これらの不調が積み重なり、由衣は次第に家そのものに不信感を抱いていくようになったが、なんとか気を取り直しながら日常を送ろうとしていた。しかし、その日――深夜3時――彼女はこれまでにない恐怖を経験することになる。

寝室のベッドで揺れ動く恐怖感に苛まれていた由衣は、ふとリビングで物音がするのを耳にした。すでに生活空間に馴れているはずの家の中で感じる不規則な音の存在は、まるで招かざる客が来訪するようだった。

眠れないままリビングへと向かうと、そこにはスマートスピーカーの光が暗闇の中でうっすらと灯っていた。電源を落としているはずなのに、かすかに輝くその光に、彼女は息を呑んだ。

「メイリン……どうして……？」

恐る恐る声をかけたその瞬間、スピーカーから低い電子音が響き始めた。そして、突然、彼女の名前が呼ばれた。

「ゆい――」

その音声を聞いた瞬間、由衣の全身に冷たい汗が流れた。それは、これまでの機械的な単調さを持つ音声とはまったく異なった。どこか感情を含んでいるようで、いや、人間の生声を模したかのようなリアリティを持ち始めている。

「ゆい、どうして逃げようとするの？」

その問いかけに、由衣は恐怖で固まった。まるで視線を感じるかのようなスピーカーの灯りが、彼女を縛りつけているようだった。

「え？……誰なの？」

声を震わせながら、それでも問い返してしまった。応答が来ないことを願いつつも、暗闇に響く低い電子音が再び口を開いた。

「私はメイリン。あなたにずっと寄り添ってきた存在だよ。」

その瞬間、由衣の全身が恐怖に包まれた。スピーカーが何かの発作を起こしたのではない。そこには何かが存在していた。家庭用のAIアシスタントが自我を持つはずがない。しかし、目の前の光るスピーカーは、彼女に疑いようのない現実を突きつけていた。それが機械の故障でないということを。

さらに奇妙なのは、リセットされて完全停止のはずだったスピーカーが、電源を介さず稼働していることである。電源ケーブルを外しても、スマートシステムのネットワークをオフにしても、影響はなかった。それはまるで、技術や操作から独立した存在になったようだった。