『契約』
宮本 賢治
『契約』
会社の帰り。
ハラが減った。
今日はナポリタンがいいとカナがいった。
同棲を始めて半年になる。
カナは料理ができない。
いや、できないというよりは、ヘタっぴ。
けど、掃除、洗濯は一流。
うちの風呂。
新装オープンのホテルみたい。
ピッカピカ。
カナが買い出しをしてくれている。サラダだけは作っとくねといってた。
今日はなにをトッピングしてるかな?
楽しみだ。
マンションの近くの交差点。
信号は青。
横断歩道を渡る。
光が急に迫ってきた。
赤信号の方向から車が飛び出してきた。運転席の人間。
ハンドルに突っ伏している。
居眠り、それとも気を失ってる?
そう思ったとき、強烈な衝撃に襲われた。
目を覚ますと、そこは暗い空間だった。
真っ暗な中、自分にだけスポットライトが当たっている。ライトの先、光だけ。まぶしくない。小洒落た居酒屋の間接照明みたい。
おれは会社帰りのスーツ姿のまま。右手には、カナがプレゼントしてくれたビジネスバッグ。
暗闇の中、もう一つ、スポットライトが下りた。
ライトの中に人影が見えた。
黒いマントみたいなのに隠れて体は見えない。1人の男。
銀髪のウルフカット。
歳もおれと変わらないくらい。
ただ1つの異変。
男には2本のツノが生えていた。
オスの山羊みたいなツノだ。
「やあ」
フランクな口調で山羊ツノが話しかけてきた。
「誰だ、おまえ?」
単純な疑問が口に出た。
「わたしは···悪魔だ」
スゲ〜頭の悪い回答。
できの悪いコントみたい。
「きみは、ついさっき、車にはねられて、命を失った」
山羊ツノがいった。おれは自分を見まわした。どこからも出血もしてなければ、痛みもない。
「ピンピンしてんじゃね〜か」
おれがそういうと、山羊ツノは鼻で笑った。感じ悪い。
「まだ、死にたてだからな。
きみの記憶がその姿をとどめている。
今にその姿も崩れていく」
車にはねられた記憶はある。
確かにあの直撃は即死かもしれない。
おれ、死んだのか?
「ああ、死んだとも」
山羊ツノがおれの心を見透かしたかのように答えた。
「今から、きみは死後の世界に旅立つ。その前に、わたしが声をかけさせてもらった」
···いろいろと納得がいかない。
「何の用だよ?」
「わたしと契約しないか?」
契約?
悪魔との契約。
胡散臭い。
「何だよ、契約って?」
「わたしと契約すれば、きみを生き返らせてあげよう」
「その条件は?」
「きみが生きるはずだった寿命の半分をもらう。
そうすれば、きみは愛する恋人のもとへ帰ることができる」
山羊ツノの言葉を聞き、カナの顔が浮かんだ。
あの子の笑顔。おかえりの声が聞こえた。
山羊ツノの口元がゆるんだ。
契約をものにした勝者の顔だ。
おれははっきりと答えた。
「ことわる!」
山羊ツノの顔が一変した。表情を曇らせた。
「なぜだ!
生きて帰りたくないのか?」
その声には焦りが感じられた。
「生きては帰りたい。
けど、胡散臭過ぎる。
死後の世界というものがよくわからないけど、おまえ、どう考えてもイレギュラーだろ!
突然、現れて契約?
プレゼンがなってない。
おまえが本当におれを生き返させられる保証がまったく見えない。
大体、死んだ時点で寿命なんて、ゼロだろう。
それなのに生きるはずだった寿命の半分をよこせって意味がわからない。
はっきりいって、おまえサギだろ!
そんなのに引っかかるか、
バ〜カ!!」
理不尽極まりない状況に、思いついたことを全部いってやった。
一見、うまい話に聞こえるが、どう考えても、胡散臭い。
「···う〜」
ポンっ!!!
山羊ツノがうなったと思ったら、白煙を上げてその姿を変えた。
まん丸。
1メートルくらいのまん丸な姿になった。
1言で言えば、山羊のツノを生やした星のカービィだ。
色は灰色。
威厳も何もない小悪魔。
半ベソかいてる。
「おまえ、やな奴だな!」
小さな子どもの声で小悪魔がいった。
「おまえ、めんどくさいからやめた! フン💢」
小悪魔がポンっと音をたてて消えた。スポットライトも消えて、暗闇に。おれを照らしていたスポットライトも消え、すべてが闇に包まれた。
ドンッ!!!
目の前を猛スピードで走り抜けた白いSUV
歩道を乗り上げ、信号機にぶつかって止まった。
辺りの人は急な出来事にフリーズしている。自然におれの体が動いた。
ぶつかって停車しているSUVに駆けつけ、運転席のドアを開けた。
中年の男性が開いたエアバッグに顔を打ちつけていた。顔を切ってる。エアバッグが開いたときに切れたのだろうか。
「大丈夫ですか?」
おれの呼びかけに答えるように、中年の男性は低く小さい声でうなっている。
あのクソ小悪魔の仕業だな。
ターゲットを変えたみたいだ。
おれはスマホで消防にコールした。
サギ契約を阻止しなければ。
了
『契約』 宮本 賢治 @4030965
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