狂姫アラニエ異聞
木星
プロローグ
どうして……。
アラニエの言葉は音にならず、喉の奥に滑り落ちた。
クザニス橋が燃えている。
生温かい風に、何かが激しく焼ける匂いが入りまじっている。
クザニス橋は、故郷のカラカスの出入り口を勤める立派な大橋である。アラニエが幼いときに先代の橋が水害で落ち、近くの工房都市から職人を雇って施工した。それが今や、おとぎ話に出てくる「火の橋」のように、金の尾を煌めかせて火の粉を巻き上げ、黒煙を吹いている。
柔らかい秋の空気に、おぞましい煤が混じった匂いがする。
橋だけではない、カラカスの集落からも、黒煙がたなびいている。あの、今火の粉の吹き出た建物は、学校ではないか。そしてあの場所は、私が生まれ育った館ではないか。アラニエの心の中に、底冷えするような疑問が次々と降り積もる。
「どうして、……」
周りの随従はアラニエの問いに答えなかった。誰も、耳を傾けることができなかった。あるいは、言葉に気づいていても、答えるのが躊躇われた。カラカスが燃えている、と口に出した瞬間、それが事実になってしまいそうな、緊張があった。誰もが、この惨状を事実として受け入れられずにいるのだ。アラニエ自身もそうで、言葉尻は曖昧に、喉の奥に隠された。
なぜ、どうして、カラカスが……。
兄は。
父は。
皆は。
……。
巨大な木の骨組みが軋む音が、ことのほか大げさに響き、クザニス橋は中央から折れ曲がる形でうねった。橋の断末魔だ。そんなものは始めて聞いたが、まるで龍の咆哮だ。随従の一人が、怯えて悲鳴を漏らした。木材や金属が熱で伸縮し、奇妙にうねっている。死にゆく巨竜が最期に天へ向かって自らの灼熱の鱗を撒き散らしているかのようだ。
私は、マカンベリーへ行く所で……。
マカンベリーには、婚約者がいて……。
はじめて、その顔を見る筈で……。
なのに、生まれ故郷が燃えている。
火が付いたままの木材がばらばらと川面に落ちる度、弔いのように、水飛沫が上がった。
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