第8話 眠れる災厄

 地の底が、鳴いていた。


 それは言葉ではなく、音でもない“叫び”。

 霊脈の下層──アンダリアの深奥、かつて“封域”と呼ばれた隔離領域の一角で、古代から閉ざされた巨大な祭壇が軋みを上げていた。


 その中央に横たわるのは、骨と鱗に包まれた巨躯。

 鼓動もなく、呼吸もなく、だが確かに“存在する”異形の生命体。


 その名は《神喰らいの災獣(カミグライ)》。


 記録によれば、千年前の第一次震律戦争──地上と地下が初めて接触し、争いが起きた時、この災獣は両陣営の神殿や魔導塔を丸ごと喰らい尽くした。


 魔法を糧とし、科学を熱源とし、あらゆる文明を“食べて”進化する。

 その能力ゆえに、地底の最奥へと封じられた存在。



 そして今、地上の侵入によって霊脈が乱れ、封印の結界が徐々に“歪み”始めていた。


 「……脈が、早い。呼吸も、不規則に……まさか」


 封域に常駐する大巫(おおみこ)ル=アミナは、浮遊盤の上から霊脈の震えを観測していた。


 数百年に渡り、神喰らいの封印を監視し続けてきた一族。

 彼女は、禁忌の目覚めが近いことを確信する。


 「王女殿下に、報せを。『神喰らい、動き出す』と──」



 一方その頃、地上──日本政府の特別災害対策本部では、ある報告が提出されていた。


 「──地下探査第3班の遺体、回収不能。生存者ゼロ。映像ログの大半は破損。ですが……ご覧ください」


 防衛省幹部の前に広げられた映像。

 その中で、黒い瘴気に包まれた巨大な怪物が、自衛隊の装甲車を咆哮ひとつで破壊していた。


 「これは……なんだ?」


 「分析班の報告によれば、恐竜種に酷似しています。ですが、熱・放射線・電磁波・魔力に適応して進化する能力があると推定されます」


 「冗談だろう。これが現実か?」


 幹部たちは青ざめた顔で、無言になった。



 さらに不穏な報せが、国外から届く。


 「米国NSAが、日本の地下空洞を“異文明接触領域”として再分類しました。国連軍事評議会に、干渉権限を求める声明を提出」


 「中国側は“環太平洋安全保障”を理由に、南シナ海経由で“災害調査団”を名目とした艦隊を出港。ロシアは極東ルートから航空偵察を開始」


 つまり──


 “漁夫の利”を狙う各国が、日本の内部混乱に便乗し、干渉を始めたということだ。



 御殿場地下拠点では、修也とリュミナが再び対面していた。


 「……上の連中は、地下の存在を“資源”としか見ていない。魔力の研究、兵器転用、国際的な技術競争……あっという間に火薬庫になる」


 「そして地下の側も、長く外界と断絶していた。恐怖と猜疑心の積み重ねよ」


 「このままだと、いずれ本格的な軍事衝突になる。今の戦いはまだ“偶発的な交戦”に過ぎないが……」


 リュミナはゆっくりと頷いた。


 「神喰らいが目覚めれば、そんな対立は意味をなさない。あれは“境界を超えて喰らう”もの。言葉も理も通じない」


 「……つまり、“第三の災厄”ってことか」


 「私たちも、あなたたちも、“神話”を現実に呼び戻そうとしているのかもしれないわね」



 そのとき、通信室が騒然とした。


 「富士山麓、南西部。地下空間より大型魔力体が上昇中!」


 「映像、映します!」


 モニターに映ったのは、闇を突き破って地上へと出現した巨大な影。


 神喰らいの先駆体──“小型封獣(リグ=ノグ)”の一体が、地上に現れた瞬間だった。

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