどしたことはない。

 カメラの腕だって、俺より遥かに優れている。


「……とりあえず、再戦いいか?」

「しょうがないですねぇー。先輩の心に、私という傷を刻み込んであげます!」


 それから三十分後、俺たちは腕で楽しむゲームから、全身で楽しむ音ゲーコーナーへと戦場を変えていた。

 別に、俺が十戦して一度も勝てなかったからではない。

 脳がサイケでエレクトリックなミュージックを求めているだけだ。

 俺と二兎は隣り合って筐体の前に立ち、画面を見つめていた。


「悟先輩、これやったことあります?」

「《DAINI BEAT》は一回だけな。画面三つを同時操作って、どんな鬼畜ゲームだよ……」

「あれあれ、またボロ負けコースですかぁ?」

「はっ……舐めるなよ。二兎の方がダイビーが得意だとしても、音ゲーをやってきた歴が違うんだよ、歴が」

「私は小学生の時からやってました」

「じゃあもう俺の負けかな」

 

 筐体が開戦のカウントダウンを始める。

 戦いの火蓋が切られると同時に画面に広がる幾何学模様、流れてくる高速ノーツ。

 俺は無心で手を動かす。


「うおっ、はっ、くっそ……これ無理だろ……!」

「わぁ〜っ! 先輩、リズムとってるのに全然合ってないですよぉ〜? かわいい〜」

「バカにしてんのか……!」


 何度もミス判定を出しながら、なんとか最後まで食らいつく。

 結果、当然のように二兎の圧勝。

 perfectの数が三倍くらい違うんですけど。


「楽しかったですねぇ〜。あれ、そういえば先輩のお友達は?」


 そこでようやく、隆輝の姿が視界から消えていることに気づいた。


「さっきまでそこに――」


 言いかけたところで、俺のスマホが震えた。

 画面には「葉音」からの――は無視して、すぐ下に「隆輝」からのメッセージ。


『拙者、波動を感じる者にござる。

故あって本日は帰らせていただく。御免』


 どういうことだよ。


「……なんか急用、らしい」

「ふぅん。いいお友達ですねえ?」


 何を察したのか、二兎がわずかに目を細める。

 そしてすぐに、無邪気な声に戻る。


「じゃ、私たちだけで楽しみましょうか! せっかくだし、プリでも撮っていきますぅ?」

「えっ、おい、それはさすがに……!」

「行きま〜す!」


 俺の抗議などお構いなしに、二兎は俺の手を引いて歩き出す。

 ゲーセンは相変わらず騒がしいが、隆輝が消えてから、なぜか少しだけ空気が変わった気がした。


 プリクラ筐体の前に立った俺は、マジで帰るべきだったと後悔していた。


「はいは〜い、悟先輩、こっちこっち。悩んでる暇なんてないですよ〜? タイマー動きますからね〜?」


 脅しのようなテンションで俺をブースの中へ押し込む二兎。

 妙に無機質に感じる密室空間。

 背後でカーテンが閉まる音が、やけに重々しい。


「おい、これは流石に冗談が過ぎるっていうか……」


 こいつ、後日どっかに晒すつもりじゃないだろうな。

 俺なんかと撮って何が楽しいんだ。

 

「なにがですかぁ? プリクラって、青春って感じで良くないですか? ……それに、巻島先輩と撮る前に、練習ってことで!」

「練習って……俺、巻島と撮る予定ないぞ」

「え〜? そのうち撮ることになると思いますよ〜? ふたりでこっそり体育倉庫とか行っちゃう関係ならぁ〜」

「っ……!」


 完全に煽られている。なのに、反論できないのが悔しい。


「はーい、じゃあ最初のポーズはこれで〜す! 顎クイっ!」

「ふざけんな」

「ふざけてませんよぉ〜。私、こういうの好きなんですぅ〜」


 軽く俺の顎に指を添え、スマホのカメラみたいなプリクラのレンズに向かって微笑む二兎。

 俺はと言えば、「あ、俺がされる方なんだ」と思いながら、無表情のまま硬直していた。

 シャッターは無情にも切られる。

 フラッシュに照らされるたび、俺の尊厳が削られていく。

 俺の先輩らしさが回復することはなく、そのまま全ての枚数を撮り終わった。


「……なんでこんな目に……」

「いいじゃないですかぁ。楽しくなかったですか?」

「いや、まぁ……貴重な経験ではあるけどさ。絶対に誰にも見せるなよ?」

「分かってますよぉ〜、先輩がビビりさんなのは」


 そう言って、二兎は完成したプリのプレビューを眺めていた。

 くるくる変わるポーズ。俺の苦悶の表情。二兎のあざとい笑顔。


「悟先輩、撮られ慣れてないのが出てて、とっても可愛いですね〜」

「はいはい。ありがとよ」


 俺が若干ふてくされながら答えると、二兎がふいに真面目な声で言った。


「――でも、今の顔、巻島先輩には見せちゃダメですよ」

「……は? なんで巻島が関係あるんだよ?」


 問いかけるも、二兎に「思考力まで雑魚雑魚な先輩には秘密で〜す!」と煽られてしまう。

 

「さ、落書きしましょっか! 『ゆるふわJKと雑魚先輩☆』でいいですかぁ?」

「絶対ダメだろ」


 画面上の俺の顔には、既にハートのスタンプが付けられていた。

 

ーーーーー

先日、一章全ての予約投稿を完了しました。

二章の構想はありますが、ひとまず別作品の執筆に入ります。

伸びなければこのまま完結なので、少しでも面白いと思ってくださった方はブクマ、評価等お願いいたします。

どれも感謝ですが、評価、ブクマ、いいねの順で嬉しいです。

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