第9話 地上の軍靴

 それは、予告もなく現れた。


 富士山南西斜面、かつて樹海と呼ばれた静かな森林帯。

 地盤が隆起し、黒い亀裂が走ったかと思うと、次の瞬間、全長10メートル超の“それ”が、地中から這い出た。


 四足歩行、胴体は鰐のように分厚く、背には骨質の棘。

 顔は獅子を思わせるが、目の代わりに紅く発光する宝石のような器官が並んでいた。


 小型封獣リグ=ノグ──神喰らいの“先触れ”


 その一体が、静かだった地上を炎と瓦礫に変えた。



 「こちら第七施設群、富士山西側ルート! 未確認巨大生命体、確認、進行中!」


 「南富士演習場に避難中の住民に被害! 急げ、増援を──!」


 自衛隊第1機甲旅団が現地に急行。

 装甲車、戦車、偵察ドローン、空挺ヘリによる即応戦闘態勢が敷かれる。


 だが──


 「120mm榴弾、命中……効果、薄いですッ!」


 「複数回直撃しても止まりません! 装甲が、再生してる……!?」


 砲撃の爆煙の中から現れたのは、より硬化し、より鋭利になった封獣の姿だった。

 撃たれたことで“学習”し、“進化”している。


 兵士たちはそれを“化け物”と呼ぶしかなかった。



 一方、御殿場地下拠点。


 修也は自衛隊の作戦会議に呼び出されていた。


 「君は地下文明との接触窓口として、現場に立ち会っていたな。地下の連中に、この事態の収拾に協力させることは可能か?」


 「……魔導側は、封獣を制御できていません。むしろ地上に出てくるのは、彼らにとっても誤算だった」


 「つまり“敵の敵”というわけだ。だが日本政府としては、このまま地下の勢力が地上に浸透するのは容認できない」


 「状況はもっと複雑です。封獣は魔力を喰う。だからこのままでは、“戦っても勝てない”んです。魔法を使えば使うほど、奴らは強くなる」


 「では、どうする?」


 沈黙。修也は答えを持っていなかった。

 ただ一つ言えるのは──今の戦術では通用しないということ。



 そのとき、リュミナが地下から現地に接触を求めてきた。


 彼女は魔導障壁の奥から、直接修也へ“声”を送ってくる。


 「このままでは、災獣に人の世界が喰われる。私たちの力を使っていい。その代わり、“あなたたちの科学”を貸して」


 「共同作戦、ということか」


 「いいえ、“混成戦術”よ。魔法と科学を、共に使う。さもなくば、次に出てくるのは……神喰らいそのもの」



 数時間後、前例のない編成が動き始める。


 ・自衛隊による火力支援と電磁阻害波の散布

 ・アマツミ側魔導師による封獣の魔力遮断

 ・修也による“神秘言語翻訳AI”を通じた連携指揮

 ・さらに、両者の力を束ねる“魔導科学変換器”の試作投入


 その名も──**《混成制圧作戦・コードG》**


 G=“震律(グラヴィス)”の頭文字。


 それは、世界の“境界”に立ち向かうための、最初の共同戦線だった。



 だが、その作戦が始まる数時間前。

 東京・港区の某ビルの地下室で、第三の影が動き出していた。


 「……日本政府と異文明が交戦状態に入った。地表と地下の境界が崩れる前に、“確保”しておくべきだな」


 軍服に身を包んだ男が、衛星画像を指差す。


 「部隊を富士山麓に潜入させろ。アンダリアの“魔導核”──奪取が最優先だ」


 その背後には、日の丸ではない、別の国旗が静かに掲げられていた。


 ──それは、中国特殊諜報部隊の作戦本部であった。

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