多美奈留村(たーみなるむら) 【第8回因習村コンテスト】

地崎守 晶 

多美奈留村

 きいいいいいいいいいん……


 耳を聾する轟音が一面ガラス張りの窓の向こうから腹の底まで震わせる。

澄み渡った青い空に真っ白い鋼の翼。国際便のジャンボジェット機がひっきりなしに舞い降りてはまた飛び立っていく。ターミナル・ビルのロビー。キャリーケースの転がる音とあちこちの言語が飛び交う空間は、やや寒さを感じるほど冷房が効いている。

古い紙の匂いのする文献をめくり、フィールドワークで労働の汗と冷や汗を流す俺たちはあまり長居することのない場所。


「で、教授。空港なんて因習村からは一番縁遠い場所じゃないですか?」


 ダムの底に沈んでなお住民の血を引く者を呼び寄せる“皆其処村”――よりにもよって俺の親友を引きずりこんだ――と違って、この空港が建つのは湾岸都市から沖合5キロの人工島だ。この足元にかつて漁村があった、なんてことはあり得ないし、その末裔がどこかにいるなんてこともない。


「そうだねえ、確かに沿岸に隣接していた集落の資料にも、たかだか30年前にできた人工島の記述なんてなくて当然だねえ」


 あっからかんと笑う教授。次々に研究室の部下を喪ってヤケになってしまったのだろうか。気のせいであってくれればいいのだが、左右の目の焦点が合っていないように感じられる。




「でもねえ、よぉく見てごらん」


 教授が示した先。ロビーの隅、廃棄となった機内用毛布にくるまり目を閉じる、髪に白いものが混じる男性。

 放置されたカートを元の場所に戻し、そのデポジット料金で得た小銭を握りしめ、不安そうな顔の子どもの頭をなでる中年女性。

 にこやかに清掃の仕事をこなしているが、同僚からは無視されている若い男性――いや、若すぎる。未成年だろうか。

 レストランの中――自動配膳ロボットの後ろに素早く近寄って、背負った皿から料理のわずかばかりの断片をくすねる、やせぎすの少女。

 教授に示されるがまま目を向けると、まるでこの場所にしがみついているような、年齢も性別も肌の色もばらばらの人々が、目的地へ向かうため一時的に滞在するものでしかない空港にいることが分かった。

 民俗学的な視点で観察すると、彼らにもコミュニティのようなものがあるらしいことが分かる。

 施設内の飲食店のクーポンや廃棄の食品や雑貨などを貨幣代わりに交換し、様々な言語の特徴が入り混じったクレオールで会話し、空港職員に対し一定の、畏敬の念のようなものをもって接している。

行きかう一般の空港利用者の波の中にあって、いびつながらまとまりを感じるのだ。

奇異の目を向ける者や、彼らを排除しようとする者にむき出しにされる拒絶の空気は、かつて何度もあちこちの村で肌に感じたものだ。

 そして俺は見た。裕福そうな紳士が彼らを罵った後立ち寄ったトイレから、文字通り身ぐるみ剝がされて放り出されたのを。


「侵略、内戦、差別、家庭内暴力、ビザの停止。

彼らはね、それぞれの抱える様々な事情で故郷に帰ることもこの国に入ることもできないんだ。だからどうにかして、この“一過性の場所”でたくましく生きている。帰りたい、もう一度行きたい場所を夢見ながらね」


 教授は目をギラギラと輝かせながら語る。大きく両手を広げる。まるで煽情的な演説のように。


「この空港の外の世界で居場所を追われ、逃げ込む先からは拒まれて。

彼らはどこにもいけない、かえれない。

空と大地と海、どこからも中途半端なこの人工島。天国と地獄のはざま、現代の煉獄。

そんな中にあって独自のルールをもってコミュニティを形成しているんだ。

君も気が付いただろう!?

今まさに、この現代に――」


 新たな因習村が産まれているのだ――その言葉を言い切らせるのが怖くて、俺は教授の口を慌てて塞いだ。

 だが、遅かったかもしれない。“彼ら”が、俺たちを取り巻いている。旅行者が行きかう明るいロビーの中にあって、そこだけ切り取られたように人の輪が形作られていた。

 寒いほどの冷気の中、脂汗が首筋を伝って背筋に落ちる。

 “彼ら”を見放した鋼の天使の立てる羽ばたきが、俺の体を震わせた。


  きいいいいいいいいいん……


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多美奈留村(たーみなるむら) 【第8回因習村コンテスト】 地崎守 晶  @kararu11

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