知らない街は新しい世界のようで

天ノ箱船

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 ──── 人生は予測ができない。だからこそ面白いのだと言う人がいる。でも、予測できた方がいい事だってあるはずだ。未来が分かっていれば、今は変わっていたかもしれないのだから。


 予測できる日々の中での両親との死別は本当に唐突で、ただ茫然としているだけで時間が過ぎていった。その時間の中で俺は叔母の家に預けられることになり、学校も転校することが決まった。叔母さんは俺に気を遣ってか、とても良くしてくれる。


毎日手料理を作ってくれるし、登校日はお弁当も持たせてくれる。そのことにはとても感謝しているけれど同時に申し訳なさも感じてしまう。家族を失ったのは俺だけではないのだから。


 夏休みを間近に控えた七月の半ば。今日が転校先への初登校になる。こんな時期に転校してきた人間と新しい関係を築くのは難しいだろう。築こうとすら思わないかもしれない。


 憂鬱な心を抱えながら皺のない制服に着替えて叔母さんの家を後にする。

踏み出した足は知らない道を滑るように進んでいく。知らない道、知らない校舎、知らない人。何一つとして実感を得られない世界は夏が見せた蜃気楼のように感じられて、恐ろしくなった俺はふらつく足に力を込めた。


 教室に着いて簡単な挨拶を済ませると俺のハイライトは終わった。

事情は事前に教師が説明していたのだろう。クラスメイトからの接触は最低限で授業は静かに進行した。しかし静かであったのは見せかけだけで、実際に感じられる教室の雰囲気は雄弁であっただろう。


 ────目には見えない人間関係が空気を媒介にして見つめてくる。

正直、居心地は良くない。


 普段とは進め方の違う授業を終えるとお昼のチャイムが鳴った。教室に居るのは気持ちが悪いし、どこか他の場所で昼食にしよう。

 お弁当を持って教室を後にする。当てはないけれど、ここではない場所ならどこで

もいい。


渡り廊下の先にある別棟に静寂を求めて向かう。求めた通り、別棟は閑散としていた。

手近な空き教室に向かう途中で何人かの生徒とすれ違ったが、誰も教室に向かう様子はない。生徒を目で見送り空き教室のドアに手を伸ばすと、廊下から別の生徒の声が聞こえてきた。


 力のない切実な声だ。

「あー、お腹すいたー......」

 声の方を向くと女子生徒と目が合った。彼女は独り言を聞かれたことを誤魔化すように「あはは......」と笑う。

 軽くパニックになった俺は「それなら……!」と、自分のお弁当を差し出していた。


 彼女は目を丸くして驚く。

「え、いいの!?」

 気を遣ったのか、少し躊躇しながらも彼女は俺のお弁当を受け取ってくれた。教室に入り彼女はキラキラした目で蓋を開けた。しかし、彼女はまた困ったような愛想笑いを浮かべる。


 なぜかと問いかけるまでもなく、原因が視界に入った。お弁当のご飯には『がんばれ!』と海苔でメッセージが書かれていたのだ。

「......」

 叔母さんからの応援メッセージはとても嬉しいのだけど、今はそれ以上に恥ずかしい。

「あ、あはは......いい人だね」

 けれど、そのことは誤魔化しもせずに肯定できた。

「......うん」


 ──── 人生は予測ができない。だからこそ面白いのだと言う人がいる。......今は、その気持ちが少しわかる気がする。




END

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知らない街は新しい世界のようで 天ノ箱船 @Noabox10

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