俺が撮った天才は、27歳で死ぬらしい

@sayu-no_oyuwari

第1話「透明な撮影者」

「俺、多分、あと二年で死ぬんだよね」


雨の音が、ガラスを叩いていた。

窓の向こうはぼやけたままで、白い指が、空中になにかをなぞっている。


「だからさ、残しておきたいんだ。全部。俺の全部を」


知らない誰かが、そう言った。

……いや、違う。知らない“はず”の声だった。


起きてからもしばらく、あの声が頭の中で反響してた。

刺すように美しくて、どこか、壊れそうな声。


──なんなんだよ、あれ。


目を覚ましたとき、喉がカラカラで、心臓だけやたら騒がしかった。

枕元に置いたスマホがブルッと震えたのは、ちょうどそのときだった。


深夜2時過ぎ。

白井からのメッセージは、要するにこうだった。


「急遽、カメラマン変更。対応できるか?」

「ちょっとヤバい人らしいけど、夏生ならたぶん大丈夫」


……あの夢の後に来る話がこれかよ。なんの皮肉だ。


「で、なんでまた急に変更? 二日前って、普通にありえないだろ」


駅前のロータリーで拾ったタクシーの中、スマホを睨みながら白井に電話をかける。


「うん……前のカメラマン、萎縮して帰っちゃったらしいんだよ」

「現場で?」

「うん。なんか睨まれてたって。ずっと、カメラ越しに“喰われる”みたいだったって」


喰われる。


聞いたことあるな、その言い回し。

カメラ向ける側が怯えるって、相当だ。


だとしても。


「そんな細い神経の人間を、現場に放り込むなって」

「いや、だから夏生に頼んだんだって」

「俺が空気みたいに扱われるから?」

「そうそう。お前の“消え方”、うまいからな。あれは才能だよ」


褒められてるのか、disられてるのか。

……まあ、事実だ。俺は“俺を出さない”ことに全振りしてる。


スマホの画面に、今回の被写体のYouTubeが映る。

音は出せない。イヤホンを忘れた。


細身のシルエット。白い肌。輪郭の整った顔立ち。

線が細くて、声がよく通りそうだけど、どこか淡白。

正直──印象に残らない。


「見た目は整ってるけど、これって“喰われる”ようなやつか?」

口に出して、ふっと笑う。


画面の中の彼が、遠い。

良くも悪くも“映ってない”。

技術がないのか。あるいは被写体が対した事がないのか。


なんとなく、前者な気がした。


(どちらでも俺が知ったことじゃない)


俺は画面を閉じて、ポケットにスマホを戻す。


誰もが再現できる写真を安定した品質で出す。それが俺の仕事だ。


スタジオに着いたのは、それから15分後だった。


ビルの鉄扉を押すと、まだ朝の匂いが残っている。

廊下には誰もいないのに、妙に濃い気配を感じた。


……あの夢と、同じ。


スタジオの前で足を止める。ノックしようとして、やめた。

中から、微かな音。呼吸? いや、足音? わからない。


ドアノブを静かに回し、扉を押し開けた。


──空気が、変わった。


照明はくすんだ蛍光灯のまま。演出はされていない。

なのに、世界の重心がズレたような、異様な感覚だった。


そこにいた。中央に。


ただ座っているだけ。

それだけなのに、空間が歪む。光の流れが引き寄せられている。


長い睫毛。細い首筋。均整のとれた白い肌。

目が合っていないのに、心臓をつかまれた気がした。


スマホで見た顔と、同じはずなのに。


ちくしょう。やっぱり、映ってなかったじゃないか。

下手な仕事しやがって。


こいつは、もっと、異物だろう。


……まるで、神様のような。

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