怪奇探偵 葦川 昭一 ―気になる怪奇現象、証明します。

山瀬 鳴

鴉の老人

鴉の老人 その1

―知ってる?鴉の老人の噂。

―知ってる!知ってる!黒の羽根で出来たローブを羽織った、白髪で白髭を生やしたお爺さんだよね!

―そう。そのお爺さんに会うと…


―鴉に食われて死んでしまうんだって。


◆◆◆


「…何よそれ。くっだらない」

スマホを思いっきりベット投げ、私呉椙 茜くれすぎ あかねは目を閉じる。女子高生に貼り付けられる返信に遅れると仲間はずれにされて死ぬというレッテルを気にして目を通してみたはいいものの、どうでもいい話過ぎて返す言葉も無かった。こんな事なら無視して音楽でも聴いてりゃ良かったと思いつつ、スマホを見ようと…

「………え、ちょっと待って待って待って待って!」

最悪画面割れてんじゃん!え大丈夫だよねフィルムだけだよね大丈夫だよね…良かった…カバーフィルムだけだ…

「いや、それでも辛いけど」

あの噂について話してたクラスメイトを恨みつつ、私はカラオケバイトの為に支度をする。

線香の香りがするリビングを横目に、家を飛び出す。

「お父さん行ってきます」

リビングの奥にある位牌の方を見て、私は家を出た。


◆◆◆


父親が死んだのは半年前。

明らかに見てもだった。

身体中に穴が空いていて、内臓は空。眼球は焼失しており、何かに食われたかのような死体だった。司法解剖もしたらしいけど、何も分からなかった。

警察は今も捜査中だけど、何も情報はない。

だから学校では噂が流れる。

―私のお父さんを喰ったのは鴉だと。

「……そんな理由ないって。これには明らかな理由があるんだよ」

そう自分に言い聞かせ、バイトへの道を急ぐ。


「もし、そこのお嬢さん」


ふと横を見ると、私の隣に誰かが居た。

その人物を見て…私はたじろいだ。

身に纏うは黒のローブ。聴いていた鴉の老人の姿とよく似ている。

「もし、もし。お嬢さん」

だが、違う。よく見ると自分と同年代の青年だ。

中に制服のような服を着ているし、黒い髪をしている。多分同年代だろう。

「もし、もし。お嬢さん」

「あっ…えぇっと…私でしょうか?」

「えぇ…少し…お願いが」

そう言って宝石のような碧い瞳を此方に向けて…


「何か怪奇現象について知っていますか?」


「…それって、どういう?」

「えぇ、噂で聞いたんですよ。鴉の老人の被害者遺族がここにいるとね」

私は息を呑んだ。

「…それは…」

「ふむ…やはりか。やはり君が…」

「あ、あの!私急いでいるので!また後ででお願いします!」

私はその場から逃げ出す。なんなんだあの人は!

「…鴉の老人…か…面白いことになりそうだ」


◆◆◆


何やってるんだ!これだと自白してるものでしょう!?

バイトの制服を来た私は、カウンターでため息をつく。

「あ〜…」

「なにかあったの?」

「あ、三原みはら先輩…実は、さっき不審者にあって…」

「え!?不審者だって!?」

「なんか最近鴉の老人って噂あるじゃないですか」

「あぁ、よく大学で聞くよ。皆よくあんな噂話せるよね…ちょっと引いちゃうよ…」

「三原先輩、そういう噂話好きそうな雰囲気してるのに」

「僕そう思われてるの?心外だなぁ…だって人が死んじゃうなんで噂、嘘でも広まっちゃいけないでしょ。僕はそう思うよ?」

「…ですよね」

三原先輩には、私の父のことは言っていない。第一そんな言いふらすことでもないし、私自身思い出したいとは思っていない。一応言っておくが、私は父が嫌いではない。なんなら大好きだった。だからこそあんな悽惨な死体になっていた父のことを思い出したくないのだ。

そう言えば、父は不思議な人だった。何かと御伽噺や古い物語が好きだった。

所謂妖怪やモンスターなんかが出てくる物語。怖くもあるけれど、それでも心躍る冒険譚。浮世離れしているが、どこか現実味を帯びていた物語。

『もし、この様な不思議な物語に出会うことになったのなら、この呪文を唱えなさい』

…お父さんは、何者だったんだろう。

「じゃ、僕は先に帰らせてもらうよ。次の人30分後だから受付一人でお願いね」

「あ、はーい。お疲れ様でーす」

外はやけに鴉が多かった。


◆◆◆


「お疲れさまでしたー」

「はーいお疲れ様ー」

バイト終わりの帰り道、いつもの暗い裏通りに来ていた。薄暗く、何処か寒い帰り道。遠くから聞こえる歓楽街の喧騒をイヤホンから流れる音楽でかき消し、一人ゆっくりと歩む。

—ふと、錆びた鉄の臭いが鼻につく。

—カァ、カァ、と鴉の鳴き声が響き渡る。

—ビチャ、ビチャ、と肉と血が落ちる音が鳴り続ける

「…三原…せん…ぱい…?」

そこには腹を食われた三原先輩の姿があった。

天を見つめているはずの目は存在せず、ただ何もない穴が上を向いていて。

腹部の中にあるはずの内臓は、綺麗さっぱり消えていて。

周囲には黒い鴉の羽だけが散らばっていて。

「ヒッ…け、警察…呼ばなくちゃ…」

私は音楽を流していたスマホで電話を…


「どうやら遅かったか」


後ろから、声が聞こえる。

「おや、君だったか。災難だったな。君が第一発見者ということになる。おっと、警察は後にしてくれないか。私のほうの調査がしづらくなる」

「あ、貴方は!さっきの不審者!」

「不審者とは失礼な」

さっきと変わらない蒼い瞳で此方を見つめてくる。

「まぁ、自己紹介を忘れていた私も悪かったか」

すると彼はポケットから何かを取り出して


「私は怪奇探偵、葦川 昭一あしかわ しょういちと申します。以後、お見知りおきを」


「あ、どうも…」

手渡された名刺を受け取る。怪しさ増しただけなんだけど…

「あの…怪奇探偵って…?」

「えぇ。世の中には不可解な話が広まっています。伝承、怪談、都市伝説…科学や常識では解き明かせない奇々怪々が存在する。その被害者たちを救う為、またその被害者を出さない為に怪奇現象を【証明】する…ソレが怪奇探偵です」

「あ、怪しい…」

「怪しいとはなんですか怪しいとは」

実際怪しさしか無いでしょ。という言葉は飲み込んでいると、彼は三原先輩の遺体に近づく。

「死体は冷えてきているな。食い荒らされていて死斑からの判別は不可能と見ていい。背中まで貫通しているからな。ただ…固まっているのは顎関節含め顔近辺のみか…?腹部は無理だとして、手足のほうは硬直が全然見られない。推定2〜7時間程度とするか…?」

「いえ、5時間以上はあり得ないです」

「おや、それはどうして」

「三原先輩は知り合い…というかバイトの先輩です。5時間前に出ていったのでそれ以上前ではないと…」

「つまり推定は2〜5時間程前、午後1時〜4時くらいか。裏通りとはいえ土曜日白昼堂々の犯行なら何かしら目撃者がいてもよさそうだが…それが無いのは怪しいな」

次々と遺体を調査する怪奇探偵は、次に謎の器具を取り出し、体内を調査する。

「それにしても死因が分からないな…腹部を食い荒らされているからどの内臓からやられたか分からんぞ…頭は眼球以外傷が少ないから脳はないが…そもそも何で殺された…?外傷も無ければも…いや、対象の臓器が残っていないならそれはそうとしか言いようがないな…」

「?」

次々に謎の単語を語る怪奇探偵だが、ふと、その手が止まった。

「君、ここに来るまで不可思議なことはなかったか?あぁ、君がバイト先からここまで来た間の話だ」

「いえ…少し鴉が多かったくらいで…」

「鴉…そういえば、君は鴉の老人の被害者遺族だったか?」

「えっ、あ、はい…父が…」

「やはり貴方ですか。呉椙 茜さんは」

「えっ…何故名前…」

「呉椙 茜。年齢16歳。現在私立日羅口ひらぐち高校1年…いや、今は春休み期間であるためもう2年生でいいだろう。父呉椙 拓郎くれすぎ たくろうは去年9月に職場の会社ビル屋上にて不審死しているのを管理会社が発見。付近に鴉の羽が散乱しており、内臓と眼球が消失。死後2日以上経っていたこともあり捜査は難航し打ち切り。現在母親である呉椙 明奈くれすぎ あきなは心労により精神病を発症し入院。本人は公的機関による援助を受けながら一人暮らしをしている…」

「怖い怖い怖い怖い怖い!!!え!?何!?ストーカー!?」

「違います。探偵です。調査の一環です」

「だとしても怖いわ!!!!」

なんなのこの人!怖すぎるんだけど!?

「とまぁ、雑談は程々にして…重要なのは鴉…鴉の老人…か」

「え、続ける気なんですか?後早く警察呼ばなくていいんですか?」

「忘れる所でした。そろそろ呼びましょうか」

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怪奇探偵 葦川 昭一 ―気になる怪奇現象、証明します。 山瀬 鳴 @yamase_naki

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